1 恵玲奈とエレナ（第三部プロローグ）
わたしはエレナが子供の頃に殿下からプレゼントされた建国神話の本のページをめくりながら、心の中のエレナに尋ねる。
──ねぇ。エレナ。こんなにボロボロになるほど読み込んだのは、殿下からの贈り物だったからなの？
朧げなエレナの記憶を辿りながら、本の表紙を撫でる。
エレナが毎日寝る前に繰り返し読んだ本は、擦り切れていた。
エレナは殿下から毎年誕生日プレゼントとして本を贈ってもらっている。
送られてくるのは難しい専門書ばかりのプレゼントだけど、一番最初にくださったこの建国神話の本は、殿下が子供の頃に寝かしつけで王妃様が読んでいたなんていう大切な本だ。
エレナは殿下と婚約が決まった時にこの本を抱えて、母親になったら自分も子供に読み聞かせしてあげたいなんて思っていた。
自分が殿下と結婚できると信じて。
──わたしが転生者である。
という事に気がついたのは三ヶ月ほど前、屋敷の階段から落ちて気を失ったのがきっかけだった。
わたしは転生前は神代恵玲奈という名の平凡な……
いや。オタクな女子高校生だった。
聖地巡礼の最中に神社の石段から落ちて死んだあと、この世界に転生してエレナ・トワインという侯爵家のご令嬢として生活していたみたい。
異世界転生といえば、前世でハマったゲームや漫画、小説の世界に転生して、ストーリーを知っていることをうまく活用しながら生き抜いていくものだと思うのに、いまわたしがいるこの世界についてのストーリーが思い出せない。
そしてエレナがこの物語でどんな役割を持っているかもわからない。
ただ……
エレナは王太子殿下がやむを得ず婚約する事になったご令嬢で、エレナが一方的に昔から恋焦がれている。
なんてどう考えても「悪役令嬢」な設定だから、役割は察しがつく。
せめて破滅フラグは回避してエレナには生きてもらいたい。
でも、エレナの純粋な殿下への恋心も大切にしてあげたい。
わたしは大きなため息をつく。
──大丈夫よ、エレナ。わたしも毎日この本を読むわ。
そうわたしは心の中のエレナに約束をして、大切な本のページをめくった。
