兄を手玉にとる女
付き合っている彼氏の家の前で待っていると、彼の妹が玄関から出てきた。
どうやら自転車で駅まで向かうようだ。
彼氏からこの妹の話はよく聞いていた。
彼の妹も私の存在を知っていて、前に家にお邪魔した時に軽い挨拶程度だが顔を合わせたり、妹の誕生日に可愛いお菓子をプレゼントであげた事もある。
しかし、2人きりで出会うのはこの時が初めてだった。
「こんにちは」
私は彼の妹に声を掛けた。
彼の妹は笑っていない目を据わらせて、感じの悪い愛想笑いのみを返した。
なんか嫌だなぁ、と思いながらも私は気にしないように努め、微笑んで話しかけた。
「そういえば、前に家族みんなでインフルエンザに罹ったって聞いたけど、大丈夫だった?」
「はぁ、まぁ」
妹は手袋をつけながら、一切こちらを見ずに迷惑そうな表情で会話のする気のない返事をした。その後も何を話しても低い声で「はぁ」しか言わず、顔ごと逸らして目も合わせてこなかった。
あまりの感じの悪さに何も言えなくなっていると、彼氏が家から出てきた。
すると、先程まで私を視界に入れないようにとしていた彼の妹が、突然こちらに顔を向けてにっこりと笑顔を見せてきた。
「じゃあ、いってきまぁす!」
先程とは打って変わって、ワントーン高い声と満面の笑みで私と彼氏にそう言った。語尾にハートマークが見える声音だった。更に「うふふ」とさえ漏らした。
そして自転車に乗って去っていった。
彼氏が来た途端突然変わった態度に私が呆気に取られていると、何事もなかったかのように彼氏は歩き出した。
「ねぇ、何、今の、あれ」
「え、何が?」
私が妹の豹変ぶりを伝えると、彼氏は信じられない事を言い出した。
「あいつはそんな事しないよ」
あ、なんか駄目かも、この兄妹。
彼氏の台詞を聞いてそう思った。
あんな事をする妹も妹だが、お兄ちゃんもお兄ちゃんだな。
大体どうして彼女の言う事を信じないんだよ。ていうか、もし嘘だとしてもこんな嘘を吐いて私に何のメリットがあるというんだろうか。
それに、妹も一体何の得があって態度を豹変させたのだろうか。
仮にも私はお兄ちゃんの彼女であって、そんな相手にあんな対応をしておいて、私がそれをお兄ちゃんに話さないとでも思ったのか。
いや、あれは寧ろ自信の表れだ。私が事実を訴えようとも、お兄ちゃんは絶対に妹である自分の味方につくという絶対的な自信からくるものだ。実際にそうであるから見事なものだ。
しかし、もう社会人であるいい大人が兄の彼女に態度を悪く接するなど如何なものか。
しかも、あの手慣れた豹変っぷりは常習を匂わせている。フィクションなどではよく見るが現実では見た事のないタイプの女を実際に目の当たりにして、ツチノコや雪男などのUMAに出会ったかのような気持ちだ。レアだ、捕獲したら金になるかもしれん。
しかし、先程の彼氏の一言で彼の私に対する扱いを察し、急に目が覚めた。
そういえばこの男は前から妹の話ばっかりしてたことを思い出した。私の話を聞かないどころか、こちらが訊いてもいない妹の話を延々に聞かされていた。
「あいつは何だかんだモテる」
だとか、
「あいつのSMSのアイコンの写真、自分の妹ながら凄く可愛く撮れてる」
だとか、妹への賛辞は会う度毎回言っていたのに、残念ながら私を褒めた事はあまり無い。片手で余る程度だ。
そういえば、彼の妹の誕生日にちょっとしたプレゼントを渡した時、特に何のお礼も無かった。勿論、お返しなども無い。
私が集めていたアクセサリーを、妹に少しくれないかとせがまれていくつか譲った時も、貰うだけ貰って何も無かった。あげた物を着けているという話も聞いた事がない。
そして、先程の私への対応。
兄妹揃って何だこの仕打ち。
今更になって、許容しきれない過去の言動行動が他にも色々と蘇ってきた。何故今まで何も感じなかったのか不思議なくらいである。
このままこの彼氏とお付き合いを続けていても、妹ばかりを大切にして私の事を蔑ろにされる未来が想像出来たので、お別れをしようと考えた。
その日は夕方には解散した。
後日、彼氏に思うところ全てを説明をして別れたい旨を伝えたら、激昂された。言い返そうと思ったが、このシスコンなら妹を正当化する為だったら平気で私の事を全否定してきそうだからやめた。どうせ何を言っても、正しいのは妹とされるだろう。
別れるの一点張りで押し切って無事にお別れが出来た暫く後に、元彼の妹は結婚して家庭を築いたと聞いた。
一方、元彼はそれから数年経ってもいまだ独り身で、両親の介護を1人でしているそうだ。
「私は子供が居て忙しくて手が回らないけど、お兄ちゃんは結婚もしてないし時間あるでしょ」
というのが妹の意見らしい。
元彼にとっては妹の言う事が世界で1番正しい事なので、きっとそれで良いのだろう。
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