猫耳生やしたアルパカ使い ~一流のアルパカ使いである母と、その相棒のアルから教えを受けながら、アルパカ使いとしての一歩を踏み出す~
ある朝、妙な違和感に僕は目を覚ました。
果たして、違和感の正体は頭の上にあった。
僕はゆっくりと自身の頭に手を伸ばす。
すると、柔らかく、温かい感覚が手に伝わってきた。
少しくすぐったい感覚も……。
それは猫耳だった。
僕の頭には、昨晩には存在しなかった猫耳が生えていたのだ。
また、もう一つの違和感があった。
足に重みを感じる。
何かが圧し掛かっているようだ。
そこには、モコモコした立派な白いアルパカが僕の足を枕に眠っていたのだった。
「……アル、何でここにいるの?」
僕は寝ているアルパカに声を掛ける。
アルは通常、母の寝室か居間で寝ているのである。
ここにいる意味が分からない。
「――クゥ!!」
声を掛けられ、目を見開き、大きな声を上げるアル。
その目には強い意志を感じる。
――ような気がする。
「ごめん、アル。僕は母さんと違って、アルが何を言っているかは分からないんだよ」
ポリポリと頭をかく僕に、アルは不思議そうな顔を向けてくる。
「ユウキ、起きてるーー? アルの姿が見当たらないのだけど、どこにいるか知らない?」
アルとの成り立たない会話をしているところで、母が部屋に入ってきた。
「あー、アル、ここにいたのねー。探したわよー…………って、ユウキ、その耳!!」
僕の顔(正確には頭に付いている猫耳)を見て、母が叫んだ。
「あなたにもついに猫耳が生えてきたのね!!」
自身の猫耳をぴょこぴょこと揺らしながら、母はとてもとても嬉しそうだった。
母は耳でも感情表現するのである。
「どうやら……そうみたいだね」
対する僕は、そんな母のテンションについては行けていなかった。
母の血を引いていて、猫耳が生えてくる可能性があるとは聞いてはいた。
しかし、実際に猫耳を持ってみると、何だか変な感じである。
猫耳は可愛いとは思っていたが、別段欲しいと思っていたわけではなく、どうリアクションを取ってよいのか分からない。
「だから、アルがここにいたのね?」
「クゥ!!」
母の問い掛けにアルが元気よく応えた。
「ん?? どういうこと??」
一人蚊帳の外である僕は、その言葉の意味がよく分かっていなかった。
「アルがユウキを『アルパカ使い』として認めたってことよ!!」
「……へっ??」
「では、早速今日から特訓開始ね!!」
「クゥー!!」
「えっ!? えっ!? 何の??」
突然の展開に全く付いていけていない僕である。
「当然、アルパカ使いの特訓に決まっているじゃない! さぁ、ビシバシ行くわよ!」
「クゥ! クゥ!!」
母とアルが僕のとっての重要事項と思われることを勝手に進めていく。
しかし、ハイテンションとなり、ノリノリな二人を止める術を僕は持ってはいなかった……。
◆ ◆ ◆
猫耳を持つ母は一流のアルパカ使いであり、アルパカのアルはそんな母の相棒である。
今は隠居している母とアルは若い頃に世界中を旅して回り、数々の伝説を作り上げたそうだ。
街を襲ってきたドラゴンを母とアルの二人だけで撃退したことがあるとか。
ある王国で攫われた王子を助け、母はその王子から求婚されたことがあるとか。
アルパカとアルパカ使いのペアで参加する大会で優勝したことがあるとか。
「いやいやいや――、アルパカがドラゴン撃退とか、そんな馬鹿なことが……」
僕がそう言って二人を見ると、母がアルの顔を見て言った。
「もう少しで討伐できたんだけどね~」
「クゥクゥ~」
「あそこで奴が飛んで逃げるとは卑怯よね?」
「クゥクゥ!」
「最後まで正々堂々闘っていれば――!」
「クゥクゥ!!」
心底悔しそうな表情を見せる二人である。
「本当なのかよ……」
つまらない嘘を付くような二人でないことは十分に承知している。
どうやら、伝説は本当の話のようだ。
「よし、準備OKね??」
急かされながらの朝食を平らげ、家から少し離れた草原で母が待ち切れないといったふうに声を掛けてくる。
その隣にはアルが控えている。
「いや、ちょっと待て! この格好は何??」
僕の格好はいつも通りのラフな普段着ではなかった。
「アルパカ使いにはきちんとした格好があるのよ」ということを言われ、着替えさせられたのである。
僕は今、可愛いパンプスを履き、黒のロングスカートにブラウス、その上からヒラヒラのついた白のエプロン、頭には可愛らしいカチューシャを付けている。
そう、まさにメイド服そのものである。
「何って、アルパカ使いの正装よ。私が今のあなたと同じくらいの年齢で使っていたものね。よく似合っているじゃない?」
「……これが、正装??」
「そうよ。あなた、折角女の子なのに、いつも可愛くないズボンばっかり履いていて丁度良かったわ」
母は猫耳をぴょこぴょことさせて楽しそう、そして、嬉しそうである。
「スカートはスース―してて落ち着かないから……」
ノリノリの母に、僕は精一杯の反論をする。
「じゃあ、これから慣れないといけないわね」
しかし、そんな反論が通じるほど、母は甘くはない。
「クゥクゥ!!」
そんな母を隣にいたアルが鼻で突っついていた。
「それじゃあ、アルが早くしてって言ってるから、始めるわね」
母はこちらの話を聞くつもりはないようだ。
そして、アルは別に服装なんてどうでも良いと思ってないか?
アルパカ使いの正装とは一体……。
だが、娘の言い分を聞くつもりは全くないようで、話をどんどん進めていく母。
「まずは基礎体力を付けるためにランニングね。今からアルが追い掛けるから、頭突きされたくなければ全力で逃げなさい」
「……は?? 頭突き??」
僕が問い返している間にアルが僕目掛けて突進してきた。
その勢いに、僕は大急ぎで逃げようとする。
しかし、着慣れない恰好をしているせいで、上手く走ることができない。
すぐにアルに追い付かれて、背中から頭突きを食らってしまった。
「痛いっ!!」
前につんのめって、叫びを上げる。
そんな僕に容赦ない声が飛んでくる。
「ほら、痛がってる暇なんてないわよ~」
アルは既に第二の突進準備に入っていた。
「ひ~~~」
大急ぎで立ち上がると、僕は駆け出した。
しかし、すぐにアルに追い付かれ、頭突きを食らうのであった。
◆ ◆ ◆
「何か、アル、スパルタすぎない??」
特訓開始から一週間が過ぎ、僕はアルの頭突きを食らって痛くなった身体をさすりながら母に質問を投げかける。
母は膝に乗せたアルの頭を優しく撫でていた。
どうやらアルは眠っているようである。
アルは、猫耳が生える前までは僕にとても優しく接してくれていたのである。
冬の寒い日にはその被毛で僕を覆って凍えないようにしてくれたし、僕が泣いていたときにはその背に乗せて外を駆け回ってくれたのだ。
「アル~」と呼ぶと、すぐに駆け寄ってくれて、優しい目を合わせてくれた。
頭突きなんて一度もされたことがなかった。
今のアルは、別人、というか別アルパカのようである。
「それは良かったじゃない~」
母は嬉しそうによく分からないことを言ってくる。
「いや、良くないでしょ……」
「だって、それはユウキのことを認めている、ということだから――」
「???」
僕は意味が分からず、困惑した表情をしていたのだろう。
頷きながらの母が説明を加えてくれた。
「アルは基本的には優しい性格してるのよ。特に、女性や子供にはね」
「でも、認めた相手に関しては、嘘も付かないし、できないことを強要することもないわ。そして、それ相応の強さと覚悟を求めるのよ。私も若い頃はアルに相当鍛え上げられたものよ」
そう言って、遠い目をする母。
「アルのそういう想いを受け取ってくれると、母さんとしては嬉しいかな」
そういう言い方はちょっとずるい……。
僕はそれきり何も言えなくなってしまった。
「そうそう、ユウキに伝えることがあるんだったわ」
話題を変えようと思ったのだろう。
母は少しわざとらしく咳払いをして、僕と目を合わせた。
「明日、私とアルでゴブリン退治に行くから、ユウキも付いて来なさい」
「はい??」
あまりに唐突な話に僕は目を丸くするしかなかった。
◆ ◆ ◆
「ここ、みたいね」
全く緊張した様子もなく、軽くお買い物に行くかのように、少し離れたところにいるゴブリンを見て母は言った。
ゴブリンは僕の背丈よりかなり低い大きさでしかなかったが、恐ろしい顔つきをしていて、手には棍棒を持っている。
母とアルなら何度も会っているのだろうが、僕自身は本物のゴブリンを見るのはこれが初めてである。
ここは家からしばらく歩いたところにある森で、森を抜けてしばらく行くと、家から一番近い小さな町もある。
その小さな町の住人が近くでゴブリンを見掛け、調べてみたところ、ゴブリンの群れが住み着いていることが分かったそうだ。
町に被害が出る前に何とかしたいと考えて、ちょっとした伝説の有名人である母に相談しようということになったらしい。
それを聞いた母は、僕にアルパカ使いとしての戦い方を見せたかったというのを考えたらしい。
自ら赴いて退治しようと考えたそうだ。
「本当に大丈夫なの?」
僕は気が気じゃなく、母とその隣にいるアルへと問い掛けた。
母とアルは昔は伝説級の凄いペアだったかもしれないが、今は隠居生活をしている身である。
ゴブリンから思わぬ反撃を食らうかもしれない。
「別にゴブリンごとき、全く問題ないわよー」
「クゥクゥー」
そんな僕の心配をよそに、二人して余裕しゃくしゃくである。
「じゃあ、行きましょうか。ユウキはここでしっかり見てなさい」
そう言って、慣れた手付きで弓矢を取り出す母。
アルは少し腰を落とし、ゆっくりと息を吐いた。
一呼吸置いて、アルが隠れていた茂みから飛び出した!
「クゥー!!」
大きな声を上げ、ゴブリンに突進していくアル。
ゴブリンがその様子に気付き、棍棒を構えたときだった。
ゴブリンの肩に母が放った矢が刺さった。
肩から矢を引き抜こうとするゴブリン。
そこへ、突進していたアルが頭突きを食らわせた。
ゴブリンは物凄い勢いで吹き飛ばされ、木に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
だがゴブリンは一匹だけではない。
異変に気付いた複数のゴブリン達がわらわらと集まってきた。
しかし、母とアルは全く焦りを見せない。
冷静に、矢でゴブリンの隙を作り、頭突きで止めを刺して行った。
鮮やかな連携だった。
あらかたゴブリンを片付けた頃に、一際大きなゴブリンが出現した。
大きさは他のゴブリンの二倍から三倍くらいあるだろう。
母よりもアルよりも大きい背丈だった。
「あれがこの群れのボスみたいね」
淡々と母が呟く。
そして、矢を弓につがえ、放った。
しかし、その矢はボスゴブリンには刺さらなかった。
手に持った棍棒で矢を軽く薙ぎ払ったからだ。
その様子を見た母はアルを呼び寄せた。
「アル、行ける??」
アルへと確認を取る母。
「クゥ!!」
大きく返事をするアル。
その返事を聞いた母は大きく頷きながら言った。
「じゃあ、行くわよ!!」
その掛け声とともに、アルがボスゴブリンに向かって一直線に駆け出した。
そんなアルの真後ろから、弓を引き絞る母。
え??
それでは矢がアルに当たってしまう?!
そんな僕の心配をよそに、矢を放つ母。
矢は一直線にアルに向かっていく。
「危ない!!」と思った瞬間、アルは首を右へと傾けた。
アルの頭スレスレを通り過ぎた矢は、そのままボスゴブリンへと向かっていく。
ボスゴブリンは矢に反応はしなかった。
いや、できなかったのだ。
つい先ほどまでアルの頭に隠れていた矢だったのだから。
そのまま、ゴブリンの胸に突き刺さる矢。
矢に怯んだゴブリンを今度は一直線に駆けていたアルが襲った。
そのままの勢いで、ゴブリンの腹に強烈な頭突きを食らわせたのだ。
そこで勝敗は決していたのだろう。
華麗な連携を見せる母とアルによって、ボスゴブリンが倒されるのにそれほどの時間を要することはなかった。
ゴブリン討伐を終え、町に報告をした帰宅途中。
僕は恐る恐るアルへと声を掛けた。
「アル、僕は母さんみたいな立派なアルパカ使いになれるかな?」
僕にはまだ自信がなかった。
母さんのようにアルとピッタリ息を合わせて、ゴブリンやドラゴンに立ち向かっていけるとは到底思えなかったのだ。
「クゥ!!」
アルからの返事は一言だけだった。
「なれるに決まっているだろう!!」と。
アルが確かにそう伝えてきていることを、僕は感じ取ったのである。
そのときからなのだろう。
僕がアルパカ使いとして、本当の歩みを始めたのは。
◆ ◆ ◆
翌日からは、今まで以上に厳しい訓練が開始された。
基礎体力の向上をしつつ、アルとの連携も学んでいった。
母からも武器の使い方や戦いのための知識や技術などをどんどんと教えてもらった。
大変な毎日ではあったけれど、僕が弱音を吐くことはもうなかった。
一流のアルパカ使いになると、既に決めたから。
一流のアルパカ使いになれると、アルに言ってもらえたから。
そんな毎日をこれから先も続けていくものだと思っていた。
いや、そんな毎日が続くものだと僕は勝手に思い込んでいたのだった。
◆ ◆ ◆
ある朝、妙な違和感に僕は目を覚ました。
頭に生えた猫耳が原因ではない。
すでにすっかり慣れた猫耳はいつも通りに変わらず、頭に二つある。
しかし、足元にアルがいなかった。
猫耳を得た日以来、いつも僕の足を枕にしているアルの重さを感じなかったのである。
「アル??」
僕は辺りを見渡し、アルの姿を探した。
アルはすぐ近くにいた。
すぐ近くの床に、荒い息をして倒れ込んでいたのである。
「アル!! どうしたんだ?? アル!!」
僕はすぐに飛び起き、アルに駆け寄った。
しかし、苦しそうなアルは身体を起こすことすらできないようだ。
「母さん!! アルが!!」
僕は大声で母を呼んだ。
きっと母ならすぐに原因も分かり、きちんとアルの手当てもしてくれるはずだ。
なんたって、最高の相棒なのだから。
「ユウキ、どうしたの??」
ただ事ではないことに母も気付いたようだ。
すぐに駆け付け、アルの様子を見て、すぐに顔色を失った。
「…………そう……もう……時間なのね……」
母は横たわるアルのすぐそばに膝を付き、優しくアルの頭を撫で始めた。
目には涙を浮かべている。
「母さん、何を言ってるんだ!! 早くアルの手当てをしてくれよ!!」
母さんが手当てできないなら、すぐに医者に診せるなり、医者を連れてくるなりをしなくてはならない。
「ユウキ……、聞きなさい」
「何だよ!!」
「アルはもう……寿命なのよ。ずっと前から自ら死期を悟っていたの……」
「……は??」
僕は母さんが何を言っているのか、理解ができなかった。
「アルは死期が迫っていることを私にだけ、教えてくれたの」
「何……で……」
アルを優しく撫でながら、ゆっくりと母は言葉を紡いでいった。
「アルから言われたわ……。ユウキのアルパカ使いとしての訓練を優先させるべきって……。自分が死ぬことはユウキには伝えないで欲しい。きっと訓練に支障が出てしまうからって……」
「そんなの、そんなのって――」
アルの命より優先させるべき訓練なんてあるわけないじゃないか。
「ユウキ、これを見て」
納得のいかない僕に母はアルのお腹の辺りを指し示した。
そこには大きな白い卵があった。
「この卵は、アルの子供よ」
「?!」
「アルはあなたにこの子供を託そうと思っていたのよ。あなたになら、任せることができるって」
アルの子供を、僕に任せる??
そんなの――。
「そんな卵なんて、僕は知らない!! 僕にはアルがいれば良い!! アルさえいてくれればそれで良い!!」
アルを失うという事実を受け入れられなかった。
もっと沢山、アルから教えてもらうべきことがあった。
もっと多くの時間を、一緒に過ごさなければいけなかった。
「……クゥ」
大きな葛藤が心に渦巻いているとき、苦しそうなアルが小さく鳴いた。
「アル?!」
「――クゥクゥ」
アルは、「卵に触ってみろ」と言っていた。
それを聞いた僕は、ゆっくりと卵に手を伸ばし、掌で触れた。
「?!」
その卵からは、温かさが伝わってきた。
アルから感じるのと同じ温かさである。
ここにはアルの魂が息づいているのである。
――卵からの温かさを感じ、涙が頬を伝う。
「……うん、、、分かったよ、、アル。この子は、僕がきちんとアルと同じくらいのアルパカに、、、いや、アル以上の立派なアルパカに育ててみせるよ。約束するよ」
「クゥ……」
アルは最後に小さく短く鳴き、そして、静かに息を引き取った。
死に顔はとてもとても穏やかで、まるで思い残すことなんて一切無いかのようだった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーー」
それを見た僕は大きく叫び声を上げていた。
とめどなく溢れる涙も留めることはできなかった。
◆ ◆ ◆
「じゃあ、母さん、行ってくるよ」
未だに心配そうにしている母へと、できるだけ安心させるように声を掛ける。
「本当に大丈夫なの? もうしばらくここに居ても……」
母は心配を拭えないようだ。
まあ、それも仕方がない。
一人娘が家を出て旅立とうとしているのだから。
僕は今、母から譲り受けた旅装を身に纏っていた。
旅装と言っても、当然アルパカ使いの正装である。
通常の正装より、防寒に優れ、着脱がしやすいというものだ。
ここまで徹底すると、もう見事としか言えなくなるわけだが……。
母から聞いた話では、アルパカ使いの始祖とでも言うべき人がメイドさんで、常にメイド服だったから、いつしかそれが正装になったそうである。
「大丈夫だよ、ルカだって一緒なんだから……。な? ルカ??」
そう言って、僕は隣で荷物を背負うアルパカへと声を掛ける。
「クゥクゥ~」
そんなルカからは元気な返事が返ってきた。
ルカは、親のアルに似た白い立派なフワフワの被毛を持ったアルパカだ。
ただ、アルよりは幾分小さい体型をしている。
まだ若く、身体も成長途中であるからだ。
性格もアルのような落ち着きはなく、一言でいうと好奇心いっぱいである。
旅に出るのも不安はなく、楽しみで仕方ないといった感じだ。
しかし、今の僕には逆にそれが心強かった。
このルカを一人前以上のアルパカに僕がしてやらないといけない。
そうでないとアルに怒られて、頭突きされてしまう。
そのために、僕はルカと一緒に旅に出るのだ。
旅をして世界を回るのである。
――それが旅に出る表向きの理由である。
じつは、もう一つ、母さんにも話していない僕の心に秘めた旅の目的があった。
ルカにアルの足跡を見せてやりたい。
というものである。
ルカは亡くなったアルの姿を見ていない。
どれだけ立派なアルパカであったかをルカは知らないのだ。
でも、きっとアルと母の残した伝説の足跡を辿れば、ルカは気付くだろう。
自身の親が立派なアルパカであったと。
そんな血筋を引いているのだと。
「ルカも気を付けなさいよー」
「クゥ~~」
母はルカの頭を力強くガシガシと撫でながら言った。
ルカはそんな母のなすがままに頭を左右に揺らしている。
「僕らよりも、母さんは大丈夫なの?」
アルが亡くなり、僕とルカが旅に出てしまう。
この家には母さん一人になってしまうのだから、心配にならないわけがない。
「大丈夫に決まっているじゃない。私の相棒はアルなのだから。ここにアルが眠るのであれば、ここが私の一番安心できる居場所よ」
胸を張って、母が言う。
相変わらず格好良い。
アルと母は絶対の信頼関係で結ばれているのだ。
片方が亡くなったとしても、それが途切れることはない。
思えば、アルが死期を悟り、それを母に伝えたとき、残りの時間を二人だけの時間とすることもできたのだろう。
しかし、アルはその時間を僕の訓練に費やすことに決め、母はそれに同意した。
この絶対の信頼関係があってこそなのだろう。
「母さん」
「――何??」
「僕とルカで、――ドラゴンを狩ってくるよ」
少し驚いた顔をした母だったが、すぐに意味を理解したようだ。
「そう? では、私はここであなたたち二人の帰りを待つことにするわ。ドラゴンを狩って、必ず戻って来なさい」
「ああ、約束するよ」
この約束は、きっと届いていることだろう。
――天国で見守ってくれているアルにも。
「じゃあ、行くよ、ルカ!」
「クゥ!」
僕は手を振る母に、手を挙げながら歩き始めた。
新米アルパカ使いと、新米アルパカの二人旅である。
これから先に楽な旅ができるだなんて、これっぽちも思っていない。
でも、新米アルパカ使いは、伝説のアルパカ使いの血を引いている。
新米アルパカは、伝説のアルパカの血を引いている。
しかも、その遺志と意志まで引き継いでいる。
太鼓判まで頂いている。
例えどんな困難があったとしても、僕とルカの二人で乗り越えていけるに決まっているじゃないか。
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