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第89話 旅行8

お待たせしました。

「んん・・・」


 カーテンの隙間から漏れてくる朝の光に気付いてゆっくりと瞼を開けると、見覚えのない天井が視界に入ってくる。


(ここは・・・?)


 まだほとんど覚醒していない頭で状況を整理しようとする。

 辺りを見回すとアパートの一室ではない、しかしながらアパートよりも大きい部屋である。


(そうか、ここは彩音さん家の別荘だったな)


 ようやく少しずつ頭が働き始め、彩音さんからの誘いで旅行に来ていた事を思い出す。

 昨日は別荘に着いてから妹の絵菜、莉緒ちゃん、彩音さんと4人でゲームをした後、とても豪華なバーベキューと酒を飲食してからお風呂に入った。

 途中で絵菜が乱入してくるというアクシデントがあったけど、その後は何も無くいつの間にか眠りに就いていた。


(それにしても寝心地が良いベッドだな)


 普段とは違う疲れもあったにしてもいつもより寝覚めが良いのは間違いなくこの寝具一式が大きな要因だろう。空調も暑すぎず寒すぎずちょうど良い具合だし本当に至れり尽くせりだと思う。

 スマホの時計を確認すると現在の時刻は7時半を過ぎたところ。平日であれば家を出る時間だし、休日もだいたい7時には起きてる事を考えると本当にぐっすり眠れたようだ。


「喉が渇いてるな・・・」


 部屋に備え付けられている小型の冷蔵庫(最初は驚いた)の中を確認するけど何も入っていなかった。そういえば昨日の夜にペットボトルのお茶は飲み干した事を今になって思い出す。


「下に行くか」


 1階にある大型冷蔵庫の中にある飲み物は自由に飲んで良いと事前説明で志波さんから聞いていたので1階へ向かうことにする。


「ん?これは・・・」


 階段を降りて廊下歩いていると徐々に良い匂いが漂ってくる。おそらくは誰かが朝食の準備をしているのだろう。


「おや、おはようございます神白様」


 台所へ行くと、志波さんが俺に気づいて挨拶をしてくる。


「おはようございます志波さん。朝食の準備もいただいてありがとうございます」


 俺が挨拶を返すと志波さんは


「とんでもございません。これがわたくしめのお勤めでございますから」


 と微笑して答える。何というか言葉遣いや仕草も堂に入っていて本職の人はすごいな思ってしまう。


「ところでどうかなさいましたか?」

「喉が渇いたんで何か飲み物を飲みたいと思いまして」

「そうでしたか。もし宜しければお持ちいたしましょうか?」

「いえ、志波さんのお手を煩わせるほどのことではないですよ」

「畏まりました。朝食はいつお召し上がりになりますか?」


 朝食か・・・ほどよくお腹も空いている事だし食べても良いかもしれない。


「今からお願い出来ますか?」

「畏まりました。和食と洋食どちらをお召し上がりになりますか?」


 何と、洋食か和食を選べるらしい。至れり尽くせりである。

 莉緒ちゃんの朝食はほぼ和食だから、たまには洋食にしてみよう。

 要望を伝えると志波さんは「少々お待ちください」軽くお辞儀をして朝食の準備を再開した。

 俺はというと冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注いでからリビングへと移動する。


「うん、美味いな」


 麦の風味が強く感じられて爽やかな味である。おそらくこの麦茶も一般的な販売店で売られているようなものではないのだろう。

 しばらくリビングでスマホを弄りながら時間を潰しているとテーブルに料理が並べられていく。トーストに、ウィンナー、オムレツ、サラダといった定番のメニューであり実に食欲をそそる匂いが漂ってくる。

 最後にピッチャーに入れられたオレンジジュースと牛乳が置かれたところで志波さんは口を開く。


「朝食のご準備が整いましたのでどうぞお召し上がりください」

「ありがとうございます。いただきます」


 俺は手を合わせてからトーストにバターを塗って口に運ぶ。


「っ!美味い!」


 思わず声を上げる。表面はサクッとしていて中はふんわり。仄かな甘みとともに濃厚なバターの風味が口の中に拡がっていく。今までは『木漏れ日』のモーニングセットで食べたトーストが1番美味しいと思っていたけど、このトーストはそれに勝るとも劣らない味である。


「お気に召していただけたようで恐縮です」


 俺の声を聞いた志波さんは柔和な笑みを浮かべている。

 次々に料理を口に運んでいくけどどれも美味すぎる。調理の仕方と食材が抜群に良いのだろう。

 夢中になって食べているうちにあっという間に完食してしまった。


「ごちそうさまでした。どれもとても美味しかったです。ありがとうございました」

「お粗末でした。むしろ感謝はわたくしめがしたいくらいです。普段から彩音お嬢様と仲良くしていただき誠にありがとうございます」


 そう言うと志波さんは深々とお辞儀をした。


「えっ、どうしたんですか突然」

「失礼、昨日のお嬢様の様子を伺っていると込み上げてくるものがありましてな。つい感謝を述べた次第でございます」

「そんな、俺は大した事してませんよ」


 むしろお世話になっている事の方が多いと思う。しかし志波さんは首をゆっくりと横に振る。


「彩音お嬢様があのような心からの笑顔を浮かべられるようになったのは実に久しぶりの事。詳しくは申し上げられませんが、様々な環境がお嬢様の笑顔を消してしまっていたのです。しかし皆様と関わりを持つようになってからは以前のお嬢様の笑顔が戻ってきたのです。長年お嬢様を見守り続けてきたわたくしめからしても大変嬉しい変化でございました」

「う〜ん、何とも実感は無いですね」


 絵菜や莉緒ちゃんと絡んで話してる時にあれ程豊かな表情をしていたのは新鮮だったけど、会った時はいつも穏やかな笑顔を浮かべていたから今ひとつイメージが沸かないな。


「わたくしめとしては今後も彩音お嬢様と仲良くしていただければと存じます」

「ええ、それは勿論。あっ、それと1つお願いが」

「どのような内容でございましょうか」

「神白は2人居るの俺の事は下の名前で呼んでもらえないですか?」

「ふむ、確かに仰っしゃる通りでございますね。では今後は『弘人様』とお呼びいたします」

「あの、様付けはしなくても・・・」

「ほほ、申し訳ございませんが長年身に付いたものですのでご要望は受けかねますな。おや、どうやらお嬢様方が来られたようです」


 志波さんの言うように複数の足音がこちらに近づいてくるように聞こえた。


「わたくしめは準備に取り掛かりますので失礼いたします」


 志波さんは最後にお辞儀をすると台所へと戻っていき、そのすぐ後に3人が姿を見せるのだった。

お読みいただきありがとうございます。

もう桜が咲く時期となってしまいました。時間が経つのは本当に早いなと思います。

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