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第76話 風邪2

お待たせしました。

 莉緒ちゃんがリビングに姿を現すと、エコバッグを置いて真っ先に俺の方へ駆け寄ってくる。


「心配しました、弘人さん・・・」

「すまない、迷惑を掛けた」

「本当に驚きました。突然玄関で大きな音がしたと思ったら弘人さんが倒れていたのですから。私、気が気じゃなくて・・・」

「そうね、あんなに取り乱した莉緒さんは初めて見ましたわ。何度もインターホンを鳴らしていたので何事かと思いましたよ」


 台所から彩音さんが微笑みながら戻ってくる。


「うぅ、お恥ずかしい限りです」

「良いのよ、ああなる気持ちも分かりますから。私だって最初聞いた時は焦ったもの」


 2人の様子を見て、これは完全にやらかしたなと思った。濡れても多少は何とかなると考えていた見通しの甘さを反省せざるを得ない。唯一の救いは仙堂の体調が良さそうだった事くらいだ。

 申し訳無い気持ちになっていると彩音さんがパンッ、と両手を叩く。


「さっ、重苦しい空気は無しにしましょう。幸いヒロさんはただの風邪でしたので少し安静にしていれば良くなりますよ。莉緒さんはヒロさんのために美味しい料理を作るのでしょう?」

「そうでした。キッチンをお借りしても良いですか?」

「勿論。調味料も自由に使ってくれて構わないですよ」

「ありがとうございます」


 莉緒ちゃんはお礼を言った後、台所へと向かい調理を始める。


「私は処方箋を近く薬局に持っていって薬をいただいてきます。何かありましたら連絡してくださいね」

「ああ、ありがとう」


 彩音さんが外出した後、しばらく目を瞑っていると台所からこちらに近付いてくる足音が聞こえる。


「すみません、起こしてしまいました」


 目を開けると土鍋を持っている莉緒ちゃんが居た。


「いや、目を瞑ってただけだから大丈夫」

「あの、ご飯を作ったのですが食べられそうですか?」

「多分食べられると思う」


 身体はだるいし頭痛もかなり酷いけど、空腹を感じているので食べられそうである。


「では準備をしますね」


 莉緒ちゃんは土鍋をテーブルに置いてから茶碗とレンゲ、お茶を準備して同じくテーブルに置く。

 俺は身体をゆっくり起こしてソファーへと腰掛けると、莉緒ちゃんが土鍋の蓋を開ける。モワッと湯気が立ったところで中身を見てみる。


「雑炊か」

「お粥も考えたのですが、雑炊にする方が味があって食べやすいかと思いまして」

「うん、美味しそうだ」


 出汁と卵の良い匂いが漂ってきて食欲を刺激してくる。これなら食べられるかもしれない。

 莉緒ちゃんが茶碗に雑炊をよそって俺に渡してくる・・・と思いきや、


「あーんしてください」


 雑炊を掬ってレンゲを俺の口まで寄せてきたのだ。しかもふーふーと熱を冷ますように息を吹きかけるというオマケ付きである。


「えっ?じ、自分で食べるから」


 と言ってみたものの、


「いいえ、弘人さんは病人ですので私がお世話します」


 有無を言わせないような口調で答える。あ、これは誠也譲りの頑固さが出たと思った。こうなると莉緒ちゃんはテコでも動かない事を俺はよく知っている。

 俺は潔く諦めて雑炊を口に運ぶ。冷ましてくれたおかげもあって熱さはちょうど良く、薄めだけどしっかりした出汁の味と卵の風味が口の中に広がる。


「うん、美味しい」

「良かったです。残しても構いませんので食べられる量だけ言ってくださいね」


 と莉緒ちゃんは言ったけど、思った以上にお腹が減っていたのか全て平らげる事が出来た。


「ごちそうさま」

「はい、お粗末さまです。食欲はあるようで良かったです」


 どこか安堵した様子の莉緒ちゃんが突然『ふふっ』と笑みを浮かべる。


「どうしたんだ?」

「以前に私が風邪を引いた時の事を思い出しました。あの時はお父さんが居なくて弘人さんが必死に看病してくれました」

「あぁ、懐かしいな」


 あれは確か莉緒ちゃんが小学校低学年くらいの時だったかな。莉緒ちゃんが体調不良だと学校から誠也に電話があったんだけど、ちょうど誠也が日帰り出張だったからすぐに帰れなかった事で俺に白羽の矢が立ったのだ。

 俺は運良くというか有給休暇だったので連絡を受けたらすぐに莉緒ちゃんを迎えに行ったんだっけ。 

 学校の門前で警備員に止められて事情を細かに説明しなければならなかったというアクシデントはあったけど、もうにか莉緒ちゃんを連れ帰って看病をした記憶がある。

 そういえば色々と聞きながらお粥を作って今と同じように食べさせた気がする。


「うっ!?」


 その時ズキッと一層強い頭痛が襲ってきて思わず顔を顰める。


「弘人さん!?大丈夫ですか!?」

「大丈夫、一瞬だけ頭が酷く痛んだだけだ。今は収まったから」

「すみません、こんな時に昔の話を持ち出してしまって」

「いや、気にしなくて良い」


 俺が落ち込む莉緒ちゃんを宥めていると、玄関の扉が開く音がして彩音さんが姿を現す。


「ただいま帰りました。ご飯は・・・良かった、ちゃんと食べられたようですね」

「ああ、おかげさまでな」

「果物を用意しましたが食べられそうですか?」

「少しだけなら」

「ではお薬はその後に飲みましょう。数日分用意してくれているので後でお渡ししますね」

「すまない、助かった」

「どういたしまして」


 その後は彩音さんが用意した果物を少しも食べ、薬を飲んでから横になる。

 それからは寝ると起きるを繰り返しているといつの間にか夜の時間帯になっていた。


「お加減はいかがですか?」


 彩音さんが聞いてきたので自分の体調を確認してみる。身体のだるさは相変わらずだけど、頭痛が少しましになった気がする。


「昼よりは少し良くなっていそうかな」

「体温を測ってみましょうか」


 彩音さんから体温計を渡されたので腋に挟み込み、しばらくすると体温計から音が鳴る。


「37.8℃ですか。少しだけ熱が下がったようですね」


 とはいえ依然として高めの体温だから引き続き安静にしておくべきだろう。


「弘人さん」


 ちょこっと袖を引っ張ってくるのは莉緒ちゃんである。


「どうした?」

「そろそろお部屋に戻りませんか?」


 そういえば今居るのは彩音さんの部屋だった。さすがにこれ以上厚意に甘え続けるのも良くないだろう。


「そうだな、そろそろ戻ろうか」

「あら、私はいつまで居ていただいても構わないですよ」

「お気遣いありがとうございます。ですがいつまでも居座るのはご迷惑ですし、部屋に戻る方が気が楽になると思いますので」


 うん、その通りだけど何で莉緒ちゃんが答えるのだろうか?


「それもそうかもしれませんね。では明日様子を見に伺わせていただいても?」

「はい、大丈夫です」


 いや、だから何で莉緒ちゃんが答えるんだと突っ込みたいけど、話が終わったようなので結局言えずじまいであった。


 こうして俺と莉緒ちゃんは部屋に戻るのだった。

お読みいただきありがとうございます。

今日から11月ですね。今年も残すところあと2ヶ月になりました。

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