第62話 後輩の緊張
お待たせしました。
そわそわそわそわ。
今の仙堂の状態を表すにはまさにピッタリの言葉である。
目線もあちらこちらと定まっていないし、ペンを持ったり机に置いたりととにかく落ち着きが無い。
「少し意識し過ぎじゃないか?」
俺がそう言うと、仙堂はようやく視線を俺の方へと固定する。しかし表情はかなり固く、顔色もどこか青く見える。
「だ、だって、もうすぐ打ち合わせがあるんですよ!?緊張もしますって!」
そう、仙堂がこんな状態になっているのはあと2時間後に例の大きな案件の打ち合わせがあるからである。
「だとしてもだ。今から緊張していたら打ち合わせの時に上手く話せなくなるぞ」
「うう、そうなんですけど・・・」
う〜ん、この調子じゃさすがに良くないな・・・よし!
「仙堂、ちょっと付いて来い」
「えっ?あ、は、はい」
俺が席を立って歩き始めると、仙堂は戸惑いながらも遅れて後から付いてくる。
事務所を出てやって来たのは建屋内の休憩スペースである。
俺は自販機にお金を入れてカフェオレとレモンティーを購入する。
「ほら、これでも飲んで少し落ち着け」
俺は仙堂にカフェオレを渡そうとする。
「え、で、でも仕事が・・・」
「今の状態じゃ仕事が手につかないだろうに。それなら少し休憩して気分を入れ替えた方が良い」
「あ、ありがとうございます・・・えへへ」
仙堂はカフェオレを受け取ると嬉しそうな表情を浮かべる。
「どうしたんだ?」
「私が好きな飲み物を覚えててくれてたんですね」
「そりゃ何回も同じ物を奢らされてたら嫌でも覚えるだろ」
「ま、またまた〜、センパイったら照れ隠ししなくても良いですよ?素直に『お前の好きな飲み物くらい把握してる』って言ってくれたらもっとポイントが高かったのに〜」
そう言ってポン、と俺の肩を軽く叩く仙堂。いつもであればまたウザ絡みしてきたと溜め息を吐きたくなるところだけど、表情を見たらそうではないとすぐに分かる。
「まったく、無理に揶揄わなくても良いんだぞ?」
「い、いや~気が紛れるかと思いまして」
「で、気は紛れたか?」
「・・・」
仙堂が目を逸らして顔を俯ける時点でお察しである。
・・・困ったな、どうすれば少しでも緊張が解れるだろうか。
今回の打ち合わせは設備メーカー、製造現場担当者、設備部門担当者の3者が初めて揃う所謂キックオフミーティングというもので顔合わせという意味合いが大きい。設備仕様の概要確認や全体スケジュールの把握といった話は出るだろうだけど、重要な内容を決めるという事はまず無いと言っても良い。
だからそんなに緊張する必要は無い、と言ってもあまり意味が無いんだろうな・・・。何せ仙堂は設備メーカーとの打ち合わせが初めてなので、どんな雰囲気で行われるかが分からないので不安も大きいのだと思う。
「あの、センパイはどうだったんですか?」
どうしようかと考えていると仙堂がポツリと呟く。
「ん?何がだ?」
「初めて設備メーカーと打ち合わせした時は緊張したんですか?」
そう聞かれて俺は脳内からわずかな記憶を辿っていく。確か俺が初めて設備メーカーと打ち合わせしたのって設備部門に配属されてから半年経った頃だったはず。
「いや、緊張はあまりしていなかったな」
「えっ、どうしてですか?」
「あの時は教育役の先輩社員に突然言われて出席する事になってな。だから緊張よりも戸惑いの方がだいぶ大きかったんだ」
「えぇ・・・」
仙堂が軽く引いているけど、俺の教育役だった先輩社員は『習うより慣れろ』というスタイルだったから突然何かをやらせるという事が結構あった。
おかげで最初の頃はかなり苦労した記憶があるけど、その分色々と身に付いたのは間違いない。
「どういう打ち合わせかも知らないのに議事録を書くようにも言われたな。しかも当時はまだ新入社員だったから、専門用語がよく分からなかったし本当に大変だったぞ・・・。だから議事録を書くのに必死で緊張どころじゃなかったっていうのもある」
「うわぁ、私だったらパワハラだって拒否しそうです」
確かに仙堂なら有り得そうだと俺は苦笑する。
「センパイにもそんな時があったんですね~」
「最初なんて皆同じようなもんだ。この職場だと大学で学んだ知識が活かせる事の方が少ないしな」
「それは私も思いました。いや〜、まだまだセンパイからいっぱい教わらないとですね!」
「俺が仙堂の教育係の間であればな」
「ええ〜、教育係じゃなかったら私に教えてくれないんですか〜?センパイって冷たいですね〜」
「俺が教育係じゃなくなる頃には仙堂が1人前に成長していて教える事なんて何も残ってないだろうよ」
仙堂は優秀だからあと2年くらいすれば独り立ち出来ると俺は思っている。
「物は言い様ですね〜」
「事実だと思うけどな。まあ逆に言うとそれまでは色々教えていくつもりだ。勿論、今日の打ち合わせだってフォローするからあまり心配するな」
「さすがはセンパイ!遠慮なく頼りにさせてもらいますからね!」
「おう、任せとけ。どうだ、少しは緊張は解れてきたか?」
仙堂の表情を見ると答えは分かるが一応聞いておこう。
「はい、だいぶ良くなりました!きっとカフェオレのおかげです!」
「さて、そのカフェオレを買ったのは誰だったか」
「え〜、ちょっと恩着せがましくありません?」
「じゃあカフェオレ代を払ってもらおうか」
「もう、嘘ですって〜ありがとうございますセンパイ!」
満面の笑顔で仙堂は答えたのだった。
ちなみにこの後の打ち合わせで仙堂は堂々と受け答えをしていた事を追記しておく。
お読みいただきありがとうございます。
もう雪は降らないで欲しいですね・・・




