第60話 果物詰め合わせ
お待たせしました。
ある平日の夕食後、ピンポンとインターホンが鳴る。
「こんな時間に誰でしょうか?」
「ちょっと確認してみる」
インターホンのモニターを見ると、映っていたのは彩音さんであった。しかも何か袋を持っているし、わずかにではあるが段ボール箱も見えている。
不思議に思いながらも玄関まで降りて行ってドアを開ける。
「こんばんは。夜遅くにすみません」
彩音さんがニコリと笑顔を浮かべながら挨拶をしてくる。
「こんばんは彩音さん。突然どうしたの?しかもその荷物は・・・?」
「ヒロさんにお渡ししようと思って持ってきました」
インターホンから見た時点で予想はしていたけどかなりの量である。段ボール箱も何も書かれていないし、中身は一体なんだろうか?
「すみませんが運ぶのを手伝っていただけますか?」
「あ、ああ分かった」
俺は頷いて段ボール箱を運ぶ事にした。両手で抱えて持ち上げてみるとずっしりとまではいかないがそれなりの重量がある。
「お邪魔します」と小さく声を掛けてから彩音さんが俺の後に続いて階段を昇ってくる。
「弘人さん、その段ボール箱は何ですか?」
リビングまで来た時に莉緒ちゃんが声を掛けてくる。
「彩音さんから貰ったんだけど、中身はまだ見てない」
と答えたところで彩音さんもリビングに姿を見せる。
「こんばんは莉緒さん」
「こんばんは」
にこやかに挨拶する彩音さんとは対象的に莉緒ちゃんの表情はどこか硬いように見えるのは気のせいだろうか。
俺がリビングに段ボール箱を下ろすと、彩音さんは持っていた袋をテーブルの上に置いた。
「彩音さん中身を見ても?」
「はい、どうぞ」
彩音さんが頷いたのを見て段ボール箱を開けてみると、そこにはさらに小箱がいくつか入っている。
その内の1つを取り出して小箱を開けると・・・
「マスカット?」
箱には一房のマスカットが入っていた。しかも普段ではお目にかかれない大粒のマスカットである。
「もしかして、シャインマスカットですか?」
「ええ、そうです」
莉緒ちゃんの呟きに彩音さんが肯定する。
シャインマスカットって確か数年前くらいから有名になったブランドものである。
「スーパーでも売ってるのを見るけど、こんな大粒は見た事無いな」
「ふふ、私が知る限りで最上級品を取り寄せました」
「えぇ・・・」
以前に彩音さんがご馳走してくれた夕飯には相当良い食材が使われていた事を思い出す。つまりこのシャインマスカットは正真正銘で最上級品なのだろう。
「弘人さん、今調べましたらシャインマスカットの最上級品は一房2万円近くするみたいです・・・」
「えっ、そんなにするのか!?」
思わず目を剥いてしまう。これが2万円・・・。
「あら、値段を調べられると恥ずかしいですね」
彩音さんも少し照れた様子になるだけで否定しない辺り、どうやら近い値段はするようである。
ちなみに他の箱も開けてみると、さくらんぼ、桃、マンゴー、メロンといった様々な果物が出てくる。
「本当にこれだけの果物を貰っていいのか?」
きっと他の果物もシャインマスカットと同じくブランドもので、しかも最上級品なのだと容易に想像がつく。もはや総額でどれだけするのか怖くて調べる気にもならない。
「元々お渡しするために持ってきたのですよ?ふふ、おかしなヒロさん」
いや、おかしいのは彩音さんだと突っ込みたくなる。どう考えても貰い物の範疇を大きく超えた金額なのに、何の惜しみもなしに渡そうとする方が普通ではないと思う。このくらいの出費は経済的に何も支障が無いのだろうか?それとも対価として何かを頼み事でもあるのだろうか?
「あ、もしかして何か裏があるんじゃないかと思われてます?」
「いや、そんな事は無いぞ」
俺の心情をズバリ言い当てられてドキッとするけど、どうにか表情に出さない事に成功した(と思いたい)。
「ふふ、念のために言っておきますけど特に何もありませんよ。夏の新作スイーツに挑戦しようと思って旬のフルーツをあれこれ取り寄せていたら量が膨れ上がってしまって・・・。私1人では全てを処理しきれないので持ってきただけなのです。腐らせてしまうとそれこそ勿体ないですから」
「そ、そうか」
本当にそうなのか?と思いつつも、きっとこれ以上聞いても同じ返答しか無さそうなので一先ずは納得する事にした。
「莉緒ちゃん、貰った果物は冷蔵庫に入れられそう?」
「はい、大丈夫だと思います」
これだけの数を入れられるか心配だったけどどうやら問題無いようだ。ここへ引っ越す時に大きめの冷蔵庫に買い替えておいて良かったと初めて思った。というか所有者の俺よりも莉緒ちゃんの方が冷蔵庫の中身を把握してるって一体・・・・。
「よし、早速食べようか。彩音さんはどれが食べたい?」
「えっ、私も食べて良いのですか?」
「貰った俺が言うのもおかしいですけど是非。それに皆で食べる方が楽しいと思う」
俺がそう言うと、彩音さんはどこかはにかんだ笑みを浮かべて「ありがとうございます」と頷いた。
「ではシャインマスカットを。最初の試作で使うつもりでしたので」
彩音さんの一言でシャインマスカットを食べる事に。これ1粒で数百円はするのかと内心で思いながら口に運ぶ。
「っ!!美味い!」
普段はマスカットどころか果物をほとんど食べない俺でもこれがスーパーで売っている物とは美味しさのレベルが違う事がはっきりと分かる。芳醇な香りが鼻を通り抜け、酸味が少なく強い甘味を感じる。だからといって変な後味が残る事もなく、上品な甘さが口の中に広がるのだ。
「すごい・・・こんなマスカットを食べたのは初めてです」
隣で莉緒ちゃんも感動したように頬を緩ませている。
「お気に召していただけて良かったですわ。うん、良い味です」
俺と莉緒ちゃんの反応を見て満足げな表情を浮かべる彩音さん。本人は特に驚いている様子が無いので以前にも同じくらいの品質を食べた事があるのだろう。
ん?という事は・・・?
俺はここである1つの事実に辿り着く。
「もしかして『木漏れ日』の料理ってこんな最上級品の食材が使われてるのか・・・?」
「ここまでではないですが、近いランクの食材は使われてますね」
俺の呟きを聞いた彩音さんが答える。どうりで味がすごく良いはずだと納得出来てしまったと同時に気になる事が出てくる。
「確か『木漏れ日』って一般的なカフェよりも少し高いくらいじゃなかったか?」
「そうですね」
「・・・大丈夫なのか?」
明らかに価格設定が安すぎないかとただの客の1人に過ぎない俺ですら心配になってしまう。
「半ばお祖父様の趣味でやっているお店なので、利益はあまり考えていないのです。それでも色々な工夫をしていて赤字までにはなっていなかったと思います」
彩音さんが噓を吐くとは思えないので、実際に赤字にはなっていないのだろう。どうやってやりくりしているのかは気になるが。
今まで聞いた事が無かった『木漏れ日』の事情を聞きつつ、雑談をしながら3人でシャインマスカットに舌鼓を打った。
ちなみに彩音さんのスイーツ試食会は後日参加する事が決定し、数日間は朝と夕飯時に最上級品の果物が彩りを添えるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
最近はコンビニで苺フェアがやっていますね。コンビニスイーツのレベルがどんどん上がっているように感じます。




