第52話 手伝い
お待たせしました。
「ヒロさんはここに住んでいらっしゃったのですね」
フワリと穏やかな笑顔を浮かべる彩音さん。
「ええ、まあ。それにしても下の部屋に引っ越してきたのが彩音さんだとは思いませんでした」
「私も驚きました。このような偶然もあるのですね」
「まったくです」
俺も同じ心情だったので軽く頷く。
「これからよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
と挨拶を返したところで上から階段を降りてくる音が聞こえてくる。
しまった、と思った時にはもう遅かった。
「弘人さん、どなただったので・・・えっ?」
「あら、貴女は・・・どうしてここに?」
莉緒ちゃんの珍しくポカンとした表情を見ながら、これは説明が必要そうだと内心溜め息を吐くのであった。
「なるほど、そのような事情があったのですね」
彩音さんは納得したような表情を浮かべる。
俺は彩音さんをリビングに迎えて、莉緒ちゃんに関する経緯を一通り説明する事になった。
仮に今日だけ遊びに来ていると言ったところで下の部屋に住む以上、嘘を吐くだけ無駄というものである。
それに彩音さんは今までの付き合いで信用出来る人柄であると分かっているので、詳細な事情を説明しても問題無いという判断もあった。
「では以前にお二人でいらした時にはすでに同居されていたのですね」
「ええ、預かる事になったのはちょうどその頃ですが」
「という事はもう2ヶ月程経っているのですか・・・」
彩音さんは何かを考える素振りをした後、莉緒ちゃんの方へ視線を向ける。
「莉緒さん、でしたね。今まで大変ではありませんでしたか?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、一度も大変だと思った事はありませんので大丈夫です」
言葉こそ丁寧だけど、はっきりと否定したように感じたのは俺の気のせいだろうか。
「そうですか。何か相談がありましたら遠慮なく言ってくださいね。女性同士でしか話せない事もあるでしょうから」
「はい、ありがとうございます」
お礼を述べている莉緒ちゃんの表情はどこかぎこちなさを感じる。何か気になる事でもあるのだろうか。
「そろそろお暇しますね。引っ越しの荷物を片付けないといけないので」
そんな考えをしていると彩音さんはソファーから腰を上げる。
荷物整理か・・・。荷物の量にもよるけど、結構大変な作業である。しかもさっき話を聞いた時に一人暮らしになると言っていたから、余計に時間が掛かるだろう。
「あの、もし良かったら何か手伝いましょうか?」
だからこそ俺がこのような提案をしたのは自然な事であった。知り合いの女性というのもあるけど、これから隣人になるのだから出来るだけ協力をしたかったのだ。
「えっ、よろしいのですか?」
「ええ。1人では大変でしょうし、特に重い荷物の運搬は任せてください」
仕事柄重い荷物を運ぶ作業には慣れているし、これだけでもだいぶ負担は軽くなるはずである。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせてもらいますね」
彩音も快く返事してくれたし、動きやすい服装を準備しようと思ったら、
「そ、それなら私も手伝います!2人よりも3人でした方が早く終わりますから」
突然莉緒ちゃんも一緒に手伝うといってきた。確かに人数が多い方が早く終わるし、俺では出来ない作業も出てきそうだから助かるな。
「ふふ、莉緒さんもありがとうございます」
こうして俺と莉緒ちゃんは彩音さんを手伝う事になったのだった。
「おお、結構ありそうですね」
彩音さんの部屋に入ると、そこには思っていたよりも多くの段ボール箱が置かれていた。
「これでも厳選したつもりなのですが、あれもこれもと思っているうちに量が多くなってしまって・・・」
彩音さんは頬に手を添えながら苦笑する。今まではカフェでしか会った事がないので、こういった一面を見られるのが新鮮だと思った。
「俺は段ボール箱を運びますんでどこに持っていくか教えてもらえませんか?」
「ありがとうございます。まず・・・」
彩音さんの指示に従って段ボール箱を次々と運んでいく。中にはかなり重い物もあり、手伝いを申し出て良かったと思った。
「莉緒さんは私と一緒に段ボール箱の開梱と荷物の整理を手伝ってもらえますか?」
「分かりました」
莉緒ちゃんは頷いて彩音さんに付いて行った。まだ入居したばかりとはいえ、寝室に使うであろう部屋に立ち入るのは何となく気まずい。莉緒ちゃんも手伝いに来てくれて本当に助かったと思う。
段ボール箱をある程度運び終えた後は彩音さんから箱の開梱と整理をお願いされたので作業を開始する。
あらかじめ部屋のレイアウトと物の置き場所を決めていたらしく、彩音さんから渡されたメモを見つつ整理を進めていく。
「調理器具が結構多いですね」
「ええ、家でもお菓子作りをしたいと思っていましたから。もし宜しければ時々ご馳走しますよ」
「良いんですか?」
「勿論です。それに『木漏れ日』で新しいケーキを出すための試作もしたかったですし」
「え?試作は『木漏れ日』でしないのですか?」
てっきり試作は店でするものと思っていたから意外である。
「『木漏れ日』だと頻繁にお祖父様が様子を見に来るので集中出来ないのです。お祖父様は少々過保護なところがありますから」
彩音さんが苦笑しながら答える。
「へえ、あのマスターが・・・」
いつも落ち着いていて物静かだからそんな印象が湧かなかったな。
「意外でしたか?ただそのおかげといいますか、お祖父様には色々とお世話になってとても感謝しています」
彩音さんの表情を見ているとマスターの事が好きだという気持ちがひしひしと伝わってくる。
「いいお祖父さんなんだね」
「ええ、私が一番尊敬する人ですから。あっ、すみません話が脱線してしまいましたね」
「いや、興味深い話が聞けて良かったです。あとご馳走の件はお言葉に甘えさせてもらいます」
「是非そうしてください。ちょうど第三者からの意見も取り入れたかったので。それと1つお願いがあるのですが・・・」
彩音さんにしては珍しくどこか言いにくそうな様子である。余程の内容なのだろうか?
「何でしょう」
「その、敬語ではなく普通に話してほしいのです。私の方が年下ですし、これからはお隣同士になるのですから」
俺が思っていたより簡単な内容だったけど、彩音さんの中ではずっと気にしていた事なのかもしれないな。
「分かった、これで良いか?」
「はい、ありがとうございます。あっ、でも私は敬語を止めませんからね」
おっと、どうやら俺が提案しようとした事を先読みされたようだ。
「何で分かったんだ?」
「ふふ、ヒロさんが考えそうな事はお見通しです」
と、どこか茶目っ気のある笑みを浮かべていたのは印象的であった。
「すみません、これはどこに置けば良いですか?」
その時莉緒ちゃんが部屋から出てきて彩音さんに声を掛けてきた。
「えっと、それは・・・」
彩音さんは莉緒ちゃんに指示しながら再び寝室の方へと戻っていった。2人が並んでいる姿を見ると、雰囲気も似ているし姉妹にも見えてくる。
「さて、俺も続きをするか」
こうして俺は作業を再開し、手伝いが一通り終わる頃には夕方になっていたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
本作品も連載を始めて間もなく1年経ちそうです。
不定期連載となりますが、引き続きよろしくお願いします。




