第48話 親友の娘が居ない日
大変お待たせしました。
「では、行ってきます」
「いってらっしゃい。楽しんでおいで」
「はいっ」
いつもよりも少し早い時間にいつもの場所まで莉緒ちゃんを送る。
林間学校当日。今日から莉緒ちゃんは3日間居なくなり、束の間の独り暮らしが復活する事になる。
「さて、行くか」
莉緒ちゃんの後ろ姿を少しの間眺めてから俺は会社へと向かうのだった。
「あれ、今日はセンパイ食堂に行かないんですか?」
午前の仕事を終えて昼休憩になると、仙堂が不思議そうな表情を浮かべている。
食堂?何の事だと一瞬考えてから思い出す。
「あ、ああ、今日から3日間は同期が休みでな。昼はこっちで食べる」
危ない危ない、そういえば仙堂には同期に勉強を教えながら食堂で食べるという説明をしていたんだった。確か手作り弁当を見られるのがまずいと思って吐いた嘘だったがすっかり忘れていた。
とはいえ勉強を教えるという設定も期間に限りがあるから、そろそろ別の理由を考えた方が良いかもしれない。手作り弁当を見られたら絶対に詮索してくるだろうし。
「へぇ〜、じゃあ3日間はセンパイとじっくりお話ができますね!」
「揶揄う、の間違いじゃないのか」
「だってセンパイをイジるの楽しいですもん」
「お前なぁ・・・」
ニヤニヤも笑みを浮かべる仙堂には俺は呆れた表情を返す。相変わらず相手をするのが少し疲れる後輩である。
「あっ、それとセンパイいつ来ます?」
「ん?何の事だ?」
本当に心当たりが無かったのだけど、仙堂は少し不機嫌になったかのように頬を膨らませる。
「もう、私の料理を食べに来るって話ですよ!約束しましたよね?」
えっ、あの話は本気だったのかと言いそうになったけど、さらに機嫌が悪くなる気がしたので直前で口を噤む事に成功した。
「機会があればって言っただろ」
「それを待ってたらいつまでもはぐらかされそうですし、今日こそは約束してもらいますよ!前も言いましたけど、もし約束してくれなければ課長に・・・」
「分かった分かった、行くから勘弁してくれ」
「言質は取りましたからね。で、いつにします?」
1番都合が良い日を考えると・・・
「今日か明日」
「そんなすぐには無理です!」
「だよなぁ」
だとすると平日よりは休日の方が良いだろうな。
「来週の土曜日ならどうだ?」
「それなら大丈夫です。時間はどうします?」
「そうだな・・・昼の方が良いか」
前のような事は無いと思うけど、夜にお邪魔するのは少し抵抗がある。それに、莉緒ちゃんを夜に独りだけにさせておくのも気になる。
「りょーかいです!センパイに私の実力を見せてあげますから!」
「ああ、楽しみにしておこう」
その後は終始仙堂の機嫌が良かったので、仕事がやりやすかった事を追記しておく。
「ただいま、って誰も居ないんだった」
仕事を終え、帰りに外食をして部屋へ戻ってきた俺は無意識に言ってしまい苦笑する。
莉緒ちゃんと同居が始まってからは莉緒ちゃんが先に入って「お帰りなさい」と返してくれるようになっていたからだ。
俺はリビングのソファーに腰を下ろし、テレビの電源を入れる。そういえば今日は好きなバラエティ番組が放送されているはずなのでチャンネルを合わせて観る。
・・・おかしいな、いつもより物足りなさを感じる。
内容は面白いはずなのに、何かがいつもと違う気がする。
「まあ、そんな週もあるか」
番組だって内容によっては面白かったり、そうでない場合だってある。今感じているのはそういう類のものだろう。
しばらくバラエティ番組を観た後にテレビの電源を切り、ソシャゲをしてから風呂に入ってすぐに眠りに就く。
・・・いつもよりも静けさを感じながら。
次の日はアラームの音で目が覚める。
朝の情報番組を観つつ朝食のパンを口に運ぶ。そういえば朝食にパンを食べるのも久しぶりに感じる。
莉緒ちゃんと同居する前はよく利用していたパンだけどどこか味気ない。
まあここ2ヶ月は莉緒ちゃん手作りの朝食だったので無理もないと思いつつ会社へと直接向かう。
しかし、ここで失念していたのは莉緒ちゃんを送る時と同じ時間で出てしまった事。今日は直接会社に行くのでいつもよりもかなり早い時間で会社に着くのは必然である。
まあその分早く帰れるので別に良いかと思って仕事を始める。
特に緊急の案件も無く、心に余裕を持って仕事をしているといつの間にか終業の時間となっていたので帰る準備をする。
「センパイ、今日はさらに早くないですか?」
目敏く見つけた仙堂が声を掛けてくる。
「ああ、今日は早く来たからな。急ぎの仕事も無いしこのまま帰るつもりだ。仙堂はどうだ?」
「私はもう少しキリの良いところまでやってから帰ります」
「そうか。じゃあお先に失礼するぞ」
「はい、お疲れ様でした」
律儀に頭を下げてくる仙堂に「また明日」と声を掛けて会社を後にする。
昨日と同じように途中で外食をしてから部屋に帰ってきて、いつものようにリビングのソファーに腰を下ろす。
今日は観たい番組が特に無いのでソシャゲを集中してやる事にする。
「う~ん・・・」
やはり静けさが目立つ気がする。いつもであれば静かでも食器を洗って片付ける音が聞こえてくるので、どこか生活感があった。
「!ははっ」
ここで不意に気付く。今ではこれがいつもの事、つまり日常になっているという事に。
たった2ヶ月で莉緒ちゃんが同居しているという生活が日常として受け入れていたのだ。
最初は戸惑い、どうなるのかと少し心配していた面もあった。しかし、今では自然なものとして感じられるくらいにこの生活に慣れたという事なのだろう。
俺はわずかに苦笑しつつ、莉緒ちゃんが林間学校を楽しめていると良いなと思った。
・・・明日は莉緒ちゃんが帰って来る日である。
お読みいただきありがとうございます。
前の話から少し間が空いてしまいましたが、次はもう少し早くお届けしたいところです。




