第5話 初日の終わりと回想(莉緒視点)
お待たせしました。週明けってやっぱりしんどいですね・・・。
「ふふ、もう寝ちゃいましたか」
弘人さんの寝顔を見ながら、私は幸せを噛みしめています。何せ今まで待ち望んでいた光景なのですから当然です。
私は昨日からの出来事を振り返りました。
それは昨日の夜にお父さんが会社から帰って来た時の事です。
「すまねえ、莉緒!」
開口一番にお父さんが私に向かって謝ってきたのです。
「一体どうしたの、お父さん?」
すると、お父さんは申し訳なさそうな表情をしてこう答えたのです。
「実は仕事上のトラブルで急に北海道まで行かなきゃならなくなった。わりいがしばらく帰ってこれないかもしれねぇ」
「えっ、じゃあ私はしばらく一人になるの?」
私の問い掛けにお父さんは頷きました。
「本当は莉緒も連れて行きてえんだが、入学して間もねえのに休学なんかさせられねぇしな・・・。かと言って莉緒を一人にさせるのはどうにも心配だ」
お父さんは私に対して過保護なところがあり、少し帰りが遅くなっても心配になるみたいで何回も連絡してきますし、特に私が他の男性に話し掛けられているのを目撃するとすぐに撃退しようとするのです。
私は大丈夫だと言っているのですが、お父さんは「いや、莉緒に近づく野郎どもは下心しか持ってねえ」とか言って聞く耳を持たないくらいです。
しばらくお父さんは唸りながら色々と考えている様子でしたが、突然ハッとなるとニヤリと笑みを浮かべました。
「こうなったら、弘人のところで世話になってみるか?」
「えっ!?」
お父さんからの思わぬ提案に私は驚きの声を上げてしまいました。
お父さんが『弘人』と呼んだ人はお父さんの親友である神白弘人さんの事で、私の物心がつく前からとてもお世話になっている人です。
「弘人と一緒に居れるから莉緒も嬉しいんじゃねえか?てか好きなんだろ、弘人の事」
「な、なな何でお父さんが知ってるの!?」
弘人さんが想い人である事をあっさり見抜かれていると知り、私は動揺してしまいました。
「んなもん弘人が遊びに来た時の態度を見ればバレバレなんだよ」
「え!?そ、そんなに分かりやすかった?」
「おう、弘人が居る時はこれでもかってくらい生き生きしてるからな」
「~~~~~~っ!?」
私は頬がとても熱くなるのを感じました。もしかしたらすでに弘人さんにも・・・
「はは、心配しなくても弘人には気付かれてないぞ。あいつ相当鈍感だからよ」
私の表情で何を考えているのか読み取ったらしく、お父さんがそう言ってきます。
「よ、良かった~~ってあれ?そういえばお父さん怒ってないね」
私は不思議に思いました。なぜなら、普段であれば私に近づく男性に対してまるで目の敵である様な態度を取っているからです。
「あ?弘人なら何の問題もねえよ。莉緒の事を小さい時から知ってるし、何よりも俺の親友だしな」
「そ、そうなんだ・・・」
思った以上にあっさりとした回答に私は拍子抜けしました。普段のお父さんの態度を見ていると弘人さんが好きだと打ち明けた時にどんな反応をするかが怖かったのでほっと一安心しました。
「むしろ問題は莉緒の方じゃないか?」
「え?どういう事?」
お父さんの言葉の真意が掴めず、私は首を傾げます。
「さっきも言ったが、あいつはかなり鈍感だから相当アピールしないと異性として好きだと気付いてもらえないぞ。まあ莉緒の事を好ましく思っているだろうが、それはあくまでも友人の娘としてだ。しかも小さい頃から知っているだけに恋愛対象として見る事はまずないだろうぜ。距離は近いからこそ、道のりは遠いってやつだな」
「うっ!?」
お父さんに言われたくなかった事をはっきり告げられてしまい、私は言葉に詰まりました。
弘人さんはお父さんと同い年で当然私とも年齢が20近く違います。世の中には年の差カップルという話も聞きますが私の場合は小さい頃から知られているので、弘人さんにはせいぜい娘の様にしか思われていないでしょう。
「それに、あいつは独身だがモテないって訳じゃないんだぜ?」
「えっ!?」
「おいおい、まさか『私だけが弘人さんの魅力を知っている』なんて思ってたんじゃないだろうな?」
「そ、それは・・・」
またしてもお父さんに言い当てられてしまい思わず目を逸らしました。
そんな私の様子を見て、お父さんは小さく溜め息を吐いてから口を開きます。
「あいつはぶっきらぼうだが、気遣いも出来るし人柄もかなり良い。実際に惚れていた女も何人か知ってる」
「ええっ!?だ、誰ですかその女性は!」
心がモヤモヤしてしまい、私は思わずお父さんに詰め寄ります。
「待て待て、それは学生時代の話であって今は知らねえよ!ちょっと慌てすぎだぞ」
「あ、あはは・・・ごめんなさい」
「こりゃ重症だな・・・。んで、どうする?」
「も、もちろん弘人さんのところに行きたい!」
「じゃあ弘人には話しとくぞ。あいつの事だから断ってくるだろうが、その辺は上手くやるから心配すんな」
「うんっ、ありがとう!」
「おう、しっかりアピールして弘人の心を掴んでやれ」
こうして、弘人さんのところにお世話になる事が決定したのでした。
(うう、眠れません・・・)
布団に入ってからしばらく、お父さんとのやり取りを回想しつつ寝ようとしていたのですが目が冴えて中々寝付けません。すぐ隣には大好きな弘人さんが居るのでどうしても緊張してしまうのです。
ただ弘人さんはあっさりと寝てしまったので、私は女性として意識されていないのだなとつくづく思いました。
(これはどんどんアピールしなければ!)
今までは家に遊びに来た時にしか会えなかった弘人さん。でも、ふとしたきっかけからしばらくは一緒に暮らすことが出来ます。
お父さんの言うように道のりは遠いでしょうし、意識してもらうためには相当な努力が必要です。
(まずは胃袋を掴みましょう!)
弘人さんはほとんどが外食かスーパーやコンビニで弁当を買うだけだそうなので、まずは私の料理を食べてもらって私の料理無しでは生きられないようにするのです!
(そして夜は弘人さんと一緒の部屋で寝よう!)
弘人さんは物置と化している部屋を整理して私の部屋にしてくれるそうですが、夜は絶対に弘人さんと一緒に寝たいと思っています。
おそらく弘人さんは別々の部屋で寝るようにおっしゃると予想していますが、そこは強引に押し切ってどうにかしたいです。
きっと、私が頑なに言い続ければ最終的には折れてくれるでしょうから。
(ふふふ、明日から楽しみです・・・)
夢にまで見た弘人さんとの同居生活が期間限定とはいえ始まると思うと、胸が躍るのが止められません。
あれやこれやと妄想してしまい、眠りに就いたのは結局布団に入って3時間後の事でした。
お読みいただきありがとうございます。
最近は寒くなってきたので身体が温まるような料理を食べる頻度が増えてきました。そろそろ鍋とかも美味しいでしょうね。