第32話 後輩と一緒に帰宅
お待たせしました。
「ねえねえ、センパイセンパイ」
そろそろ帰ろうとしたところで隣の席から俺の肩を揺さぶってくるので視線を向けると、後輩社員ーーー仙堂が笑顔を浮かべている。
何だろうと不思議に思いながらも返事をする。
「どうした?」
「センパイってこれどうします?」
「ん?」
仙堂が自分のパソコンを指差しているので見てみると、そこには部署内バーベキューの案内メールが映し出されていた。
「ああ、それか」
俺達が所属する設備部では毎年この時期にバーベキューが開催される。電気課、機械課、建築課の3つの課から構成される設備部は全部で50人程在籍しており、参加率も毎年8割を超えるのでそれなりの規模となる。
「今回はパスかな」
今までは予定が入っていない限り参加をしていたけど、今は莉緒ちゃんが居るので不参加にしようと思っていたのだ。
「え〜、何でですか~?参加しましょうよぉ~」
下から上目遣いで見てくる仙堂。相変わらずのあざとさである。
そういえば去年のバーベキューが開催されたのは仙堂が配属される前だったな。
「その日は予定がある」
莉緒ちゃんの事を話す訳にもいかないので適当に濁しておく。
「そうですか~、残念です。せっかくセンパイとゆっくりお話しできると思ったのに〜」
本当に残念そうな表情を浮かべて呟く仙堂を見ると、慕ってくれているというのが分かるのでありがたいと思う。
ただ、釘は刺しておかないと。
「参加するのならこの前みたいに飲みすぎるなよ」
「うっ、そ、それは言わないでください・・・」
気まずそうに顔を俯ける仙堂。頬も少し赤くなっているのは気のせいだろうか。
ちなみにGWが明けた最初の出勤日で仙堂はすぐに「ごめんなさい」と謝罪してきた。
どうやら車に乗せられた事までは何となく覚えていたらしいけど、それ以降の記憶は無く目が覚めたら自分の部屋のベッドで驚いたとの事。
確かに車の中で眠っていたし、目が覚めても意識がはっきりとしていなかった様子だから記憶が無いのも納得であった。
気まずさがあったのか始めは少しおとなしかったけど、1週間も経てば元通りとなって頻繁に絡んでくるようになった。
「じゃあ私は参加で記入しておこっと。ついでにセンパイの分も不参加にしておきますね」
「ああ、助かる」
仙堂が参加表を記入するとパソコンの電源を切る。
「仙堂も帰るのか?」
「はい、仕事も落ち着きましたので〜。もし良かったら一緒に帰りませんか?」
仙堂はGWの仕事準備で最近残業が多かったけど、今回である程度仕事が片付いたはずである。
「一緒にって言っても駐車場までだぞ?」
「分かってますって。ささ、行きましょ〜。皆さんお疲れ様でした!」
仙堂が俺の手を引いて歩き出すと、なぜか周りから微笑ましげに見送られる。多分皆が仙堂を可愛がっているからだろうな。
「あっ、私が着替え終わる前に帰らないでくださいね」
「いちいち念を押さなくてもちゃんと待ってるから早く着替えてこい」
「は〜い」
女性用更衣室に入っていった仙堂を確認して俺も更衣室へと入り、手早く作業着を脱いで着替えを済ませる。
更衣室を出ても当然ながら仙堂の姿は無いので、仙堂が出てくるまで待つ事にする。
・・・ほんの一瞬だけ先に帰ろうかと思ったのは内緒である。
スマホでニュースを読んでいると、仙堂が更衣室から出てきた。
「お待たせしました〜」
「おう、じゃあ行くか」
「はいっ!」
何だか機嫌が良さそうだなと思いながら2人並んで歩き始める。
「センパイって最近帰るの早いですね〜」
「まあな。今は大きい仕事が無いし、しばらくの間は早く帰れそうだ」
ちょうど莉緒ちゃんと同居するようになった辺りから仕事が忙しくなくなったので、タイミングとしてはかなり良かったと言える。
「私も一区切り付きましたので、これから早く帰れそうです。ふふ、センパイと一緒に帰れる日も増えそうですね~」
仙堂はどこか嬉しそうにも見えるけど、俺にしてみれば仙堂の相手をするのは少し疲れる時もあったりする。特にウザ絡みをされると面倒である。
「センパイは可愛い後輩と一緒に帰れて嬉しくないんですか?」
仙堂が不満げに俺を見つめてくる。どうやら面倒だと思ったのが態度に出てしまっていたようだ。
「・・・もちろん嬉しいぞ」
「間があったのが怪しいですけど、まあ良いです。ところでセンパイは早く帰って何してるんですか?」
「ん?ご飯食べてその後はテレビ観たりゲームしたりとかだな」
さすがに高校生を迎えに行ってますなんて事を言えるはずもない。とはいえ答えた内容自体に嘘は無いが。
「なぁ〜んだ、ただの暇潰しじゃないですか」
「独身男性の生活なんてこんなもんだ。もしこうなりたくなければ趣味でも作っておくと良いぞ」
「ふふ、センパイに心配されなくてもちゃんと料理っていう趣味がありますから!」
「へぇ、食べ歩きか?」
「失礼ですね!食べるのも好きですけど、作るのも得意なんです!」
仙堂はスマホの画面を見せてくる。そこにはSNSにアップしたであろう数々の料理を撮った写真が映し出されていた。しかもどれも見た目がオシャレな感じでSNS映えしそうである。
「これでもそれなりにフォロワーが居るんです」
ドヤ顔をして語る仙堂。確かにかなり『いいね』が付けられているようだ。
「おお、結構すごいじゃないか」
そういえば仙堂の昼食は自分で作ってきた弁当である事を思い出す。チラっと見た限りでは栄養のバランスを考えたラインナップだった気がする。
「ふふふ、思い知りましたか?センパイがどうしてもって言うのなら作ってあげない事もないですけど~」
チラチラと俺の顔を伺う仙堂。
「いや、一人暮らしの女性の部屋に上がるのはダメだろ」
「何言ってるんですか。2度も送ってもらっているんですから今更ですよぉ〜」
「それは誰かさんが泥酔するから仕方なく運ぶ羽目になったの分かってるか?」
「わ、分かってますって・・・」
バツが悪そうに視線を逸らせる仙堂。揶揄うつもりが自爆してしまったのは自業自得と言えよう。
「で、ではセンパイのおウチに行って料理してあげても良いですよ!」
「いやいや、余計にダメだろ」
独身男性の家に行くのはさすがに無防備すぎないだろうか。それともこれが今時の若い女性の距離感なのか?もしくは先輩だからって信頼されているから意識されていないとかか?分からん。
「まったくセンパイはわがままですね~。(・・・せっかくセンパイのおウチに行けると思ったのに残念です)」
後半が小声すぎて何を言っていたのか聞こえなかったけど、きっと文句でも漏らしていたのだろう。
「わがままって何だよ。俺が先輩だからといって簡単に独身男性の家に行くとか言うのは良くないだろ」
俺がそう言うと仙堂は呆れたような表情になる。
「センパイは私のお父さんか何かですか?言われなくてもそれくらいの分別はありますから。センパイがどんな所に住んでいるかちょっと興味があるだけです〜」
「興味ってそれが目的か!絶対に来させないからな!」
「ちぇ〜、つまんないです〜」
プクッと膨れっ面になる仙堂。相変わらず態度にいちいちあざとさを感じる。
「まあ機会があればってやつだな」
「えぇ〜、それって一生機会が訪れないパターンじゃないですか!可愛い後輩をぞんざいに扱ったら課長に言い付けますよ~?」
「ちょっ、そこで課長を出すのはずるいぞ!」
俺達が所属している電気課の課長は普段優しいけど、怒らせるとかなり恐い事で有名なのだ。
「だってセンパイが社交辞令を言うから悪いんですよ?」
なぜこんな話題で俺は追い詰められているのだろうか。別に悪い事を言ったつもりはないのだが、ちょっと理不尽じゃないか?
「はぁ・・・分かった、本当に機会があればご馳走になるから課長には余計な事を言うなよ?」
俺がそう答えると仙堂が満面の笑顔(俺には悪魔の笑顔に見えた)を浮かべる。
「ふふ、最初から素直に頷いていれば良かったのに。そこまでセンパイが言うなら仕方ないのでどこかで料理を振る舞ってあげましょ~」
なぜか仙堂に料理を振る舞ってもらう事が決定したところでちょうど駐車場へと到着する。
「それではセンパイお疲れ様でした!」
「ああ、お疲れ様」
仙堂が車に乗って駐車場を出た事を確認した俺は大きな溜め息を吐いた。
何だか上手くのせられて変な約束をしてしまった気がする・・・。
精神的にどっと疲れを感じながら、俺も車へ乗り込んで莉緒ちゃんを迎えに車を走らせるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
最近になって少しずつ気温が上がってきましたので、熱中症にはくれぐれもお気をつけください。




