第17話 行きつけのカフェ2
お待たせしました。もうストックが・・・
案内された席は店内の奥の方にあり、窓際でもあるので日当たりが良い場所となっている。俺がここに来る時にいつも利用している席である。
俺が腰掛けると莉緒ちゃんは続いて隣に座ってきた。しかも距離が近いような気がする。
席は4人掛けとなっているので向かい側に座る方がゆったり出来るのにと思ったけど、今までの経験から考えると結局隣に座ったままになると予想出来たのであえて何も言わなかった。
ウェイトレスの彩音さんはその様子を見て微笑を浮かべている。微笑ましい光景だと思っているのだろうか。
「ご注文はどうされます?ヒロさんはいつも通りにしますか?」
彩音さんが注文を聞いてくる。いつもならすぐに注文するけど、今日は莉緒ちゃんも居るのでもう少し後の方が良いだろう。
「ちょっとメニューを見るんで注文はもう少し後で良いですか?」
「分かりました。ご注文が決まりましたらテーブルのベルを鳴らしてくださいね」
彩音さんはチラリと莉緒ちゃんの方を見てから店の奥へと戻っていった。
「弘人さん、何かお勧めはありますか?」
メニューから顔を上げて莉緒ちゃんが聞いてくる。
俺も全てのメニューを食べた事は無いけど、どれも強いこだわりを感じさせるものばかりなので外れは無いと思っている。だからこそお勧めと言われても中々難しいのだ。
「う~ん、コーヒーと紅茶はかなりこだわっているからお勧めかな。軽食だったらパスタ、スイーツならケーキが良いと思う」
少し考えてから莉緒ちゃんにそう答える。パスタはマスターの得意料理だし、ケーキ関係は彩音さんの手作りでどれも専門店に匹敵する程美味しいからである。
実はモーニングセットもお勧めだけど、今日は朝食を済ませているので注文するとしても次回以降来た時になるだろう。
「ケーキは少し惹かれちゃいますね。弘人さんはいつも何を注文されているのですか?」
「いつもはミルクティーを注文するかな。ケーキは種類を聞いて好きなものであれば注文するね」
「そうですか・・・。では私もミルクティーにします。コーヒーよりも紅茶の方が好きですし」
莉緒ちゃんも決まったのでテーブルのベルを鳴らすと彩音さんがやって来る。
「ご注文は決まりましたか?」
「ミルクティを2つ。それと、今日のケーキの種類を教えてくれますか?」
「今日は苺のショートケーキ、フルーツタルト、ミルクレープの3種類になります」
今日は苺のショートケーキがあるのか。注文したい気持ちはあるけど、まだ朝食を食べてそんなに時間は経っていないしどうしようか・・・。
「莉緒ちゃんはどうする?」
とりあえず自分の事は先延ばしにして莉緒ちゃんに聞いてみた。
「そうですね・・・、フルーツタルトを食べてみたいです」
莉緒ちゃんがケーキを食べるのなら、俺も食べようかなと思った。
「その様子だとヒロさんも食べそうですね。ケーキの種類は苺のショートケーキで良いですか?」
どうやら食べたそうな表情をしていたのか、彩音さんが勧めてくれた。しかも苺のショートケーキが好物という事もばっちり把握されている。これが常連の特権だと思うと少し嬉しくなるものである。
「はい、苺のショートケーキでお願いします」
「それならティーセットの方がお得ですのでこちらに変更しますね。ドリンクはミルクティ2つ、ケーキは苺のショートケーキとフルーツタルトですね」
注文に間違いがない事を確認した彩音さんは再び店の奥へと去って行った。
「ところで今日はどんな本を持ってきたのかな?」
「読みたい本が多かったので迷いましたが、今日はこのシリーズを読破したいです」
「おっ、それは『おさむす』だね」
莉緒ちゃんが取り出した本は最近アニメ化もしたラノベでタイトルは『幼馴染の娘にすっかり懐かれたんだが(通称:おさむす)』である。ジャンルはラブコメで、三十代半ばになった主人公の男がナンパされていて困っている女の子を助けるのだけど、その女の子の容姿が高校生時代の幼馴染と瓜二つだったというところから物語が始まる。
ナンパから助けた後に話をすると女の子が実は幼馴染の娘だという事が分かり、家へ送って行くと母親である幼馴染とも再会を果たす。そこから様々なイベントを通して幼馴染の娘と幼馴染との仲が深まっていくという流れである。
最初は幼馴染の娘と幼馴染のダブルヒロインだと思っていたのだけど、次の章に移ると主人公の元カノが登場したり、会社の後輩が急接近してきたりと現在はヒロインが4人なっている。しかもどのヒロインとの話も丁寧に描かれていて誰が主人公と結ばれるかが全く読めなくなっているのだ。ファンの間でも度々論争が起こり、現在では数あるラブコメの中でかなりの人気を博していると言っても良いだろう。
「アニメを観たらすっかり好きになっちゃいました。だから続きを読んでみたくて」
アニメでは幼馴染と幼馴染の娘の話が一区切りしたところで終わっているので、元カノや会社の後輩はまだ登場していない。とはいえアニメは作画もかなり良かったし、原作に沿って物語が進んでいたのでかなり好評だった。この調子ならアニメ化2期が決定する可能性も充分に高い。
「分かるよ、俺も好きな作品だから」
最初あらすじを読んだ時に主人公がほぼ同年代だったからという理由で購入したのだけど、いざ読んでみるとあっという間に引き込まれてハマってしまっていた。個人的にも他人にお薦めしたい作品の1つである。
「ひ、弘人さんはどのヒロインが好きですか?」
どこか真剣な様子で聞いて来る莉緒ちゃん。しかも微妙に圧を感じるのは気のせいだろうか。
「う~ん、俺は元カノかなぁ」
どのヒロインも魅力的で好きなんだけど、イラストが好みという点で元カノを推しているのだ。
「ええ!?そ、そうですか・・・」
莉緒ちゃんはなぜかショックを受けてしょんぼりとした様子になる。おそらくヒロインの好みが違ったからなのだろうけど、なぜそこまで落ち込むのか俺には分からなかった。
「莉緒ちゃんは誰が好きなの?」
今度は俺が同じ質問をすると、莉緒ちゃんの様子が一気に変わる。
「も、もちろん香菜ちゃんですっ!同年代なので応援したくなっちゃいます!」
莉緒ちゃんは力強く答える。ちなみに香菜ちゃんというのは幼馴染の娘の名前である。
確かに彼女は高校1年生なので莉緒ちゃんと同い年という事になる。きっと共感できる部分も多いのだろう。
「そ、それに、どうしても自分と重ねてしまいます・・・」
「え?どうかした?」
莉緒ちゃんがぼそぼそと小声で何かを言ったのだけどよく聞き取れなかったので、もう一度聞いてみると莉緒ちゃんは顔を赤くして首を激しく横に振った。
「い、いえ、何でもありません!そ、それよりも本を読みませんかっ?」
「う、うん、そうしようか」
露骨に話題を変えられた気もするけど、俺もそろそろ読みたかったので莉緒ちゃんの提案に頷いた。
莉緒ちゃんは最初こそ少し顔を赤くしていて集中があまり出来ていなさそうだったけど、しばらくすると真剣な表情になっていたので心配は無さそうだ。
俺も持ってきたラノベを取り出して読み始める。こちらは異世界転生ものでアニメ化がつい最近決定した作品である。
お互いが本に集中してしばらくすると、彩音さんが席までやって来て静かにケーキセットを置いてくれる。俺が来店する時はほとんど彩音さんが対応してくれるし、こういった気遣いをいつもしてくれてとてもありがたいのだ。
俺が「ありがとう」と小声で言うと、彩音さんは軽く一礼をして店の奥へと去って行った。
早速ミルクティーを1口飲んでみる。うん、いつも通りミルクと紅茶のバランスが絶妙で美味しい。
「さて、次は・・・」
俺はフォークを手に取り、苺のショートケーキを1切れ口に含んだ。
「うん、美味い」
生クリームは甘過ぎずすっきりとしていて、仄かな酸味がある苺と見事に調和している。何だか以前よりも美味しくなっている気がした。
隣に居る莉緒ちゃんを見るとちょうどフルーツタルトを食べているところであった。
「っ!とても美味しいです・・・」
言葉とは裏腹にどこか険しい表情をしている莉緒ちゃん。何か気になる事でもあるのだろうか?
俺はあっという間にケーキを食べ終えると読書を再開する。莉緒ちゃんも少し後に食べ終わって同じく読書を再開していた。
店内はゆったりとしたBGMが流れており、温度もちょうど良く環境としては最高である。
俺はさらに読書へと没頭していくのだった。
「ん?もうこんな時間か」
本を照らす日差しがいつの間にか橙色になっている事に気付き、時計を見るともうすぐ18時を指すところであった。どうやら思った以上に集中していたらしい。
「そろそろ帰ろうか」
俺の声に気付いた莉緒ちゃんは本から顔を上げる。
「そうですね、もう夕方みたいですし」
俺と莉緒ちゃんは本を片付けて席を立つと彩音さんが近付いてきた。
「あら、お帰りですか?」
「ええ、会計をお願いします」
レジで会計を済ませると彩音さんは外まで見送ってくれる。とても律儀な人だと思う。
「またのお越しをお待ちしていますね」
彩音さんは笑顔で軽く手を振る。俺と莉緒ちゃんは軽くお辞儀をして『木漏れ日』を後にした。
「店はどうだった?」
俺は莉緒ちゃんに感想を聞いてみる。
「スイーツやお料理が美味しくて、雰囲気もとても良かったです。・・・ただ、あの店員さんは要注意ですけど」
後半はよく聞こえなかったけど、気に入ってくれたようで良かった。今度来る時も誘ってみようと思う。
「帰りにスーパーへ寄って行く?」
「そうですね。そろそろ食材も無くなってきましたので買い込んでおきたいです」
「じゃあ行こうか」
「はいっ!」
俺と莉緒ちゃんはスーパーで買い物して帰路に着いたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
忙しい日々が続いていて、中々執筆活動に時間が取れません・・・