Soupir d'amour 恋の溜息⑩
「おい聞いたか?ケヴィンの奴、佐官の試験受けるってよ!」
「えっ?!マジで??」
「あぁ!元帥とそう話しているのを俺聞いちゃったもん!」
「マジかよ…。でもアイツ、上を目指す気無いって言っていたじゃん?何でいきなり急に…」
さて爽やかな秋の風が心地よく吹き抜ける翌日のことです。
お城の中庭にある軍の兵士専用の稽古場では、若い兵士たちを中心に朝から非常にざわついておりました。
その中心から少し離れたところにはマルクスやホークアイ、イーグルと言ったケヴィンと仲の良い友人たちがおりました。
「…どうやらケヴィンの奴、セシルと別れたらしいぜ」
「えっ?!嘘だろっ??」
「ホントだって!昨日ケヴィンが泣きながら夜道歩いてるの、ジョンの奴が目撃したらしいぜ!」
「マジかよ…」
ざわつく兵士たちは口々に色々と何か話し始めます。マルクスたちはふぅ…とため息をつきながらその様子を眉をひそめながら見ておりました。
「そう言えば俺、この前セシルとエレンが一緒にいるの見たぜ!何か二人ともすげぇ楽しそうにしていてさぁ…あ、もしかしてケヴィンの奴、エレンにセシル盗られたのか?」
「え、じゃあセシルに振られて…んで、アイツらを見返してやろうってか?!」
「よりによってエレンだもんなぁ…。ヴィンセント様が宰相になられたらきっと秘書官長だろうしなぁ!そりゃあセシルも一兵士の男より将来の官僚候補選ぶわ」
「俺も、俺がセシルだったらそうするな!」
「だよなぁーっ!!」
「…おいお前たち、そろそろそれくらいにしとけよ」
ケヴィンやセシル、エレンのデリケートな内容をネタにしてちょっとバカにして笑うように盛り上がり出したので、少し遠くにいたマルクスは笑い出した青年の肩をポンッと叩きます。
ずっと黙って聞いておりましたが友人としてこれ以上我慢できなかったのか、少し怒っているようにも見えます。
「マ…マルクス!」
「それ以上、アイツらを侮辱するようなことを言ったら俺たちが黙っていないぜ」
「…な…なんだよ!でも本当のことだろ?」
「お前らの中で三人からそのことをちゃんと聞いた奴でもいるのか?憶測で物を言っちゃぁいけないぜ」
「まぁ確かに…ジョンから聞いた話だし…てか確認するのもなんか変じゃんっ!」
「だったら放っておけよ」
「…」
「…マ…マルクスだって面白くねぇだろ?」
「あ?」
マルクスに諫められている兵士に助け舟を出そうとしたのか、別の兵士がマルクスに向かって問いかけました。マルクスはクルッと後ろを振り返り、その兵士の方をキッと睨みつけるように見つめました。
「だって…ケヴィンが佐官の試験受けるって…枠は一つだけしか無いんだし、実力的にもう一番のケヴィンで決まりじゃねぇか!」
マルクスに睨まれた兵士は負けじとちょっと強気な表情でマルクスを見返します。マルクスはさらに、は?と言った表情でその青年を見返しました。ですがそれも一瞬、すぐにイーグルやホークアイと顔を見合わせ、フッと余裕を含んだ笑みをその兵士に返しました。
「分かんねぇよ、そんなこと!」
「そうそう!誰が出ていようとそんなの関係ねぇよ。試験ってのは全力で試験に向かって行って、その時に実力を最大限に発揮できた奴が受かるんだ。誰が受かるかなんて最後まで分からねぇよ」
「ホークアイ!」
またしてもほかの兵士たちはマルクスたちの発言にざわつき出しました。しかしそんなことは気にせず、マルクス、ホークアイ、イーグルたちは自信満々の笑顔を兵士たちに見せつけ、胸を張っております。
「俺はケヴィンが受けるって聞いて嬉しいぜ!アイツと対決できるんだからな!」
「そうだぜ!どんな理由であれ…俺たちはあの仲間思いで優しい、ちょっと優柔不断で自分の思いを前面に出してこない遠慮しがちなケヴィンがついにやる気を出してくれたことが嬉しいんだ!」
「あぁ!ケヴィンもエレンも誰よりも強いくせに、いつも遠慮していたからな!俺たち兵士の間に遠慮は無用だってのに…いつもそれで少し手ぇ抜いていたり、俺たちに譲っていたりしたからな」
「…え、あの強さで?」
「あぁ。アイツら…特にケヴィンなんて練習の時は半分も実力出してねぇよ。アイツはヤル気さえ出せば元帥やヴィンセント様と互角に戦えると思うぜ」
「マジかよ…」
兵士たちは普段の練習の時のケヴィンの動きを思い出し、あれが実力の半分も出していないのかと知ると青ざめたり狼狽したりと、ザワザワとうろたえ始めました。
「俺はケヴィンのああいうちょっと甘っちょろい所が駄目だと思っていたんだ。だからどんなきっかけであれ、俺はケヴィンが向上心を持ってくれたことが嬉しいぜ」
「…マルクス」
「ローザタニア王国は今までの歴史上、幸いにも戦争に巻き込まれることがめったになかった平和な国だ。だから俺たち兵士は兵士と言えどもどこかお気楽なもんさ。だからだろうな、この間のあの事件に全然歯が立たなかった。俺はそんな自分が凄い悔しい。絶対もっと強くなってやるって決めたんだ。俺たちはもっと強くなれる。そういう思いをケヴィンも持ってくれたことが俺は嬉しい」
「…」
「お前たちだって強くなれるんだ。皆で頑張って鍛錬していこうぜ」
「イーグル…」
「さぁ!もうすぐ朝の訓練の時間だぜ!ローザタニアのために頑張って行こうじゃねぇか!」
皆のお兄さん格のような、温かく見守っていたイーグルがそう皆に音頭を取り、兵士たちはおぅ!と意気込みながらそれぞれ準備を始めます。マルクス、ホークアイ、イーグルの三人は頷き合い肘をぶつけ合うと彼らもまた訓練の準備にとりかかり出しました。
・・・・・・・・
「ケヴィン!」
さて同じ時間帯のことです。こちらは朝一番に元帥に佐官の試験を受ける報告を終えたケヴィンが書類を取りに色々とお城の中を走り回っておりました。するとケヴィンを呼ぶ声が聞こえ、ケヴィンはササっと立ち止まりパッと振り返りました。
そこには白い秘書官の制服に身を包んだエレンがケヴィンの方に向かって一生懸命走ってくる姿が見えました。
「エレン!」
「おはよう…!相変わらず…脚早いね…っ!」
「おはよ!まぁ脚早いのは爺ちゃん譲りだからな!」
「あはは…!確かにロビンお爺ちゃん脚早かったもんね!お元気?」
「あぁ。ぎっくり腰も治ったし、またもうちょっとしたら近衛兵として警備に戻るぜ!」
「そっか!それはよかった!」
「あぁ!じゃあな!」
「…ってケヴィン!違うよ、俺そんなこと話すためにケヴィンを探していた訳じゃないんだ!!」
「…っ!やっぱりエレンにはこの手は通用しないか」
「当たり前だろ!」
二人は顔を見合わせて笑い合います。まだ大分早い時間の、朝の静かなお城の廊下にはそんな二人の元気な笑い声が響いておりました。しかしそれもつかの間、エレンはスッと真顔になってケヴィンの方へと静かに向かい合い始めました。
「…あの…さ…ちょっと聞いちゃったんだけどさ…ケヴィン、セシルと―――…」
「あぁ、俺達別れたよ」
「…っ!」
「…それだけ?じゃあ俺訓練に行くけど…」
「あの…なんかその…俺が…セシルに横恋慕した…みたいに噂されているけど…その…あんなの嘘だから!俺…二人の邪魔なんかする気無かったし…」
あっけらかんと恋人と別れたことを告げ、訓練に行こうと向きを変えて歩き出そうとしたケヴィンの腕をエレンはパッと掴みました。
そして必死で弁解の余地としてワタワタとどもりながら焦りながら、ケヴィンに対して話しはじめますが、ケヴィンはジッと強い鷹色の瞳でエレンの薄いブルーの瞳を見つめます。
「知っているよ。お前の性格上、そんなこと出来るはずないって分かっていたもん。でもエレン、セシルのことずっと好きだっただろ?」
「…っ!」
「知っていたよ。俺。エレンがずーっとセシルのこと好きだったって。昔、俺達三人で城の外のケフィスの森に蛍を見に行って迷子になった時…エレンはずっとセシルの手を握って励ましていただろ?俺、あの時からエレンはセシルのこと好きなんだなぁ…って思っていた」
「…でも…セシルはずっとケヴィンのこと…」
「うん。セシルが俺のこと好きだって気付いていたし、だから絶対何があっても渡さないって小さい時から思っていた。この気持ちだけはエレンに負けたくなかった」
「…ケヴィン」
「俺…そんなセシルにずっと甘えていた。セシルも俺と同じ気持ちで、同じ歩幅でのんびり歩いて行って…これから先もこのまま流れでいつの間にか流れで結婚して家庭を築いていくと思っていた」
「…ケヴィン」
「でもそう思っていたのは俺だけだった。セシルは…もっとちゃんと色々考えていて、俺と同じ道じゃなくって違う方向を見始めたんだよ。流れに身を任せるだけじゃなくて、自分の意志で流れに沿って泳いで行ったり、時には逆らって行ったりしないと行けないんだって考えてた」
「…」
「いつからか俺たちは…見ている方向が変わって行ったんだ。お互い好き同志だけれど、それだけじゃダメなんだって分かった。だから俺たちは別れたんだ。俺たち…ううん、俺はもっと大人にならないといけない。いつまでもフワフワとしてちゃダメだって。ちゃんと考えて、地に足付けて…生きて行かなきゃいけないんだって」
「ケヴィン…」
「そういう訳で!俺たち今超絶フェアだぜ?」
「え?!」
ケヴィンはニヤッと笑いながらエレンの顔を至近距離で覗き込みます。急なことに驚いたエレンはパッと後ろに一歩下がって廊下の壁にへばり付きました。
「エレン、お前がセシルにアタックしようが自由だってこと!まぁ俺負けるつもりないけどね~」
「ケ…ケヴィン!」
「もっと立派で素敵な男になって、セシルに選んでもらうって俺決めてるし!エレンや他にセシルを狙ってる男がいたとしても絶対負けねぇから!!」
「お…俺だって!ケヴィン、お前に負けるつもりなんかないよ!俺だってずっとセシルが好きだったんだ!だから…これからは正々堂々と…セシルにアプローチして、俺を選んでもらう様に頑張るよ!」
「色々とライバルだな、俺たち」
「…そうだね」
ケヴィンエレンに手を差し出しますと、エレンはその手をガシッと強く掴み返します。
ケヴィンがエレンのその握り返してきた手の力に、お?と驚きと喜びの表情を見せてさらに強くエレンの手を握り返しました。いてててて…とエレンは言いつつも、笑いながらその手をグイッと回し、ケヴィンをくるっと半転させるとその肩をガシッと抱えました。
「…久々に今日の訓練俺も出ようかな」
「お!良いじゃん!お前も一緒に訓練しようぜ!」
「今日剣術だよね。ちょっと最近腕なまってるからやりたいなぁって思ってたんだよね」
「じゃあちょうどいいじゃん!行こうぜ!」
「あ、でもヴィンセント様の許可いただかないと…」
「そんなん後でも大丈夫だって!」
「そうかな?」
「大丈夫大丈夫!さ、行こうぜ!!」
「うん!」
二人は肩を組み合い、ケラケラと笑いながら朝の静かな廊下を元気に歩いて行きました。その様子を、たまたま通りかかった執事長のセバスチャンが遠くから微笑みながら見守ると、ジャケットの裾を翻して執務長官室の方へと向かいます。
そしてゆっくりとお部屋のドアをノックしてお返事を聞くとドアを開き中へと入って行ったのでした。
ヴィンセントの大きなため息が聞こえたとか聞こえなかったとか。
そのことはセバスチャンだけが知っているのでした。




