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ローザタニア王国物語 〜A FAIRY TALE〜  作者: 月城 美伶
Soupir d'amour 恋の溜息

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Soupir d'amour 恋の溜息⑧

 「あ、ヴィンセント様っ!!こんな所にいらっしゃったんですねっ!!大変です~っ!!もうすぐ会議が始まっちゃいますよぉ~っ!!」


ウィリアム様とシャルロット様が乗馬の訓練に出かけられ、お城は静かな時間が流れておりました。

なかなか本日のドレスが決まらずにいたシャルロット様に痺れを切らし、テキパキと乗馬コーディネートが終えてお見送りを終えて中庭にて一服してたヴィンセントの元に、ヴィンセントを探し回って汗だくの執務秘書官であるバルトがやって来ました。


「なんですか朝っぱらから騒々しい。煩いのは姫様だけで充分です」

「ひぃっ!!す…すみませんっ!!」

「会議の時間は10時からでしょう?まだ9時前ですよ」

「それが…アントニー大臣殿の命令で今朝の会議は9時からに変更になったって…」

「は?聞いていませんけど?」

「もうヴィンセント様と宰相のマホメット様にこちら側(穏健派)の大臣や、それに今回からご参加いただく予定のブリダンヌ侯以外には昨晩事前に連絡が言っていたみたいで…」

「は?そんな報告一切聞いていませんけど?」

「私もさっき知ったばっかりなんです!とにかく早く行きましょう、ヴィンセント様っ!」

「…ったく!あの陰険タヌキオヤジが…」


ヴィンセントは煙草をポケット灰皿に押し付けて火を消すと、サッと立ち上がり足早にでバルトの後を追って行きます。

目は座っており、もう完全に禍々しいオーラを身に纏ってヴィンセントは会議室の前に立ちはだかりました。

中ではもう会議が始まり出したのでしょうか、話し声や笑い声など雑多な声が聞こえてきております。

ヴィンセントは瞳を閉じてゆっくりと深呼吸をすると、ギィ…っと古めかしい音のする木製の大きなドアを開き中へと入って行きました。

ざわついていた室内が一瞬シーンと静まり返り、一同の視線が扉のヴィンセントの方へと集中します。


「おやヴィンセント殿、遅刻とはいけませんなぁ」

「申し訳ございませんアントニー大臣殿。何かの手違いで私の方には会議の時間変更の連絡が来ておりませんでしたので」

「おやおやそうでしたか!なんでも最近ヴィンセント殿はケガから復帰後、シャルロット様のダンスレッスンをされているとか?いやいや…陛下と親密な方はプライベートなことまでお世話されて…お忙しいですなぁ」」

「えぇ、そうですね」

「…ふんっ!まぁ良い!以後お気を付けなされヴィンセント殿」

「…」


タヌキのように丸々としたお身体の、いかにも悪役!と言わんばかりのカエルの様なギョロッとした目の剥げた中年の男性、アントニー大臣からの嫌味を全く無視してヴィンセントは自分の席に足早につくと議長の大臣にお辞儀をして着席をしました。


「では会議を続けましょうかのぉ…」


長くて白いお髭を蓄えた老人の議長がヴィンセントが座ったのを確認すると、プルプル震える身体を絞って会議を再開し始めました。

ヴィンセントは会議室にいたエレンから会議の資料をもらい、猛スピードで文字に目を落として行きます。サラサラと読み込んで行っておりますが、途中で目を見開いたかと思うとパッと顔を上げてアントニー大臣の方を見向きました。


「これはどういうことですか…?」

「何じゃヴィンセント殿!会議の途中じゃぞ、私語は慎みたまえ」

「私語ではありません。何ですかこの内容は…」

「ん?何か問題でもあるのかね?」


ニヤニヤしながらアントニー大臣と、その周りにいる彼の取り巻きの大臣たちはヴィンセントの方を見て何やらクスクス笑ったり、またこそこそ小声でヴィンセントの憤っている顔を見て話したりしております。

少数の穏健派と呼ばれる親・陛下、ヴィンセント側の大臣達はヒヤヒヤしながら、またどっちにも付かない中立の立場をとる数名の大臣たちは静かに双方の様子を見ておりました。


「『閣僚の報酬増加について』って…これはこの間の会議で否決されたでしょう?と言いますか…今日は昨日のラフィーヌ市の視察の報告・検討会であって予算編成会議ではありません。会議の議題の変更は聞いておりませんし、そもそも私はこんな書類に判を押した記憶もありません」

「ワシがこのエレン副長官に命じて作ったのじゃ!ガストン大臣がいなくなって以来我々の仕事量が増えたからのぉ!その分報酬が増えるのは当たり前じゃろう!仕事量に見合った給料を貰わねばこんな重責ある仕事は無理じゃからのぉ!」

「いやいや…アントニー大臣殿…貴方はいつも会議に出席こそはされるがいつも眠ってばかりいらっしゃる。それのどこが仕事をされていると言えますでしょうか?」

「眠っているように見えているのはお主だけでは?ワシは頭を抱え込むほど会議に集中しておるだけじゃぞ?」

「笑えない冗談は控えていただきたいですね」

「ヴィンセント殿、お主こそ破格の給料を貰っているともっぱらの噂じゃが?」

「は?誰がそのようなことを申しているのですか?信ぴょう性の無い噂を広めるのは止めていただきたいですね。私がいただいているお給料は秘書官たちとほぼ同等です。別に今ここで私の給与明細を公開しても構いませんけれども?」

「おやおや…それは失礼。じゃが…お主は陛下や姫様からたっぷり寵愛を受けていると耳に挟むぞ?明細に乗らないようなお手当もいただいているのでは?稚児の小姓のようにべったりとついて…何か他にも特別な奉仕でもされているのか?例えばもっともーっと夜でさえもプライベートな手伝いとか―――…」

「神聖な会議の場ですよ、アントニー大臣。そのような下賤な発言は慎んでください」


アントニー大臣とヴィンセントのいがみ合いは平行線のまま交わることなく続いて行きます。侮辱的な発言についにイラっときたヴィンセントは一段低い声でアントニー大臣をけん制し、とても鋭く尖った瞳で睨み続けました。


「ハッ!!美しいお顔が台無しですぞ、ヴィンセント殿…。一つ…忠告を申し上げておきましょう。お主は国王補佐官という名前が立派な役職に就いているただの役人。我々はお主の上の大臣と言う立場ですぞ。ゆめゆめそれをお忘れにならないことですな…」

「ご忠告ありがとうございます大臣殿。…大臣への選出が30歳以上でないと出来ないと言う法律を今すぐにでも撤廃したい気分ですよ」

「若造が粋がりすぎると怪我をするぞ?お主は馬鹿ではないのだから…お分かりじゃろう?」

「…そうですね。分かりました」

「はははは…賢い男は好きですぞ、ヴィンセント殿」

「…さっさと会議を始めましょう。っとその前に…この議題は仕方なしにするとしましょう。ですが議長殿!本来のするべきであったラフィーヌ市の視察の報告・検討会も盛り込むことをご了承いただきたい」


ヴィンセントはただ静かに黙り込んでいた議長の方に顔をやり、会議の議題の変更について訴えました。議長の老人はプルプルと小刻みに震えながらゆっくりとヴィンセントの顔とアントニー大臣の顔を見ます。

アントニー大臣は本日は自分の方が優位に立っていると確信しているのか、勝ち誇ったようにニッコリと嫌らしく微笑むとどうぞ、とジェスチャーを議長に返します。


「それでは…会議の内容の変更を認めましょう…」

「これで満足かね?ヴィンセント殿」

「えぇ」

「では会議を続けようではないか!先ほどはどこまで行ったか…あぁ、大臣の報酬の20パーセントアップで構わないか…と言ったところでしたかな?反対意見がほとんど出ておらずもう決定で良いだろう!」

「本日の会議時間の変更を知らずに遅れている者が数名おります。その面々の意見も聞かずに可決を取るとはいかがなものですか?」

「議会の参加者は過半数を超えておる!問題はなかろう?」

「大いに有りです」

「…仕方ないのぉ~!ここはワシが譲って差し上げよう!本来遅刻は許されるものではないが…仕方あるまい!ではその遅れてきた者を入れて再度協議するとしよう。あぁ…会議の時間が長引くわい!」

「…」

「時間がもったいないので先にラフィーヌ市の視察の報告を聞こう!その間に遅れてくる奴らもその内来るじゃろう!議長殿、構わんでしょうか?」

「…いかがかな、皆さん」


プルプル議長は皆を一望します。特に反対意見は出なかったようで、議長はそれでは先に報告を…と秘書官たちに促しました。いきなりの報告の段取りに、秘書官たちは慌てて資料を大臣達へと配り始めました。全員に書類が渡るのを確認すると議長はエレンに報告を、と振ります。

エレンは一触即発と言わんばかりの緊張感漂う場の空気に少し困惑しておりましたが、演台へと上がり丁寧に分かりやすく昨日のランスの視察に関しての報告を述べ始めました。

ですが真ん中の目立つところに固まっていた数人の大臣たちはプレゼンが始まって少し時間が経つと飽きてきたのか難しい話の内容が分からなかったのか、だんだんとだらけた様子にで興味がないといった雰囲気を醸し出しておりました。

そんな大臣たちをヴィンセントは軽蔑した目でチラッと睨んでおります。


「―――…それと、ラフィーヌ市の手前にありますオーデル湖にかかる橋の件ですが、先日の大雨によりできた亀裂破損が見られ、修繕の必要性があります。これから博覧会に向けての工事のため交通量もさらに増えて行きますのでしっかりとした修繕工事が必要かと存じます」

「ふん…修繕工事か。ただの田舎で、二年後の博覧会くらいしか用のないラフィーヌのための橋…か…。もう少し放っておいてもいいのではないか?次破損があればの修繕でいいのでは?」

「そう言えば先日ラフィーヌの市長からも橋の修繕の陳述書がきていたなぁ」

「え?そんな書類見ていませんが?アントニー大臣殿」


アントニー大臣の発言を聞いてピクッと反応したヴィンセントはチラッと横目で鋭く見つめると、当のアントニー大臣は頭をポリポリと掻き、上を向いた小さなからハッと息を吐き捨てながら偉そうに椅子にドンッと座り直しました。そして自分の方を睨みつけつ様に見ているヴィンセントの方を、こちらもチラッと横目で見ると、馬鹿にしたようにニヤリと笑いました。


「あぁ…財務大臣が今不在じゃからのぉ。財務大臣を兼務しておるワシ宛てにラフィーヌの役人から直接届いたんだよ。でもまぁラフィーヌのような田舎にそんな莫大な費用かけれんからな。そのうち調査に行って判断すると返事しといたわい。これで文句なかろう?」

「何を勝手なことを…」

「ん?コストカットコストカットと口うるさく言っておるのはお主の方ではないか、ヴィンセント殿!あそこの橋は田舎のくせにそこそこ大きいから金が掛かるだろう?その分の工事に掛かる金を浮かせてやったんだ!感謝くらいしたらどうなんだ」

「お言葉ですがアントニー大臣殿…もしあの橋が崩落などした場合そのコストカット以上の甚大な被害があるかと見受けられますが」

「フン!あんな大雨、10年に一度あるかないかだろう?なぁーに、まだ大丈夫だろう」

「調査しに行く気もないくせにそんな返事されたんですか」


資料をバサッと投げ飛ばし、アントニー大臣はもう早くこの話題について議論したくないと言った態度を現し始めました。それでもヴィンセントはまだまだアントニー大臣に食い下がり、追及をしようと試みますが大臣は露骨に嫌な顔を見せて座りながらもヴィンセントを見下す様に上から見下ろします。

アントニー大臣と懇意にしている大臣たちも同じような態度で会議に集中せずに談笑をし始めました。


「ちょうど陛下が視察に行かれたのだろう?だったらいい機会だったじゃないか!」

「…呆れた。臣下のくせに陛下に行かせるようなことを平然とされるなど…。ってか視察と調査は違うでしょう。業者や職人を呼んできちんと調査しないと意味がないでしょう」

「あーもう煩いのぅ!良いか、ヴィンセントよ。ラフィーヌは比較的気候・天気とも穏やかであのような大雨など滅多に降ることはない!次にいつ来るか分からないことに莫大な費用を掛けるなどもったいないとワシは申しているのだ!」

「…アントニー大臣殿、先ほど秘書官のエレンも申しあげたとおり、ラフィーヌは博覧会が開催され工事のために普段より交通量が増えるわけです。亀裂破損がさらに進めば橋が決壊する可能性もある。そうなるとラフィーヌの市民の生活に支障が出ますし博覧会の工事にも遅れが出ます」

「そんなたらればの話で国の公共事業を決めていたらどこもかしこも工事しなければならんだろう!ガストン財政大臣無きあと、財務に関してはこの総務大臣であるワシの一任に寄るのじゃ!例え国王補佐官のヴィンセント殿であってもお主は役人!大臣に口出しするのは許さんぞ!」

「…」

「そんなにコストカットしたければ、来年のシャルロット姫君の生誕15歳記念祝典やウィリアム陛下の生誕20歳記念式典を中止にされたらいかがかな?」

「…っ!」

「おっと…そう睨むなヴィンセント殿…。美しい顔が台無しだぞ?」

「…話になりませんね、アントニー大臣殿…」


いつになく氷のように鋭い視線でヴィンセントはアントニー大臣を睨みつけます。しかしアントニー大臣は馬鹿にするかのようにフンッと息を吐いてヴィンセントの顔を舐めまわす様にジッと見て相変わらず笑っております。


「ふんっ!生意気な小僧め!そんなことより今日はもっと大事な議題があるんだ!我々大臣の報酬増加について話し合わねばならんからのぅ!」

「まだ全員集まっていないでしょう…っ!」

「あーもう煩いのぅ!!!お主のせいで会議は上手く進まんわいっ!!」

「どの口が…」

「もうラフィーヌに関しての報告は終わりじゃ!議長殿、次に進んでくれ!時間が押している!」

「他に意見はありませんかね?…無いようでしたらでは報告はこれにて終了でよいかね?秘書官…」

「あ…はい…」

「では…次の議題に行きましょうかのぉ…」


アントニー大臣とヴィンセントの舌戦に呆気に取られて演台で立ち尽くしていたエレンは、議長から声を掛けられて反射的に返事をしてしまい、この報告については強制的に終了してしまいました。

ヴィンセントは天を仰ぎながら自分の椅子にドカッと座り直し、溜息を一つ吐くと頭に手を置き瞳を閉じて思いっきり眉間に皺を寄せて何やら考えているようです。

そして次の議題が始まるとゆっくりと目を開き鋭い視線で大臣たちを見つめながら資料を手にバンバンと意見を申し上げて行きます。

大臣たちとヴィンセントの白熱した戦いは2時間にも及び、議会は結局イマイチ締まりのないまま終了したのでした。


・・・・・・・・


 会議を終えて雑務をこなした後頭を抱えながら報告書を作成し、ウィリアム様にご報告を上げに行こうとヴィンセントは人気も無くなったお城の廊下を少しお疲れモードで歩いておりました。 

薄暗い廊下を通り抜けてウィリアム様の書斎へと向かう道すがらに執務秘書官室にまだ灯りがついているのを見つけました。

こんな遅い時間にぼんやりと小さな灯りがついているなんて…電気の消し忘れか?とヴィンセントは秘書官室にの方へと足を向けて行きました。どうやら室内からは人のいる気配が感じ取られ、ヴィンセントは不審に思いながらゆっくりと秘書官室のドアを開けました。


「誰か居るのですか?」

「…あっ!」


ヴィンセントが声を掛けると、薄暗い室内のデスクの灯りの下で―――…たくさんの書類に囲まれた中でエレンが一生懸命書類の処理をしておりました。


「エレン?どうしたのですかこんな時間に。秘書官の長時間の残業は禁止されておりますよ」

「ヴィヴィヴィッヴィンセント様っ!!あ…あの…ッ!」


ヴィンセントに声を掛けられ、一心不乱にデスクに向かっていたエレンはビクッと大きく肩を揺らして驚いておりました。ですが声の持ち主がヴィンセントだと分かると、ホッと胸を撫で下ろしましたがすぐに立ち上がります。そしてヴィンセントが一瞬ギョッとするくらいの大きな声でどもりながらヴィンセントの名前を呼びます。


「一体何ですか?」

「あ…あの…私…ヴィンセント様にお話が…っ!!」

「話?」

「ほ…本日は…も…申し訳ございませんでしたッ!」

「は?何がですか?」

「あの…本日の会議の件で…。ヴィンセント様のご確認を取らずに勝手にアントニー大臣の思う様にしてしまったことで…ヴィンセント様にご迷惑をお掛けしたことをお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした!」

「あぁ…そのことですか。別に何とも思っていませんよ」

「ですが…」

「役人という立場の上司の私より上の大臣から命じられたのでは秘書官は従うしかないでしょう」


眉尻を下げて必死にお詫びをするエレンに対し、ヴィンセントはあっさりとそれが何か?と言った涼しげな様子で返します。そんなヴィンセントのあっさりとした対応に対してエレンは拍子抜けしたように一瞬呆けておりましたが、すぐに我に返り、拳を強くキュッと握って反省の意をヴィンセントに伝え続けました。


「でも…時間の変更はきちんと皆に伝わっているだろうと…確認を取らなかったことでたくさんの方にご迷惑をお掛けしてしまいました…」

「まぁねぇ。まぁ次回からはちゃんと確認を取るように気を付けてください」

「は…はい」

「で?話しはそれだけですか?」

「えっと…あ…はい…」

「じゃあもうさっさと帰ってください。明日も早いんですから」

「は…はい。あの…本当に失礼いたしました!次回からはちゃんと確認を怠らないように気を付けます!それでは…あ、この書類を仕上げて…失礼いたしますっ!!」


エレンはまたしても直角の角度でお辞儀をすると、恐縮しながらも少し気持ちが晴れやかになったのかペンがサラサラと進み、書類に何やら書き込んだ後、机の上を軽く片付けて心持ち足取り軽くササっと秘書官室から退出いたしました。

ヴィンセントははぁ…と一つ溜息のように息を吐き腕組みをしてエレンの姿が見えなくなるまで見送りました。


「…まぁ事前の評価通り真面目ですねぇ。ですがその真面目さが命取りにならないように気を付けさせないと…ですね」


ボソッと大きな独り言のようにヴィンセントは呟くと秘書官室に施錠をして再び歩き出します。

静かな廊下をいくつか通り抜け、ウィリアム様の書斎に辿りつくとふぅ…と深呼吸して呼吸を整え、コンコンコンっとノックをします。返事が返ってきたのを確認するとヴィンセントはゆっくりドアを開けました。


「今日はご苦労だったな」

「いつも苦労してますよ」

「相変わらず手厳しいなぁお前は。さて…と。本日の会議の報告を聞こうか」


シャルロット様と乗馬の訓練のあと、数人の兵士を伴って郊外の視察を終えたウィリアム様は書斎の立派な木製のアンティーク調のデスクに座られヴィンセントから報告書を受け取りました。ヴィンセントは一礼すると、ウィリアム様も頷かれて、手に持っている割と分厚い資料をパラパラとめくりながらヴィンセントからの報告に耳を傾け始めました。


「まずは先日陛下が行かれたラフィーヌ市の視察の報告についてですが…まぁ報告は滞りなく終わりましたが、ラフィーヌの手前にありますオーデル湖にかかる橋の件でエレンが報告を申し上げますとアントニー大臣より物言いがありました」

「…またアイツか」

「えぇ。『次に破損があれば修復すればいい』だの『来年のシャルロット姫君の生誕15歳記念祝典やウィリアム陛下の生誕20歳記念式典を厳かにされてはいかがかな?』など好き勝手申しておりましたね」

「ふざけたことを言うなぁ」

「全くを持ってその通りです。あぁ…今日は嫌がらせをされて、会議の時刻を勝手に変更されておりました」

「先代の時からあまり良い噂は聞いていなかったが…。どうやら若造の我々は舐められまくっているようだな」


再び資料に目をやり、ウィリアム様は深く溜息をつかれてエメラルド色をした瞳を閉じてしまわれました。ヴィンセントも同じく溜息のように大きく息を吐き捨て、ソファーにドカッと座り込みます。

そして書類にさっと目を通していますと、最初は穏やかだった表情が険しくなっていきだんだんウィリアム様の眉間が狭くなっていくのが分かりました。


「…何だこの報告書」

「今日の会議の報告書…議事録ですね」

「大臣の報酬の20パーセントアップ?つい先日10%カットしたばっかりじゃないか」

「それだと私設秘書の給料が払えないそうです」

「私設秘書?愛人の間違いだろう?」

「えぇ。国内外の高級娼婦を数人囲っていると有名ですからね、アントニー大臣」

「…馬鹿馬鹿しい話だ」

「えぇ実に」

「前からあの二人には舐められているとは思っているがここ最近特にひどいよな」

「陛下…少し気になる噂を耳に挟んだのですが…」

「何だ?」

「どうやら執務秘書官の中にアントニー大臣に買収されて子飼になっている者がいるとか」

「本当か?」

「ガストン大臣はマフィアに通じておりましたし…あのグループと関わりがあるのは非常に危険です。ただ今セバスチャンにに探ってもらっています」

「そうか…」

「どちらにしてもアントニー大臣には早急に政界から引退か、コバンザメたちは大人しくしておいてほしいですね」

「あぁ。そのためにもこちら側の人材を集めて行かなければならない。まずは手始めにランスのブリダンヌ侯を中枢に引っ張り込みたい。…ヴィンセント、分かっているな?」

「…もちろんです。陛下の御命令ならばブリダンヌ侯のご令嬢、エレナと結婚しても特に問題はございません」


ウィリアム様は険しいお顔でヴィンセントを見つめました。

鋭い研ぎ澄まされた水晶のようなアメジスト色の瞳でヴィンセントはウィリアム様のお顔を見つめ返します。


「…頼んだぞ、ヴィンセント」

「承知いたしました」

「…報告は以上だな」

「はい」

「じゃあもう今日は良い。少し顔色が悪いようだからもう今日は早く上がれ」

「いえ、まだ執務室での仕事と姫様からのご依頼が残っておりますので」

「シャルからの依頼?」

「えぇ。まぁ誰か代わりを見つける予定ですけど」

「そうか。まぁ無理するなよ?」

「ありがとうございます。それでは失礼いたします」


スッと立ち上がり、素早く一礼をしてヴィンセントは書斎をあとにしました。椅子に座ったまま、ウィリアム様はその姿を静かに見送っております。


「…頭が痛いことばかりだな…」


ぽそっと独り言を言いながらウィリアム様は椅子の背もたれにドカッと寄りかかりました。そしてしばらく目を瞑っておりましたが、ゆっくりと瞳を開き、窓の外に広がる遠い街の灯りを見つめております。

ふぅ…と一つ息を吐くと、ウィリアム様はもう一度先ほどの書類を手に取りじっくりと眺め始めました。そしてしばらく瞳を閉じて何かずっと考えられておりましたが、再び書類を手にして悩まれながらも、色々な資料をひっくり返しながら書類の整理をされ始めたのでした。

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