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ローザタニア王国物語 〜A FAIRY TALE〜  作者: 月城 美伶
fleurs en rêve 〜夢見る花たち〜
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fleurs en rêve 〜夢見る花たち〜 第六話

 「おや、まだここに居たのか。こんな遅い時間まで仕事熱心だな」

「…誰のせいだと思っているんですか」


さらに夜が更けて、早い者はもう寝静まり出した頃合いでございます。

ここはお城の一番奥深くの北の塔にございます執務官室―――…国の重要な書類や資料などがたくさん詰まったごく限られた方しか入室出来ない場所でございます。

白いインテリアで統一された清潔感溢れる明るいお部屋ではございますが、今はもう夜中でございます。

お部屋の灯りはもうすでに落とされ、お部屋の奥の大きな窓に背を向けるように置かれた大きな木製の白い机の上にあります灯りのみが小さくゆらゆらと灯っております。

そんな薄暗いお部屋には、これまた真っ白な制服に身を包んだ青白い顔をしてお疲れモード全開のヴィンセントが机の上に整然と山積みになった書類に囲まれながら何やら色々と手際よく処理されております。

そんな執務官長室にウィリアム様がひょこっとお姿を現されました。


「陛下…」

「今日は大変だったな」

「今日も、ですよ」

「ははは…それはウチのお転婆姫のせいでってことかな」

「それ以外他に何かありますか?」

「それはすまないな」


ギロッと睨んでくるヴィンセントの視線に苦笑いをしながらウィリアム様は扉を閉め、執務官長室へとゆっくり入られました。

お風呂に入られたのか、もうすでに正装を解かれてラフな服装に着替えられて髪も前髪が降ろされております。こうされておりますと一国の主である国王陛下には見えず、よくあるただの美しい一人の青年のようでございます。


「で?陛下こそこちらに何しに来られたんですか?」


読んでいた書類にサラサラと手慣れたようにサインをして処理済みのトレイにサッと投げ入れ、ヴィンセントは溜息をつきながら背もたれにふんぞり返りました。


「んー?何しにって明日の会議のために、ちょっとこの間の資料を一度確認しようと思って」

「あぁ…あの資料でしたらこちらです」


ウィリアム様が資料を保管してある棚へ向かおうとされましたが、さっとヴィンセントが処理済みのトレイの中から数枚の紙の束を取出してちらっと書いてある内容を確認するとトントンっと綺麗に纏めてウィリアム様に差し出されました。


「ありがとう。あー、これこれ。やっぱりな…こちらからユリラシア大陸へ向かう航路が変更されるんだな。また変なルートだな…」


不躾にも座ったまま書類を差しだすヴィンセントのところまでスタスタと書類を受け取りになると、内容に目を落としぶつくさと呟きながらウィリアム様はヴィンセント様のお机の前に置かれております応接セットの少し硬めのソファーに腰を掛けられました。

灯りが無く暗いな、と一言呟き、ソファーの横のライトを点けて書類をパラパラとめくり始めました。


「あぁ…そう言えばユリラシア大陸の中にある国の一つにクーデターがあったらしいですよ。内戦状態らしいからそこを避けているんでしょう」

「そうか…それは大変だな。あの大陸は十数年前の大規模な戦争かなかなか落ち着かないな」

「そうですねぇ。まぁ『蒼龍(ソウリュウ)国』での軍事クーデターで当時の王政が廃され軍のトップだった元帥が成り代わった。当時の王族の支持者たちがあの大陸の各国に散らばり仲間を集って未だに王政を取り戻そうとテロを行っているとか」

「だが当時の王族の者は皆処刑されたのだろう?」

「…噂程度ですが、生き残った者がいるとか」

「そうか…。それはまぁ何というか…『蒼龍国』もなかなか大変だな。まぁウチはそんなにユリラシア大陸の国々と付き合いが無いからそこまで影響はないが…」

「ですが隣のナルキッス国が確かユリラシアの方面と交易を盛んにしております。ユリラシアのカゲロウ王国産のお米とか穀物類を確かたくさん取り扱っていたかと思います。ウチもナルキッスから穀物やスパイスやお茶など…まぁ色々買い寄せていますから少し影響あるかも知れませんね」

「うむ…ウチも用心にこしたことはないな」

「そうですね。国の農産物などの備蓄率を少し上げる必要があるかも知れません。またこれから先の自給率も上げていく方針に変えていきたいと思います。明日大臣たちも来られますから、その時に話し合いましょう」

「そうだな。明日の会議で充分議論しなければな」


一通り資料に目を通されたウィリアム様ははぁ…と一つ大きな溜息をつき、伸びをされました。ヴィンセントもはぁ…と小さく溜息のように息を吐くとサラサラと手に持っていた資料に何か書き込み、ハンコを押してトレイにポイッと投げました。


「あの会議で寝たばかりいるジジイたちにこんな小難しい話をしてもねぇ」

「そうだなぁ。もう少し我々の意見に耳を傾けてもらいたいものだ」

「若造だからって舐められいるんですよ。腹立たしい」

「そうだなぁ…。もっとこう…我々にも強い後ろ盾が必要だな」

「宰相殿は信頼置けますがご高齢ですしね」

「あぁ。引退していた所、再度カムバックしてもらったからな」

「何とかして行かないと…。私利私欲を肥やすだけのことだけでしか働かない腐った大臣たちを一掃してやりたいですね」


お二人の間に一瞬沈黙が流れます。ヴィンセントはデスクに肘をつき天井を見上げるように顎を置いて呆れたような表情をした後、チラッとソファーで崩れて行っているウィリアム様を見つめました。


「…で?用事はそれだけですか?」

「あぁ。資料だけこっそり見ようと思っていたんでね。誰も居ないかと思っていたらヴィー、お前が居たんだよ」

「…誰かさんのせいで全然仕事が捗らないんでね」

「ははは…別にシャルを探し回ったりしなくてもいいだぞ?それはお前の仕事じゃないし」

「ええそうですよ。しかし何故か皆姫様のことを逐一私に報告と相談をしてくるんですよ」

「それはそれは…」

「ったく…皆して私のことを姫様のお世話係と思っている…」


クルッと椅子の背を回し、ヴィンセントは机の後ろにあります大きな窓の方を向きました。

窓からはお城の外に広がる大きな森が良く見えます。夜なので灯りなどあるはずもなく、ただ真っ暗な景色のみがヴィンセントの目に入っていきます。


「まぁ仕方ない。私たちは小さい時からずっと一緒に育ってきているんだから。ヴィーも兄妹みたいなものだと思われているんだろう」

「うわ…それ凄い迷惑です。そのせいで私の仕事増えて終わらなくなっているんですから」

「すまないな」


あはははは…と笑いながらウィリアム様はヴィンセントに謝ります。しかしこの謝り方は心の底から謝っていないことを知っているヴィンセントは聞こえよがしに大きな溜息をつきました。


「…とにかく、用事が済んだのであればさっさとお引き取りください。私にはまだ仕事が残っているのでここに長居されたら邪魔です」

「はいはい…あ、そう言えば、フローレンス殿…母君が心配されていたぞ?最近ちっとも実家に帰ってこなくて寂しいと仰っておられたぞ」


ヴィンセントはゆっくりと振り返り、美しい紫色をした綺麗な切れ長の瞳をソファーに座っていらっしゃるウィリアム様の方に向けられました。


「まぁ我々兄妹のせいで余計に忙しくなっているとは思うが…たまには実家に帰って母君にお姿を見せて差し上げたらどうだ?喜ばれるぞ?」

「…まぁ時間が出来たら帰りますよ。とりあえず自分の家にも帰る時間がないもんでね」

「そう言われるとぐうの音もでないな」

「ええ。じゃあ早くお部屋にお戻りください」

「あぁじゃあ私は部屋に戻るとするよ。お前も早いところ家に帰れよ」

「この仕事が終わったら帰りますよ」


本日何回目でありましょうか、またヴィンセントは溜息をついて再び机に向き直し、未処理の書類を手に取りだしました。そんなヴィンセントを見てウィリアム様も負けじと溜息をついて呆れたような表情を向けます。


「ヴィー、お前帰る気ないだろう。…前から言っているが、もうこの城の中に住んでしまえばどうだ?一応ウチの城の敷地内と言えばそうだが、お前の館は遠いだろう」

「前から申し上げておりますがその話でしたら結構ですよ。このお城の中に住んだらまた24時間あなた方の世話をしなければならない。そんなの御免です」

「だがしかし、もう日付も変わるぞ?この城からお前の館まで少なくても15分はかかるだろう?大変じゃないのか?」

「別にそれくらい構いませんよ」

「だがしかし…」

「充分すぎるご配慮をありがたく存じますが、私はこのままで良いのです」


サラサラと書類に何か書き込みながらヴィンセントはウィリアム様の方にお顔を向けることなくお仕事を黙々と続けられております。もう早いところこの部屋から出て行って欲しいオーラがヴィンセントからはムンムンと溢れ出ております。

ウィリアム様もおバカではありませんので、もうこれ以上ヴィンセントに申しても無駄だと思われたのでしょう、仕方ないな…と呟きソファーから立ち上がり扉の方へと向かわれていきました。


「そうか…まぁまた気が変わればいつでも言ってくれ」

「ええ、その節はきちんと申し出させていただきます。陛下も明日も早いんですから、早くお休みになってください」

「あぁ…お前も早く帰れよ。じゃあおやすみ…」

「おやすみなさいませ」


パタン…と静かに扉をお閉めになり、ウィリアム様の靴音がだんだんと遠くなって行かれました。

完全に靴音が聞こえなくなったのを確認すると、ヴィンセントはフーと溜息をつきながらまた背もたれに身を投げ出されました。


「…ったく相変わらずお節介な方だ」


眉間に深い皺を寄せて、ヴィンセントは誰に言うでもなくそう大きな独り言を呟きます。

そして再び大きな窓の方に少し身体を向け、微かに光る猫の爪のような形をした月と満天の星空をぼんやりと見つめておりました。


「私のことなんぞどうでも良いのに」


誰に聞いてほしいわけでもございませんでしたが、ボソッと独り言をもらされヴィンセントは瞳を閉じました。お疲れなのでしょうか、しばらくするとスゥッと小さな寝息が聞こえてきました。

かすかな夜の光だけがヴィンセントを静かに照らしております。

一筋の流れ星がスッと夜空に消えていきましたが、今は真夜中。

屋根に座っている猫だけがこの夜を眺めていることでしょう―――…。

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