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ローザタニア王国物語 〜A FAIRY TALE〜  作者: 月城 美伶
運命の女 ~Femme fatale~

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第2章 運命の女 ~Femme fatale~ 第四話

 「叔父様!ドミニク叔父様待ってっ!!」


ティーサロンから駆け出したドミニク様を追って、シャルロット様はエントランスに続く大きな赤い絨毯が引かれた階段を駆け下ります。どこか鈍く運動神経の悪くヨタヨタとした走りのドミニク様を運動神経抜群のシャルロット様は安全な階段の踊り場で腕を引っ張って捕まえました。


「早いよシャル…っ!」

「叔父様が遅いのよ…っ!」

「…」

「あ、ごめんなさい!そんなことより叔父様っ!ダメよお爺ちゃまと喧嘩なんかしたらっ!」


本気で凹んでいるドミニク様の姿をご覧になってシャルロット様は少し強く言い過ぎたと思いましたが、気を取り直してすぐにドミニク様の手を取られました。しかしドミニク様は俯いたまま頭を落として沈み続けており、少しの沈黙のあと震えた声で言葉を絞り出しました。


「…だってあんまりじゃないかっ!どうして父上は僕のやる事なす事全て否定するんだっ!今までだってそう!そして今回の結婚に関しても…最初は喜んでくれていたのに今になって駄目だなんて言い出し始めた…っ!」

「叔父様…」


ドミニク様は涙が滲んだ声でそう叫ぶと、シャルロット様の手を振りほどき階段の手すりにしがみついて膝を折られました。


「父上は出来そこないの僕なんか嫌いなんだ…。いつも姉と僕を比べて…僕を見ると残念そうな顔をして溜息しか吐かないんだよ。シャル…僕は姉上のように何でも出来る人になりたかったよ…」

「…」


シャルロット様は子供のように分かりやすく落ち込んでいるドミニク様の姿をご覧になってどう言葉を掛けて良いのかも分からずに戸惑っておられました。

しばらくドミニク様が…泣いていらっしゃるのでしょうか、肩を震わせながら座り込んでいらっしゃいましたが、急にパッと立ち上がり虚ろな瞳でフラフラした足取りで階段をゆっくりと降り始められました。


「ジャンヌに早く会いたい…。彼女に会って…この悲しみを埋めてもらおう…」

「あ…ちょっとお…叔父様!?」


シャルロット様は危なげなドミニク様を捕まえようと腕を取りました。するといきなりドミニク様がクルンッとシャルロット様の方を向き直し、どこか焦点の合っていない瞳でお顔をマジマジと見つめられると、いきなり微笑みだしシャルロット様の手を強く握りだしました。


「え…?」

「シャルロット…君にも紹介したいんだ。僕の大切な大切な彼女のことを。きっともう会うのは最後になっちゃうかも知れないけれど…僕の大切な姪っ子の君に紹介したいんだ」

「叔父様―――…」

「きっとシャルロットなら彼女と親しくなれる―――本当にいい娘なんだ!せめてそれをシャルロットだけにでも知ってほしい!」

「わ…分かったわ叔父様。私も一緒にジャンヌに会いに行くわ…っ!」


いきなりの提案に少し戸惑った様子ではありましたが、シャルロット様はドミニク様の手を優しく握り返し微笑まれますと、ドミニク様は嬉しさがこみ上げてきたのかシャルロット様にこれまた思いっきり力強くハグをされて手を握り直すとクルクルと踊り場で回り始められました。


「よしっ!じゃあ一緒に行こうっ!」


そして気を取り直したドミニク様は前を抜き直し、シャルロット様の手を取られると猛スピードで階段を駆け下り、エントランスのドアを蹴破る勢いで開けて颯爽と外へと駆け出されました。


「馬車をっ!エリオット、馬車を出してくれッ!」


ドミニク様は庭に居た使用人の男性に声を掛けて馬車を用意させ、すぐさまシャルロット様を押し込むように大急ぎで乗り込みました。

居ても立っても居られないと言わんばかりのソワソワした面持ちで急いで出してくれっ!と若い御者の青年にそう告げると濃いブラウンの大型な馬車が猛スピードで走りだしました。


「きゃっ…!」

「おっと…シャルロット大丈夫かい?申し訳ないが急ぐから少し荒い運転になるよ!」


道の石に乗り上げたのでしょうか、馬車がガクンと大きくバウンドし中でシャルロット様は少し浮き上がりバランスを崩してドミニク様の肩突っ込むように倒れ込みました。


「さぁいざ行かん『マントゥール』へっ!!」

「えっ!?『ラ・ベール』に…ジャンヌに会いに行くんじゃないの?」

「ジャンヌに会いに行く前に、まずは3番街レヴィ通りにあるカフェー『マントゥール』へ向かうっ!」


シャルロット様の肩を優しく支えて座り直させてあげると、ドミニク様は窓から顔を出して御者に3番街レヴィ通りのカフェー『マントゥール』に行くように指示をされました。あまりこの街に詳しくはないシャルロット様でしたが、ジャンヌの働いているお店がある5番街に向かうのではなく、だいぶ離れた3番街に今から向かうと言ったドミニク様の言葉を不思議に思われました。


「『マントゥール』?」

「あぁそうだっ!とっても面白いところなんだっ!まずそこでジャンヌの弟のジャックに会う!そしてその後ジャンヌに会わせてもらうんだ!!」


勢いよく走りだす馬車の動きと同様に鼻息荒くドミニク様は一秒でも早くジャンヌに会いたいのか落ち着きなくソワソワとしております。

シャルロット様は何やら一抹の不安を頭によぎらせましたが、浮かれモードになっているドミニク様を見つめて掛ける言葉もないとばかりに小さな溜息をつかれました。

そしてもう叔父様の好きにさせようと決めてそのまま馬車に揺られながら流れていく外の景色をぼんやりと見つめているのでした。


・・・・・・・・


 ドミニク様とシャルロット様が出て行かれたティーサロンでは相変わらず重苦しい空気が流れておりました。

頑なに腕を組んだままじっと前を見据えていらっしゃるロベール公爵、ソファーに背筋を伸ばして姿勢よく腰掛けて真剣に話を聞いていらっしゃるウィリアム様の横でもう興味が無くなってきたのか元から興味がないのか少し崩れたモードで聞いているヴィンセント、そしてウィリアム様の真剣な視線を感じながら一生懸命報告をしているボリス―――…三者三様ならぬ四者四様の一部違いますが張りつめた空気が流れておりました。


「えっと実は―――…非常によろしくないご報告がございます」

「よろしくない報告…?どういうことだ?」


ウィリアム様はボリスのお顔を覗きこまれるように、姿勢が良いまま少し前のめりに身体を向けられました。


「あ…はい…。ジャンヌ自身は普通の貧しい一般市民であり、ジャンヌとういう人物に関して問題はないかと存じます。しかし…ジャンヌの弟に関しましては問題あり、と判断いたします」


「どういうことだ?」

「ジャンヌの弟の名前はジャックと言う少年ですが、ここローザタニアに流れ着いてからまだ定職に就いていないようです」

「16歳であれば職に就いていなくとも不思議ではないが…?」

「えぇ…陛下。ジャックは職にも就かず、毎日プラプラとしており、そして危ない輩と付き合いがあるようでして…ロバート・グルーバー…と呼ばれる人物とずいぶんと親しくしているようです」

「ロバート・グルーバー…?」

「えぇ…表向きは東の大陸にあります『蒼龍国』の貿易会社『崑崙』の現地支社長です。ですが…ラドガ大国のマフィアの一味ではないかと言われております」

「『崑崙』の噂自体もよろしくないですからね。強引な取引が多く市場からよく苦情が来てますよ」


そう言えば…とヴィンセントが横から口を挟むと、ウィリアム様は少し伏し目がちになり、そして口元に手を添えて何か思案されていらっしゃるかのように呟かれました。


「マフィア…か…」

「…ここ数年、ローザタニアにジワジワと北の…ラドガ大国のマフィアの手下が流れているのでは、という情報もありましたね」

「そうだな。だかそこまで大きな動きがないのであまり刺激しないようにはしていたんだが…これは少し厄介だな…」

「そうですねぇ…」

「えっと…私が探偵を雇い調べた話で、まだ最終的な結果報告はでておりませんが…このロバート・グルーバーと言う男ですが、『崑崙』の支社長以外にも表のサイドビジネスを展開しておりまして飲食店の経営も数件手掛けております。そこがマフィアたちの根城になっているとか」

「まぁよくあるパターンですね」

「このペルージュにもロバート・グルーバーの経営する飲食店が数件存在するようでして、最近『スカーレットシャーク』という主に移民の子供たちがメンバーとなっているギャングもどきがたむろしているという噂です。その中にジャックがいるとか…」

「『スカーレットシャーク』ってセンス悪い名前ですねぇ」


遠慮なく突っ込んでくるヴィンセントを横目で気にしながら、冷や冷やした面持ちでボリスは報告を続けております。ウィリアム様もロベール公爵もヴィンセントに対して何も仰らないのが不思議ではありましたが、ボリスは自分も突っ込んだら負けだと思われたのかそのまま話し続けました。


「…はぁ。。えっとやつらはここ数年ペルージュを中心に近くの街でも窃盗や傷害事件を起こしたりしていますね。また最近では誘拐、人身売買からの売春斡旋…そして法賭博やローザタニアでは禁止されている薬物の製造・密輸・売買にも関与しだしているとかの噂があります」

「…そういうことですか、お爺様」


ウィリアム様はロベール公爵の方を向かれて眉を少し上げて、事の全容を全て理解したとばかりに瞳を閉じて溜息をつかれました。ロベール公爵はと申しますと、ちらっとウィリアム様の方をご覧になると腕をきつく組んだまま真っ直ぐ前を見据えて低いトーンで唸り、ポツリポツリとまるで自分に言い聞かせるように話し始めました。


「…ジャンヌだけならまぁ…知り合いの貴族に頼み込んで養子にしてもらって貴族の娘として結婚させてやれんことは無い。じゃが弟の噂が本当で、その話が本当ならドミニクとジャンヌの結婚を許してはならないのじゃ。それが我々貴族―――…ましてや親戚に王族がいるとなるとなおさらのことじゃ」

「…」

「子の幸せを願うのは親として当たり前のこと。ましてや30も過ぎた長男の結婚の話が嬉しいに決まっておろう。しかし悪い噂があるやつらと親族となるのは貴族じゃなくとも…平民の親であってもよろしいとは思えん。そんな奴らと親しくなっても待っているのは不幸だけじゃ。ならばそれを遠ざけてやるのも親の務めとは思わんか?」

「ロベール様の仰る通りですね。でもまぁ30も過ぎてそういう危険への判断が出来ないあたりドミニク様相当痛いですが」


真剣な面持ちで話されるロベール公爵に同意される感じではありますがヴィンセントのさりげないツッコミが突き刺さり、全くを持って正論のことすぎてロベール公爵はぐうの音も出ない、苦虫を潰したような表情で肩を落とされました。


「全くその通りじゃ…少し自由に育て過ぎたわい…」

「だいたいの話は分かりました。ご苦労、ボリス」

「は…では私はこれで」


ウィリアム様はボリスに退室を促すと、ボリスは何かを察してササっと姿勢を正し直して一礼して部屋を出て行きました。

ボリスの靴音が遠くなり、人の気配が廊下から消えたのを感じたウィリアム様は溜息のような深呼吸をして少し姿勢を崩して背もたれに寄りかかりました。


「しかし…まさか叔父上の恋愛の話がこんな大ごとになるとは思いもしなかったな…」

「えぇ、ただの浮ついた馬鹿話かと思っておりました」

「うん…ヴィンセント…お父上の前だから少しは遠慮しようか」

「あ…これは失礼いたしました。ついうっかり…」

「いや、ヴィンセントの言うとおりじゃ…全くを持って面目ない…」


ヴィンセントの辛口コメントが容赦なくロベール公爵に降りかかり大分グサッと刺さってショボーンと肩を落として、返す言葉もないとばかりに溜息をつかれました。


「もうこのメルヴェイユ家はお終いじゃ…」

「お爺様…」

「マフィアのやつらにはドミニクが国王陛下の叔父だと知られているじゃろうし、これからきっとワシらは骨の髄までしゃぶられて破滅するんじゃ…っ!あぁ…なんたることをアイツはしてくれたんじゃっ!」

「お爺様、落ち着いてくださいっ!」


ロベール公爵はふかふかの絨毯の床におでこをガンガンと打ち付けながら号泣しております。いくらふかふかの絨毯の上とは言え危ないので、ウィリアム様はロベール公爵の肩を力強く支えてこれ以上打ち付けるのをやめるように必死で止めました。


「あぁウィリアム…すまない…ワシたちのせいで王家にも迷惑をかけてしまう…ご先祖様にも顔向けできんしもう終わりじゃっ!」

「…要はまずそのロバート・グルーバーとの関わりを断ち切ればいいんですよね?」

「!?」


ピタッとロベール公爵の号泣が泣き止み、ウィリアム様もパッとお顔を上げてヴィンセントの方にお顔を向けました。

ソファーのひじ掛けに片手をついて頬杖をし、陛下の前ではありますが大胆にも足を組んで冷めた目で見ているヴィンセントは鼻から溜息をフゥッと漏らして静かにそう言葉を発しました。


「ヴィンセント、お主…」

「てっとり早くそのロバート・グル―バーをローザタニアから追放してしまいましょう。陛下、そうしましょう」

「え…?あ、うん…そうだな…」


ヴィンセントの大胆な態度と同様の大胆な発言にロベール公爵もウィリアム様もビックリ眼のまま固まっております。ヴィンセントは気にせずにそのまま何やら色々考えをめぐらしているようでブツブツ一人で何か呟いておりました。


「お爺様…ヴィンセントの申しているように、まずは叔父上とロバート・グルーバーの関わりを断ち切りましょう。そしてそのジャックのいるギャング集団…『スカーレットシャーク』をぶっ壊しましょう」

「うむ…そうじゃな…」


ロベール公爵とウィリアム様は何かよく分からないけれどもしっくり落としどころを見つけた気持ちになりハハハ…と笑いながら二人してゆっくり立ち上がりました。

その時です、外からテンポの速い馬車の蹄の音が聞こえてきました。


「…ん?この蹄の音は我が家の一番足の速い馬車の音…」

「まさか…叔父上…ですか?」

「陛下、ビンゴです。あの馬車ドミニク様と姫様乗っていらっしゃいますね」

「あのバカ息子っ!外へ出たのかっ!?」

「どちらへ行こうとされているのでしょうか…」

「ジャンヌ嬢に会いに行こうとされているのでは?ドミニク様のことですからきっと姫様に会わせたいとか何とか言って一緒に出掛けたのでは?」

「おそらくそうじゃろう…」

「ドミニク様はどうでもいいとして、姫様が勝手にした街に行かれるのはよろしくないですね。私回収してきましょうか?」

「あぁ…頼む」

「5番街の仕立て屋でしたっけ?ちょっと行ってきます。あ、ロベール様、馬をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「…構わんよ」

「では失礼します」


面倒くさそうな面持ちではありましたが、ヴィンセントはおせっかいなシャルロット様がいろいろ巻き込んでこれ以上さらに面倒くさいことが起きる前に終わらせようと思いふぅ…と溜息をつきながら部屋を出て行きました。

ウィリアム様ははぁ~…と大きな溜息をついて肩をがっくりと落とされているロベール公爵を慰めるように背中に手を回してそっと横から抱きしめられました。

ロベール公爵はそんな孫の優しさを感じながら、頭を落としたままジッと座られているのでした。


・・・・・・・・


 「ヴィンセント様、わが屋敷で一番早いアレックス号の所へご案内いたします」

ヴィンセントが廊下に出るとドアから少し離れたところに執事のマイクが控えておりました。

「…聞いていらしたのか」

「聞かずとも…何となくの気配でございます」

「さすがはメルヴェイユ家の執事長ですね。ではご案内いただけますか?」

「は…こちらに」


マイクは一礼すると足早に歩き出し、ヴィンセントを伴って厩舎の方へと進んでいきました。

少しして厩舎に着くとマイクは近くにいた別の若い使用人―――…エリオットに声を掛け、アレックス号を連れてくるように告げました。しばらくすると光り輝くような白い毛並みに美しい白い鬣、立派な体躯のアレックス号がエリオットに引かれて厩舎の奥からやってきました。


「これは…いい馬だ。お借りいたします」

「どうぞ…ヴィンセント様」

「…そうだ、そこの若い君。5番街にある仕立て屋『ラ・ベール』の詳しい場所を教えていただきたいんですが。多分ドミニク様とシャルロット様はそちらに向かわれたと思うので教えていただきたいんですが・・」


ヴィンセントはブルルンッと鼻息荒く足慣らしをしている馬を撫でて慣れさせると、おそらく庭にずっといたであろうエリオットにドミニク様とシャルロット様の動向を尋ねられました。


「あ、5番街の『ラ・ベール』はベルタン通りにありますよ!でも確かドミニク様…3番街レヴィ通りにあるカフェー『マントゥール』に行くとか仰っていたと思います」

「はぁ?『マントゥール』?」

「はい。ここ最近ドミニク様が懇意に通っていらっしゃるカフェーです。3番街レヴィ通りの外れに建ってます。確か…恋人とお会いする前にそこで会う手筈を整えてもらう仲介の場所だと以前仰っておりました」

「え…なんですかそれ。恋人と会うのに何で仲介してもらう必要があるんです?」

はぁ?呆れた表情でヴィンセントは突っ込むと、エリオットも勢いよくノッてきて自分の意見を述べ始めました。

「私も何か引っかかるんですが、恋人と会うにはそこでその恋人の弟にまず会って、そしてお金を渡して会わせてもらうんですって」

「はぁ?」

「だからそのためにお金が必要なんだって前ドミニク様仰っておりました」

「…なんですかその商売スタイル」

「ちょっとおかしいと思って実は私、気になって街の友人にそのカフェーについて聞いてみたんです。そしたら少し良くない噂を耳にしまして…それもドミニク様にお伝えしたんですが…全く聞く耳持たずの状態でした」

「詳しく話していただけますか?」


スゥッと真面目な表情に戻られたヴィンセントの美しく真っ直ぐな水晶のような瞳に刺され、エリオットは一瞬動揺しました。がすぐに正気に戻って話し始めました。


「えっ!?あ…はい。その…『マントゥール』なんですが3番街は労働者階級が集うエリアなので…まぁ手前の方はありふれた下町のカフェーって感じなんです。」

「まぁ…治安は少し荒れているでしょうがねぇ」

「えぇ。まぁカフェーと言うより昼間から飲める酒場みたいな感じですね」

「で?よくない噂って、そんなモンじゃないでしょう?そして手前はってどういう意味です?」

「…実は店の奥に隠し部屋が合って、昼間っから怪しい商売をしているって噂です。そしてそこにはマフィアも出入りしていて、昼間から女と同席で高い金で酒を飲んだり水煙草に違法薬物を入れて吸っていたりもするとか。夜は売春婦も良く出入りして夜な夜な怪しげなパーティーをしているという噂です」

「…カフェー…飲食店…マフィア…違法薬物に売春婦…」

「ヴィンセント様?」

「ロイヤルストレートフラッシュじゃないですか。…ったく!」


イライラした様子で頭をポリポリと掻きながら大きな溜息をつくと、ヴィンセントは一つ深呼吸をして気持ちを整えました。そしてエリオットの方に身体を向けると先程までの無気力モードとは一転、ポケットから通信機を取出し、イライラした面持ちでいじり始めました。


「…今日はこれを使わなくていいと思ったのに」

はぁーっと溜息と共に耳元に持って行くと流れているコール音を聞きながら相手が出るのを待っておりました。


・・・・・・・・


 所かわって麗らかな暖かい日差しの注ぎ込む午後のこと、ローザタニア王国の王都・パラディスのお城の執務室では、秘書官たちがデスクに向かい何やら色々書類を作成したりたくさん並んでいる書類の束の保管棚から資料を探し出したりとあくせくと執務に取り掛かっておりました。

そんな最中、秘書官の一人のバルトは書類を書き終えると大きな欠伸と共に伸びをして肩をグリグリ回しながらほっこりとデスクに置かれているお茶を一口飲んでボソッと呟きました。


「あ~…今日は平和だなぁ」

「おいバルト!ヴィンセント様がいらっしゃらないからって気ぃ抜きすぎだぜ」

「やぁ~…だって今日ホント静かじゃん?いつものヴィンセント様の嫌味も八つ当たりも飛んでこないし…もう今日俺ホント幸せだわ~」

「確かになぁ」

「おかげで仕事がはかどるはかどる…っ!」

「毎日毎日何かしらシャルロット様が事件?起こしてるもんなぁ」

「あぁ…っ!そのフォローをされているヴィンセント様がイライラして帰ってこられて、そして俺にとことんそのイライラをぶつけてくるのが毎日のルーティーンだからな」

「バルト標的にされているもんな」

「あぁ…おかげで…見ろよこの10円ハゲ」

「うわ~…」

「同情するぜ」

「俺もこの間1時間ほどずーっと嫌味言われ続けられたわ…。書類の綴じ方が気に食わないとかさぁ…。ずーっとイライラしていらっしゃるから後で仲のいいメイドの一人に聞いたら、シャルロット様がダンスのレッスンをエスケープされたから探し回るのにかり出されたとかなんとか…」

「あの日のことか!お城の外れの納屋に隠れていらっしゃったんだっけ?」


秘書官たちは日頃の恨みつらみがあるのでしょうか…鬼の居ぬ間に―――…いえ、ヴィンセントのいない間に今まで受けてきた八つ当たり自慢を口々に話し始めました。


「あぁ!しかもその納屋は使用人たちの秘密部屋?みたいな感じだったらしく、なんかまぁ…色々あったらしくて余計にヴィンセント様イライラされたみたいでさぁ…もう最悪だったよあの日」

「ヴィンセント様は黙ってりゃあ美人なのになぁ…ホント口と性格悪いよなぁ…」

「あぁ…美しい外見とは裏腹、氷のように冷たい方だよ」

「口を開かれるともう本当に悪魔だよなぁ」

「俺には鞭を持った非道な女王様にしか見えないわ…」

「ガチのドSだもんなぁ…」

「…」


被害に遭っている秘書官全員同じ想像をされたのでしょうか、鞭を持って仁王立ちをした、シニカルな笑いを口元に携えたヴィンセントの姿浮かび上がり一同震えて無言になってしまいました。


「と…とにかくっ!今日はおそらく夕方までは戻ってこられないだろうからそれまではこのお城は平和さっ!さぁさっさと仕事終わらせて街に飲みに行こうぜっ!」

「そうだな!早く終わらせよう!」


バルトが重苦しい雰囲気を打開しようと声をあげると皆もつられて盛り上がりました。

そして仕事に戻ろうとしし出した時、バルトのデスクに置いてある通信機が激しく鳴り響きました。


「…っ!」

「おいバルトこれって…」

「こ…これは…ヴィンセント様専用の通信機…っ!!会議や出張などで執務室から席を外されている時に急用があった際にご使用になる通信機っ!!」

「遠隔で指令が来るよ…タイミングが良すぎるぜ…」

「おい早く出ないとまた怒られるぜっ…!!」


ざわつく執務室の中、一人緊張で張りつめているバルトは動揺して震える手で通信機を取り、通話ボタンを押しました。


「秘書官執務室、バルトでございます…」

「通信機のコールは3回以内に取るようにいつも言っていますが…?」

「ひぃ…っ!もっ!申し訳ございませんっ!!」


受信器の耳元からヴィンセントの低音のイラついた氷のような声がバルトに耳に突き刺さりました。

相手の姿が見えないにもかかわらずバルトは腰から90度曲がった最敬礼のお辞儀をして受信機越しのヴィンセントに謝っておりました。


「まぁ…次からはちゃんと取るように。そんなことよりも大至急で調べてほしいことがあるんです」

「はぁ…」

「ロバート・グルーバーと言う人物について…そして蒼龍国の崑崙と言う貿易会社についても詳しく調べてもらえますか?」

「ロバート・グルーバー…蒼龍国の崑崙…ですね。承知いたしました」

「ラドガ大国のマフィアとの噂もあります。徹底的に調べて折り返し報告しなさい。あ、あと『スカーレットシャーク』とか言うセンスのない名前のギャング集団についてもです」

「あ…ハイっ!」

「タイムリミットは10分、待ってますから」


ブチっと通信機の切れる音が執務室中にこだましました。


「…おいバルト、大丈夫か?」

「女王様から爆弾が来たぞ…」

「…え?」


バルトはげっそりとした表情で通信機を静かに置くと、見守るように遠くに捌けていた秘書官たちに震える声でそう告げました。


「…女王様…いや、ヴィンセント様から大至急のご依頼だ…ロバート・グルーバーと言う人物について調べろ、蒼龍国の崑崙と言う貿易会社についても詳しく調べろだって…あとラドガ大国のマフィアと、『スカーレットシャーク』とかいうギャング集団について聞いてきている…」

「は?マフィアっ!?」

「…ちょっと待てよ、『崑崙』って貿易会社って前に大市場の幹部たちからもの凄くクレームがあったところじゃないか?」

「確かめちゃくちゃ強引で評判悪いよな」

「何でいきなりこんなところを調べろって仰るんだ?」

「知るかよ!ってか10分で調べろって仰っている…」

「10分!?」


秘書官全員の割れんばかりの驚いた声が執務室に響き渡りました。


「え…っ10分っ!?何言ってんだあの人っ!!」

「これパワハラ案件じゃんっ!」

「訴えようぜ!」


皆パニックになって執務室を文字通り右往左往とのた打ち回ったりしておりました。思い思いヴィンセントに文句を言ったりとしておりましたが、バルトは大きな溜息にも似た深呼吸をすると、思いっきりパンッと手を合わせて大きな音を発しました。


「ここでとやかく言ってても仕方ないっ!とにかく…今は言われたことをやろうぜっ!」

「まぁ確かに…それもそうだな」

「仕方ない…か」

「アンリ、業務滞在外国人名簿と崑崙の登記名簿、今まで申請した書類全部探し出してくれ!あとグレブはラドガ大国の犯罪者のリストを資料を準備してくれ!ポールは『スカーレットシャーク』について調べてくれっ!」


バルトは先ほどまでの緩かった表情が一転してキリッとした顔つきに変わるとテキパキと他の秘書官たちに指令を出し始めました。


「了解!」

「さぁ…早く調べ上げないとこれはまた最大級の嫌味をネチネチずっと言われるな…」


秘書官たちは蜘蛛の子を散らす様にそれぞれ動きだし、もの凄い速いペースで仕事に取り掛かりました。

バルトはふぅ…と溜息をつくと、窓の外の方にふと視線をやりました。向かいの屋根の上でのんびりと昼寝をしているお城に住み着いている黒い猫の姿が見えます。大きな欠伸をして眼をしょぼしょぼさせ、また頭を下げてお昼寝に入ったようです。


「いいなぁ…俺もお昼寝したいよ」


バルトの独り言は秘書官たちのバタバタとした忙しない足音に掻き消され、今日もヴィンセントにこき使われて慌ただしく秘書官たちの時間は過ぎていくのでした。

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