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「……シュート、良い天気だからこのまま外でお茶しようよ」
「ご用意いたします」
そう言いながらもその場を動く事はない。何故ならシュートとバドしか護衛が居なくなってしまったからだ。
「……建築の技術特化はバドが持っているんだっけ?」
「私とコクウスが持っています」
バドが料理人の名前を告げる。
「そうなんだ……二人にちょっと相談というかお願い?…が、あるんだけど…」
「相談…」
「お願い…」
どうしてシュートまで驚いているのかな?
「お茶、お待たせしました。クッキーも美味しく焼けましたよ」
お茶とクッキーを持ってやって来たコクウスにも話を聞いて貰う。
「じゃあ揃ったから話すね。地上での活動に馬車を使うことになるからオリジナルを作れないかなーって思っているんだ」
「「……」」
バドとコクウスが顔を見合わせる。
「資金の心配が無くなった今、わざわざ自作する意図は何ですか?」
ダンジョン探索で現金を得られると聞いていたからこそのシュートの疑問。
「単純に性能」
「「「……」」」
沈黙してしまった三体に代わり、祖父が口を開く。
「市販の馬車では不満か?」
それなりに量産されている事は資料にもあったし、数は少ないが業者を選んで特注する事も出来る事がわかっている。
「うん。シュートに馬車について色々と調べて貰って、イーシャンに長期移動による人体への負担を計算して貰うように頼んだでしょ?」
生活水準はかなり低いと判断したので、老人と幼子が快適生活を地上で送るなら、という条件付けでシミュレーションさせた項目の中の一つだ。
「はい。少し時間が必要だと…」
忙しいとイーシャンが言っていたと聞いているし、特に急いでもいないので気にもしていなかった。
「うん、そう聞いていたのに何故かセバスから報告が来て、ラウムの核を使いますって断言された」
「「「「……」」」」
三体だけでなく、祖父も無言になってしまった。
何故、セバス案件になったのかも謎だが、セバスが断言するくらい劣悪な環境…体勢?になるくらい馬車の中は悪いらしい。
「ラウムの快適空間になるなら、装飾とか要らないじゃん?むしろ邪魔でしかないでしょ?」
「「「そうですね」」」
「うむ」
箱があればそれだけで最高な空間が約束されるのだ。空調だけでなく椅子の高さ、背もたれの角度も家具が体に合わせてくれる。
「馬車を引く馬は、アニマロイドの一体にするってセバスが言ってたから、全力の撤退に耐えられる構造が必用になる。それに、皆を乗せて壊れない強度も必用でしょ?市販じゃ無理な気がするんだよね」
「「「そうですね」」」
「うむ」
アニマロイドの馬の全速力、積載された総重量を考えれば不安しかない。ハーネスとの連結部分や車輪などが壊れてしまったら、乗ってるオレ達が取り残される。撤退の意味がない。最悪、皆で車の部分を押して逃げるのかな?シュールだよね。
「外観は国ごとの特徴を色々取り入れて、内装は変に思われない程度に超シンプル。縦か横に伸びる変形式にして快適空間を更にゲットしたいんだよね」
「縦…」
「横…」
「伸びる…」
「変形の理由は?」
三体は夜空の言いたいことを理解したようだが、祖父はわからなかったらしい。
「旅にありがちの夜営とか、馬車の中が最高の快適空間なのに、外で寝るってただのバカじゃん?」
「「「ですね」」」
「うむ」
空島の環境に慣れるまで、キャンプの様でいて全く楽しくない夜営を体験しただけに、祖父もラウムの作り出す空間のありがたみを再認識しているようだ。
今までの日常ならあり得ないくらい小さく狭い空間であっても、快適な室温にふかふかで手足をゆったりと伸ばせる広々としたベッドで目覚めた朝は、久しぶりに幸せを実感したと祖父母は笑っていた。
オレも、久しぶりにベッドから出たくないと思ったくらいだ。
「屋根の部分を伸ばして二階を作るか、二重の箱にして横に伸ばすか、他に方法があればそれでも良いから、ちょっと考えてみてよ。要は、あるかわからないけど夜営の際、のびのびと手足を伸ばして寝る場所を確保して欲しいってこと」
「「わかりました」」
座った体制で寝るよりも、横になって眠る方が体を休めることが出来る。
「材料の木を調べて買っても良いし、時間は掛かるけど今後のために伐採して乾燥させとくもの良いよね。何なら売っても良いかもね」
「使われている木の種類を調べます」
「伐採して放置しても問題ない場所を探します」
バドとコクウスが役割を分担する。
「でね、試作の代わりにファーストが引く小さな人力車をそれぞれ作ってみてよ。ファーストの全力の撤退に耐えられるやつ」
「アトラ様とテトラ様の移動用ですか?」
夜空の考えをシュートは直ぐに理解したようだ。
「そう。それぞれが単独で行動する事はないけど、緊急性がなければ抱っこやおんぶより寝やすいかなって」
まだまだお昼寝が必要な年なのだ。揺りかごみたいになるのが理想と伝えることも忘れない。
「ベビーカーか」
オレの考えを理解した祖父の言葉は正しいが、間違いだ。
「違うよ、じじ様。人力車……兎力車だよ。拗ねるよ、気を付けてね」
「うむ……うむ」
しっかりと頷いた祖父から視線を外し、祖母を見る。
会話に入らず、双子とクッキーを食べていた祖母は夜空の視線にしっかりと目を合わせて微笑んだ。
「因みにオレは、セカンドに騎獣の機能を付けるからいらない」
「何だ、面白そうだな」
騎獣に興味を持ったらしい祖父。
「じじ様みたいに馬には乗れないからね」
乗馬のために馬型のアニマロイドも購入してあった。祖父用と護衛用だ。護衛用はぶっちゃけいらないよね?と思ったけど、デートに雰囲気は大切だと思い直して護衛にも馬のアニマロイド注文しておいたのだ。
乗馬デートの祖父母の後ろを、普通に自分の足で走る護衛って、何か嫌だよね?
残念ながら乗馬デートは当分出来そうにない。
一頭には馬車を引いて貰う事になるし、他は護衛が乗って追随する事になるだろう。当然ながら普通の馬と違って、戦闘力は高い筈だ。
「あ、そうだ。普通の馬が怯えない様に調教って出来る?」
育成のスペシャリストは、あらゆる生き物の世話が出来る…筈だ。もちろん、必要に応じて調教訓練も可能…な筈だ。
「……調教するより、幼い頃から共に過ごさせた中で怯えない個体を探す方が早いと思います」
馬は臆病な生き物、と言われている。異質な馬に怯えていたら一緒に走れないし、ストレスで暴れるか早く死んでしまうかだ。
「……牧場が必要?」
「ですね、はい。それなりに広い土地でないと無理です」
バドの肯定を受け、祖父を見る。
「……流石に牧場は勝手には作れん。金さえあれば、土地を買うことは出来るが……」
「人目はない方が良いですね。この世界には無いものがあるかもしれませんので」
バドは苗に視線を向けた。
思案した祖父は、小さく首を振った。
元凶姫が『魔の森』と言った通り、眼下に広がる広大な森は人の住めない危険な森だった。
魔獣と呼ばれる普通の動物とは違う凶暴で危険な生物の住みかなのだとわかっている。
この世界の人目のない場所は、イコール、危険な場所なのである。唯一の例外が、人の手の入った空に浮かぶ島の一部なのだ。
「そうなると、空島しか有り得ないが……所有権を買い取るのは少々、骨がおれるかもしれんな…」
空に浮かぶ島を売買出来ることは、すでに判明している。ただし、バカみたいに高額で手続きも面倒臭い。
「お金……ダンジョン探索の結果次第?」
ダンジョンで手に入れた金銀財宝。売買に使用するのに問題なければ、攻略次第だがそれなりな資金になりそうだと予想できる。
「新発見でも良いのではなくて?」
会話に加わった祖母の嬉しそうな声に、祖父は考え込む。
「うーむ、そう……でもないかもしれん」
空島は発見者に所有権が発生する。ただし、開発できるかは、島の価値と発見者の資金次第だ。
島の転移門の設置場所によって、税金を納める国が変わる。国が違えば法律や税率も違うのは、世界が違っても変わらない部分だろう。
空島の価値は落差が激しい。ただの島であれば、島の価値は地上の土地と大きな差はない。そして、ただの島ではない空島の価値は一国ですら手を出せない程になる。かつて、空島の所有権を争って国同士の戦争が起こったこともあるそうだ。
そもそも、新たな発見ともなれば、人が今まで行かなかった場所にあると考えられる。ならば何故、そんな場所に足を踏み入れたのか。その理由を説明しなければならない。
「この島の所有権を書き換えた時に、放置されている島がたくさんあると言っていたな。価値がない島などは、所有権すら忘れているのではないかとさえ思われる、とか言っておった…か?」
自信がなさそうな祖父の言葉に、オレはシュートを見る。
「……セバス様に確認しました。管理すらされていないであろう空島が確かにあったそうです」
「ふぅん……なら、その中から二・三個、慰謝料がわりに貰えないかな。空の島」
オレの言葉はシュートからセバスに伝えられたのだろう。
「詳しく話を聞きたいので、今からこちらに来るそうです」
「……じじ様、後はヨロシク」
祖父よりだった場所から祖母よりに移動し、オレはお茶を飲みながらクッキーに手を伸ばした。