5
オレの十分チートだろ発言後、祖父母は集まったデータに興味をもったらしい。オレ達の世話をシュートに任せ、全員で集まった情報の整理をしているようだ。
序列一位のコンラートは、祖父が幼い頃からの世話役だ。
序列二位のセバスは、仕事を始める時に必要となった秘書のような役割をしていた。
序列四位のカリーナは、祖母と結婚するにあたり用意された、祖母の為の世話役。当然、子育てにも関わっていた筈だ。ベレーザの扱いが上手だった記憶しかないが…。
故に、居住地から出て同行することが限りなく無いに等しいカリーナが供に巻き込まれたのは偏に、イーシャンの暴走でカスタマイズされていく医療施設の調整をしていた為だ。
序列三位のバレットは、暴走するイーシャンに隠れて整備施設のカスタマイズに静かに暴走していたケイゴを叱責しつつ調整をしていて巻き込まれたらしい…。戦闘能力において最強と聞いている。実は祖父が若い頃、違法ギリギリで手に入れた機体。
因みに、序列五位は医療を専門とするイーシャンである。
序列があるのはセクションのトップであるこの五体だけで、後は同率であるという考えのようだ。
序列一位のコンラートは組織や人事を統括、序列二位のセバスが意見や会議を総括することで、問題なく回ってるとオレは思っている。
◇ ◇ ◇
「お疲れさまでした、夜空様」
「電力が確保出来そうなので、何体か起動が可能になりました。どれから起動させますか?」
自室で寛ぎながらDキューブを眺めているオレに、入浴の準備をしてくると出ていったシュートが戻る前にメリーがお茶を、メイがタブレットを持って入ってきた。
「それ、オレに聞くの?」
祖父の指示がないからこっちに来たのだとわかっているが、最終決定権は祖父母が持っているのだから、初めから聞けば良いのに、と思う。
「お二人とも、集まった情報に夢中です。夜空様に任せる、と」
つまり、丸投げされた訳ね。
どれから?って言われても…ね。まだ子供のオレに丸投げするのは早すぎませんか?
とりあえず、ツリーハウスは楽しみだし、島の構造や強度などを調べて欲しいから、オレが選んで良いなら一択だ。
「建築家を作って起動させたら?」
「ありがとうございます。専門外のケイゴにさせるより効率的ですので、準備を急がせます」
誰に?と聞いたら敗けなんだろうな。シュートは絶対に渡さない!オレの世話をして貰うんだからな!
「そーだね。育成の為の技術もつけると良いんじゃない?あとは、料理人?」
別にメイとメリーが作る料理がマズイ訳ではない。レシピ通りなのだから、普通に美味しい。
ただ、可もなく不可もなく、普通なのだ。
食材が限られている今、アレンジしなければ飽きるに決まっている。
「……私とメリーが解放されますね。なるほど、その後は?」
ここで面倒くさいなぁ、と思ったらダメなんだろう。
育成の専門家は、メイの中でも優先順位が上位だったようで満足そうだ。礼も言われたしね。
そもそも、メイの中で既に優先順位が決まっている様なので、勝手にすれば良いのに、と思う。事後報告でも問題なくない?
「……誰かが島から落ちた時の為に、飛行できる救助ロボットとか作ったら良いんじゃない?」
面倒だと思ったら考える事も面倒になったので、Dキューブを見ていて抱いた不安を払拭させる案を伝えてみた。
島から落ちたら死ぬとわかっていて飛び出すバカはいないと思うが、何が起こるかわからないのが人生だ。空に浮かぶ島だけに風の通りも抜群。島を囲うような柵を作れないなら、もしもの時の為に対策をしておくのは護衛達の当然の責務だろう。
危険が危険ではないアンドロイド達には、やるべき事が多い今、思い至っていない様なのでシュートを通じてセバスに頼んでみようと思っていた。
「……盲点でした…。確かに、我々でさえ落ちたら破損が免れない高さです。着地の衝撃に、人の体が耐えられない可能性は高いです。絶対に必要ですね。全方面、フォローできるだけの数をすぐに作ります」
案の定というか、珍しく、落ちる可能性を本当に考えていなかったようだ。
アンドロイドの誰かが、落ちた人を追い掛けて飛び降り腕の中に囲うことが出来たとしても、着地の衝撃を緩和する術を誰も持っていないのだ。落ちた時点で致命的であるということ。
この考えに至らないあたり、惑星システムとの通信遮断は、オレが思っているよりも人工知能にとって深刻な問題なのかもしれない。
それにしても、流石にこの高さだとアンドロイドでも破損するんだ…。その可能性すら、初めて聞いたよ。
「一応、この世界で疑問視されない姿にするのと、攻撃と防御も付けてね。あとは、ファースト、セカンド……潜入のための誰か?」
「潜入のため、ですか?」
実は、体調を崩した五日間の隔離生活の中でずっと考えていたことだ。
「その頃には言葉も情報も揃うだろう?なら、その誰かに実際に現地人と接触して、生活してみて貰えば良いじゃん。どうせ、そのうちまた行きたいとか言うに決まってるもん。オレも情報が揃えば行ってみたいとは思ってたんだよね。常識、法律、治安、生活。安全を確かめるなら、現地調査が必須でしょ。市場調査して、通貨も手に入れて欲しいし、この世界の食事や道具も問題ないなら試してみたい。二人を止めるための方便じゃなくて、身分証が無いから奴隷落ち、なんてばば様知識の二の舞は御免だよ?ちゃんと調べてね」
「……セバス様に話してみます」
メイは自分の演算機能、思考速度や行動学の予測機能が著しく低下しているのを自覚したようだ。オレでも考えうる危険の可能性に到達できなかったのなら、自覚するのは当然だろう。
「うん。やるなら、原因のいる国以外が良いかな。こっちの存在の可能性は欠片も持たせたくない」
異世界のゴミ、と評した存在を、あの場にいた誰もが諦めていなかった。次の召喚?を企むくらいだ。
オレ達を召喚していたと知られたら、探し出そうとするに決まっている。もしかしたら、居場所を知る、或いは従わせるような強制力がある何らかの方法を持っているかもしれない。
慎重に、最大限の警戒をすべきだ、と伝える。
「承知いたしました」
メイはオレの考えを理解したからか、一礼して消えた。
セバスに報告をするのだろう。
施設、早く完全に使えるといいね。
「夜空様」
シュートに呼ばれてお風呂に向かう。
濡れタオルで体を拭いていたが、五日ぶりの風呂だ。ゆっくり満喫させてもらおう。
◇ ◇ ◇
「昨日、施設とコンピューターの本格起動に成功致しました」
整備施設は垂れ桜型コンピューター、医療施設は八重桜型コンピューターを補佐として接続させてそれぞれを独立させた。また、通信やデータ管理は人魚型コンピューター、AIの補佐を樹木型コンピューターに独立させる事にしたそうだ。
「へぇ、予想していたより早かったね」
「はい、ソーラーパネルシートが豊富でしたので」
電力の発電の全てをソーラーパネルシートで賄っている為、予備として残しておきたい筈のモノまで使っており、足の踏み場がないくらい島全体に広がっている。
「こちらが夜空様の計画に関する報告書と資料になります」
メイが差し出すタブレットを見詰める。
「……なんの?」
昼食後のくつろぎタイム。
お茶を持ってきてくれたのがシュートではなくメイだったことに首を傾げたが、理由がちゃんとあったようだ。
「夜空様の提案を元に実行した現地調査の、です」
うん?確かに、そんな事をして欲しいな、とは言ったかもしれないが、あれからまだ5日だよね?
「……えっと、何も聞いてなかったけど?」
「そうですね。発案者である夜空様の意図を見誤る事なく、セバス達と話し合いが終了しましたので、改めて夜空様から話を聞く必用がなかっただけです」
……うん。それ、もうオレは関係なくね?
「奥様知識の、言い出しっぺの法則、です」
考えが顔に出てた?表情を作る練習、もっとするべき?それとも、もうしなくてもいいかな?
「いや、ちがくね?」
「違くありません。現地に潜入したのは、新たな護衛の一体で、元凶姫の隣国で実験を開始しました」
元凶姫って何だよ…。
それに…。
「聞くとは言ってねぇよ」
せっかくの寛ぎタイムだったのに…。
そんな恨めしそうなオレの視線をメイはアッサリとスルーし、オレが受け取らなかったタブレットをテーブルの上に置く。
タブレットの画面には「言い出しっぺの法則!法律や治安の調査、身分の取得はじじ様達に任せなさい!」と祖父からの手書きメッセージが表示されていた。
「まず、この世界が「異世界である」と仮定して、皆様の安全を第一に、旦那様と奥様が目一杯楽しむ事を第二に、元の世界に戻る方法を探す事を第三に踏まえ、今後の対策をとりたいと考えております」
いや、何でだよ!違うだろっ!と全力で突っ込んでも許される場面だが、突っ込まないよ?
「……オレ、無駄なことはしたくない主義だから、割と流されるタイプになった、と今ハッキリと宣言しておこう。全力で面倒臭い」
「チッ」
これ見よがしに舌打ちされても、な~んにも感じません。
絶対的な権力、発言力、実行力を持つ祖父母に、俄孫でしかないオレに何が出来る?孫になって、まだ二年。更生施設に入所させられていたので、実際に共に暮らし始めてからは二年にも満たない。
不要か邪魔になった場合、機能停止か廃棄のお前等、事故死か病死か行方不明なオレ。さほど変わらないから、オレに過分な期待はするんじゃねぇ。
この世界が向こうよりも住みやすいなら、オレとしてはお前等から逃げることも吝かではない。それによって、この世界に一人残ることになっても問題ない。むしろ、住みやすいなら大歓迎だ。
そもそも、オレが品行方正で従順な孫を演じてるのは、一人で生きていける年齢になるまで、飢えることも、暑さや寒さに耐えることもなく生かして貰えているからだ。オレが生きるための金を使わせているから、逆らわない、邪魔しない、問題を起こさない、を心掛けているだけ。
別に、誰も大切じゃない。自分の命さえ、いつ終わってもどうでもいい。ただ、生きているときが辛くなければいい。苦しくなければいい。キライ、はいっぱいあるけど、スキ、は一つもない。幸せ、がオレにはわからない。
仕方なく、を装ってタブレットを手に取り、資料に目を通す。
「……案外、ばば様知識もバカにできないのな」
資料と報告書はまるで、小説やマンガで知った世界そのもののように感じられた。
言い出しっぺの法則もばば様知識