プロローグ
たまにファインダー越しではない、生の世界を見てみたいと思う時がある。
今日もそういう気分だったのだろう、久しぶりにカメラを持たずに出かけている。現在の気温はマイナス3℃。いくら暖冬とはいえ流石は北の大地、安定のマイナス気温だ。外を歩いていると息をするたびに鼻が痛み、冬特有の排気ガスの匂いが鼻腔をすり抜ける。それが嫌でネックウォーマーを鼻まで上げて息をしてみるけれど、それはそれで苦しくて、大抵の場合は鼻で呼吸するのを諦め、口で息をしながら歩くことになってしまう。今の自分も正にそうである。
湯倉神社前のバス停から10分ぐらい歩いた時、今日一つ目の目的地に到着した。ここは函館空港に程近い、根崎運動公園の駐車場の傍にある土手。あまり知られてはいないけれど、この場所は函館空港に着陸する飛行機を撮影するには絶好のポイントだ。自分が高校生だった時も週末になればここに来て、その度に飛行機を撮っていた、ある意味思い出の場所でもある。
そんな感じで過去をだらだらと回想していると、函館山の近くに太陽光を反射して輝く飛行機の姿が見えた。その飛行機はゆっくりと函館市内上空で旋回し、機首をこちらに向けてくる。そうなるとここを通過するまでは一瞬だ。耳が痛くなるほどのエンジンの轟音が近くなってきたかと思えば、すぐに頭上を飛び去り、そして滑走路へと真っ直ぐに飛んで行く。こうしてカメラを持たずに飛行機を見るのもなかなか乙なものだ、と思う。
飛行機の姿が見えなくなると根崎運動公園を後にし、さっき来た道を逆に歩き始めた。少し先の方に湯の川の温泉街が見える。今はちょうど冬休みの時期だから、観光客でホテルなどの商業施設は繁忙期だろう。心の中でお疲れ様です、とだけ言って横目で流した。
またそこから10分ほど歩くと、朝にバスを降りた湯倉神社前のバス停を通りすぎた。ほんの少しだけ離れたところには市電の湯の川電停があって、車の交通量もかなり多い。市電通りと産業道路と言われる市内のメイン道路二つが合流しているから、そうなるのにも納得がいく。少しだけ辺りを見渡し、今日のもう一つの目的地へと足を向けた。
そこに向かうのは実に何年ぶりだろうか。大学受験で卒業式に出られず、受け取ることができなかった卒業証書を貰いに行ったきりだから、少なくとも6年は経っていることになる。
急勾配の坂を抜け、学校の看板を目印に途中から小道へと入り、そこからまた更に数分歩いて行くと、うっそうと茂る木々の奥に、西洋風にデザインされた校舎とそこまで高い必要があるのかと思わせる時計の塔が見えてくる。
そこは私立函館ローアン高等学校。
道南唯一の中高一貫の男子校で、自分が中学・高校と6年間お世話になった所。ぱっと見ではあるけれど、外観は自分が通っていたころとほとんど変わりがない。天変地異は起こっていないのだから、そこまで学校の姿が変わっていなくても全く不思議ではないけれど…。
でも、その当時の自分がここで学校生活を送っていたのだという事を思い返すとなんだかおかしな気分になった。と同時に懐かしい気持ちにもなった。
「ただいま」
自分はその校舎に向かってそう言わずには居られなかった。