プロテスト公爵
三公爵家と一括りにされても、その関係は平等ではない。
最初の王、サウルの右腕として信任高く、共にこの地を治めるに多大な貢献をした英雄サムエルから始まり、今尚国政に大きな影響力を持つオソドクス公爵家。
メシア教を国政に取り込むことで民衆の支持を勝ち取ったペトロ皇子が、王家より公爵家として独立。
その後も教会と密接な結びつきを持つケイトリック公爵家。
比べてプロテスト公爵家の地位は低い。
ドラゴンズウェイブと呼ばれる、かつて起きたモンスターとの戦いで聖剣士であった自身と同じく聖剣士であり側近として抱え込んでいた友人と共に先陣を切り、国家防衛に多大な貢献をしたマルチノ皇子を始めとする新参公爵家。
既に武である軍と、文化とも言える教会を抑えられたプロテスト公爵家に、政治に介入する余地はなかった。
公爵家に表立って言う者はいなかったが、他二家に比べて明らかに格が下。
誰もがそう思っていた。
今回の生命の実獲得も他ニ家が根回ししたものだ。
彼等にすれば果たせるはずのない任務で、栄光に包まれた自家の評価を落されたのではたまったものではない。
とはいえ王の命令。
彼等はプロテスト公を犠牲に自家を護った。
つまりプロテスト公は今回の件において全くの後ろ盾がない状態と言えた。
絶望したプロテスト公爵家当主カールがジャンヌや私兵団をドラゴンの巣という場所に送り込んだのは、彼等を非道に死地に送り込んだわけでも、彼等の武に信頼を置いたからでもない。
只、諦めていた。
何をしても無駄だと諦め、それでも王家の命に従う素振りが必要であった彼は、考えることを止め、ただジャンヌの提案に乗ったのだ。
だからその手に握られた黄金の果実を見ても、カールは起きていることが信じられなかった。
「・・・ジャン・・・ヌ・・・。」
生きては帰らぬと思っていた。
友人の忘れ形見、娘の親友。
ジャンヌを送り込んだ事を娘に攻められ続けた。
自分は何をしたのかと後悔に蝕まれた。
しかし聖剣を持たぬ聖剣士は、その身を傷だらけにしながらも存在意義を示すかのように、黄金の実を握り、帰ってきたのだ。
「当主様、急ぎこれをパナシアとし、王城へ。」
「うむ・・・うむ!!そうだな!!」
その言葉で現実へ引き戻されたカールの顔には、生気が戻っていた。
すぐさま部下にパナシア生成の手配を指示するカールの顔は、ここ数日失っていた公爵家当主の顔だった。
「ありがとう、お前のおかげだジャンヌ。この功績があればお前を奴隷から解放しても誰も何も言うまい。そうだ、褒美も用意せんとな。何が良い?何でも望みを言うてみよ。」
部下への指示を終えたカールは最大の功績者ジャンヌに感謝を述べたが、ジャンヌから返ってきたのは予想外の返事だった。
「実はこれを手に入れたのは私ではないのです。」
「何?」
「私は彼に大きな借りがあります。できれば私への褒美は彼に廻して頂けないでしょうか。」
「いや、お前が命を果たしたことは事実だ、ジャンヌ。しかし・・・一体どういうことだ?」
パナシアができるまで時間がある。
王に献上するのは明日になるだろう。
カールはその日はジャンヌの話を聴くことにした。
「その前に傷を治すが良い。でなくば儂がマリアに殺される。」
ジャンヌの身を案じていたマリアも、親友が任務を果たして帰ってきたとなれば、塞ぎ込んでいた顔を晴らして食卓に着いた。
ジャンヌが旅立ってからギスギスしていた空気も今日は随分和らいでいる。
14才のマリアにとって冒険譚といえば大好物だ。
まして、それが親友のものとなれば今までの態度など忘れたかのように、食事も忘れ食入るように聞いていた。
「死刑よ!!私が首から足までちょん切ってやるわ!!」
私兵団が逃げ出した件で、若干ぷっつん行ったが。
話の本題がそこではないことを察したカールは娘を宥めながら先を促した。
そもそも無理難題だったのだ。
彼等を攻めるのは憚られた。
そして、話は愛詩との出会いへ。
ティラノドラゴンが巣から離れ、巣に現れた得体の知れない自称記憶喪失の男。
狩人という下級職でありながらドラゴンを討伐し、生命の実を手に入れた男。
特に報酬も求めず、実を譲り、見たこともない武器でドラゴネットを瞬殺。
10日の道のりを1日で突っ切る馬のない馬車でここまで自分を送ってきてくれた。
「ジャンヌよ・・・こう言ってはなんだが、正気か?」
「何てことを言うのよお父様!?・・・でも確かに、ちょっと信じられないわね。」
「今は信じて頂かなくても結構です。彼は今関所の外で待って貰っています。宜しければここへご案内致しますので・・・。」
「儂の目で見極めよと。」
「恐縮ながら、その通りで御座います。」
「ふむ・・・良かろう。我が家の恩人の頼みだ。正直疲れと怪我が見せた幻覚を疑うが。まあ、会ってみれば分かること。」
「ありがとう御座います。それで・・・その、お願いが・・・。」
「水臭い。遠慮なく言うてみよ。」
「彼が街に入るのに、いくつか細工が必要でして。」
「その・・・馬の要らない鉄の馬車の話か?」
「はい。あのようなもの関所を通れませぬし、仮に通れても街中が混乱するでしょう。」
「ふむ・・・。」
根本的に信じていないカールは、ジャンヌの言いたいことが分からないわけではないが、頭に入ってこなかった。
「して、儂に頼みたいこととは?」
面倒くさくなって直球で聞くことにした。
「大工職人を雇いたいのです。彼の鉄の馬車を偽装するために。」
「偽装・・・うむ、分かった。その程度構わぬ、儂もその者に会う必要があるからな。必要な経費は用意しよう。詳細は任せて良いか?」
「はい、お任せを。」
そして丸投げした。
ジャンヌにとって今回の丸投げは寧ろありがたかった。
下手に詮索され、時間を取られれば、彼を待たせる事になる。
彼にも早く街中で安心して休んで欲しかったし、何より彼の不興を買うことが怖かった。
ドラゴンを殺せる武力。
その影響はこの国で、いや大陸で計り知れない。
それは聖剣士の存在を脅かす、この世の理から外れた存在だ。
次の日朝から彼女は顔見知りの大工職人への依頼に走った。
仕事も人柄も信頼できる、プロテスト公爵家お墨付きの大工職人。
目の前に大金を積まれ、驚く彼にこれから受ける仕事も相手も他言無用を言い聞かせ、彼女は仕事を依頼した。
「お、おう。まあ、この金額なら何も文句はねえよ。」
概要を話すと準備に一日かかるという。
彼を待たせて3日目。
焦る気持ちを抑えて彼女は馬を手配し、4日目を待った。
馬を借り、夜も気にせず公爵家まで走った行きとは違い、同行者がいる道のり。
東の国ミカエスト王国の中心地、ミカエスト王都の西にある公爵家は、関所から比較的他領と比べて近いとはいえ,やはり一日で辿り着くのは厳しい。
途中で宿をとり、ベッドの中で彼に野宿させていることを詫びた。
ジャンヌが愛詩の下に帰ってきた5日目の午前。
見たこともない道具が地面に配置されている場所で、何故か串に刺さった魚を見ながら焦る愛詩を見て固まる大工職人ゴモラ。
「お待たせしました。」
ゴモラの光る頭にしっかり目線を送る愛詩と、当てつけなのか思い切り失礼な第一声を決めたゴモラを見て、ジャンヌはこの場はさっさと済ませて切り上げようと心に決めた。