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歴史に残らぬ英雄もいる

この世界に生まれた者達は「天職」を授かる。


だが人が栄えれば、職種など増えていくもの。


また、天職がそうだからといって必ずその職で上手くいくとも限らない。


先駆者達の中に身を投じ、大成できる天才など世に何人もいないものだ。


それ故、人が天職ではなく技能に注目し、新たな職種を展開するようになったのは自然の流れだった。


国もそのあり方を肯定した。


そして、天職と技能の調査が始まり、まとめられたのは30年ほど前だ。


今その調査結果は流布され、誰もが知るところである。


しかし秘匿され公にされていない天職もまだある。


裏天職。


いつしかそう呼ばれるようになった天職は噂になっているもので8種ある。


内5種は確実にあるとされている。


即ち、「王」、「女王」、「上皇」、「王子」、「王女」。


王族の天職は調査を禁じられている。


王という職の只の人などと思われれば、王の威厳など有ったものではない。


単に調査出来なかった天職、というだけで、それらは既に実在も確認もされている。


だから実際会話の中で「裏天職」と呼ばれるのは残りの3種だ。


「魔獣使い」、「予言者」、「勇者」。


といっても「魔獣使い」については吟遊詩人が物語を紡ぐ上で誇張、脚色した職業であるとされており、実際会ったことがある者もいない。


「予言者」は実在するとされている。


教会国家ノースガブリ聖国に代々受け継がれる天職と、ノースガブリ王自らが公言しているからだ。


そして、「勇者」。


物語を彩る実在しない天職。


そう思われていた。


-------------------------------------------------------

名前   = ユダ

所属   = ミカエスト王国

爵位   = なし

天職   = 勇者

先天技能 = 神剣同調

後天技能 = なし

罪状   = なし

-------------------------------------------------------


だから彼、ユダのステータスを見た親はどう思っただろうか?


物心ついたばかりの子供の時分に両親を失ったユダには知る由もない。


ユダの父親は山賊だった。、


職に就くも上手く行かず、多額の借金を背負い返せなくなった者達。


彼等は法により、踏み倒しの罪状を押される。


罪状を持つモノは囚人となるか奴隷となるかだ。


それが嫌で逃げ出したユダの父親は山賊に身を墜とした。


ユダの母親は殺人の罪状で奴隷となった女だった。


父親が罪人を運ぶ馬車を襲い手に入れた獲物。


奴隷の身に戻ることが嫌だった母親は、出会った父親にすぐに媚び、一時の快楽のため薬漬けの日々を送り、ユダの父親の情婦として交わった。


そうして生まれた子供ユダは親の愛を知らなかった。




そんな生活も長くは続かなかった。


騎士団が派遣され、父親達の山賊団が一夜のうちに殲滅された。


まだ子供だったユダは無罪とされ、孤児院に送られた。


孤児院でのユダは絵に描いたような問題児だった。


道徳などユダは知らなかった。


孤児院の院長はそれでも根気強く彼を立派な大人に育てようとしたが、ある日同じ孤児院の女の子を組み伏せ、襲おうとした所でユダを見限った。


院長は領主に相談し、ユダを農場に入れた。


厳しい環境で働き、こき使われることで世の厳しさを知れば、或いは更正するのではと思ったノかも知れない。


だが、そんな思いはユダには通じなかった。




まともに働かず、上役と揉め、ひたすらサボる。


全てこのつまらない農場が悪いと、ユダは本気でそう思っていた。


いつしか農場を抜け出し、名を馳せる。


自分の天職を知り、そう決意したユダは、大きくなると農場を脱走した。


「俺にこんな所は相応しくない!!俺は歴史に名を残す英雄、「勇者」だぞ!!」


意気込んで出たが、行く宛てはない。


結局ユダは蓄えた給金で安宿に泊まりながら、モンスター素材を農業センターに売りに行く細々とした生活だった。


戦闘訓練を受けたわけでも、戦闘に特化した技能があるわけでもない。


頼みの神剣同調は何処にあるともしれぬ神剣がなければ意味がない。


罠などの知識もなく、小型のモンスターに逃げられる毎日。


ここで、大型の災害モンスターに出会っていれば心折れたかも知れないが、幸か不幸か小型モンスターばかりと遭遇するユダは、いつしかこう思うようになって行った。


「くそ、どいつもこいつも俺に恐れを成してすぐに逃げ出しやがる!!」


力なき自分を認めず、その内苛立ちを酒で解消するようになった。


なけなしの金を酒と宿代で消費するだけの日々。


もう尽きかけた残金を増やすため、とうとう人間に手を出した。


酒に溺れたユダが唯一思い直す機会があったとすれば、このときだったのかも知れない。


財布を狙って襲った男に簡単に組み伏せられた。


相手は特別な天職ではない、漁師だった。


「くそっ、、酔ってさえいなければ!!」


あくまで自分が弱いと自覚できない彼も、残金は自覚できる。


何か上手い儲け話はないか?


そんな風に思いながら農業センターに立ち寄ったユダは、そこで公爵家が私兵団を緊急募集している事を知った。


「くかかッ!!やっぱり俺はツいてる!!」




訪れた先で先頭に立つ公爵嬢。


その横に控える、妙に立派な服を着た男。


従者でもないのに自然とそこにいる男は誰だ?


公爵嬢やその侍女と気楽に話すその男に、ユダはすぐに嫉妬の念を覚えた。


公爵嬢の横にある者と、雇われて下にある者。


両者の立場は明確だ。


(くそ、見下しやがって・・・テメエが何者だか知らねえが、見てろよ。・・・恥かかせてやる。)


そう思って近づくユダを、その男は全く相手にしなかった。


(・・・野郎っ!!)


とはいえ、こちらから殴りかかる訳にもいかない。


公爵嬢の目の届く場所、騎士の手の届く場所。


金はなく、報酬を貰えない、などといいう事態は避けなければならない。


ここで問題を起こすわけにはいかないと思える程度の分別があった。




(くそっ、くそっ、くそがっ!!)


泥水をかき混ぜながらユダは心の中で毒づいた。


(やってることが農場と変わんねえじゃねえかッ!!俺はこんなことするような人間じゃねえ!!世界を救い、崇められる英雄なんだ!!)


自分が勇者だといえば周りの態度は変わるだろうか?


ふと考えたがユダは首を振った。


いま天職を公開すれば、国は自分を採用するかも知れない。


忠実な部下として。


だが、ユダの野望は無駄に大きかった。


いつか神剣を手に入れ、騎士団ですら敵わぬ強敵を打ち倒し、英雄として国に迎えられる。


子供の頃から毎日妄想に明け暮れたユダは、いつの間にかそれが自分を待ち構えている未来だと本気で信じていた。


故にずっと天職は隠していた


(いつか、いつか必ず・・・!!)




泥を混ぜたユダに与えられた次の仕事は待機だ。


苛つきも頂点に達しようかと思ったそのとき、事態は動いた。


アルゲンタヴィス。


今回の獲物が地上に降りてきたのだ。


罠にはまった1羽目、仲間を助けに来た2羽目。


「総員、かかれぇええ!!」


号令に従い、自分が狩って力を見せつけてやると意気込んで走る。


異常に足の速い侍女に1羽目は持って行かれたが、次こそは!!


だが、そこにドラゴンが現れた。


流石のユダでも本能には逆らえない。


私兵団の者達と何の代わり映えもなく、只逃げ出した。




皆が散り散りに逃げていく。


後ろに誰もいないことに気付いたユダは結局逃げる事を諦め木の陰に隠れた。


ドラゴンをのぞき見る。


そして信じられないものを見た。


先に出会った立派な服の男が、ドラゴンを倒す瞬間を。


「お、お前は一体・・・。」




ユダはある意味で賢かったのだろう。


男の力が、技能でも何でもなく、その武器によるものだとすぐさま理解した。


報酬を貰えば私兵団は解散だ。


金を手に入れ、悠々と帰る道。


(なんとかアレを奪えれば・・・。)


ユダは男の力を手に入れようと考えていた。


ドラゴンすら倒せる力を自分が得る。


あの力で国に力を見せつけ、国の力を総動員して神剣を手に入れる。


自分の未来を紡ぐ物語が完成した。


決意を胸に空を見上げるユダの視界は、唐突に舞い上がり、黒く染まった。


『アホーーーーーー!!』


逃げたアルゲンタヴィスの最後の一羽。


上半身をつかまれ、投げられ、くちばしの中に放り込まれる。


ランドベルの森に逃げ帰る巨鳥の胃袋がユダの墓場だった。


こうして、勇者は誰も知ることなくこの世を去った。

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