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世間知らずの田舎娘が旅に出たら伝説の武器を探すことになりました!  作者: 壱百苑ライタ
第二章 シエルとシーザー
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少女とオカマと幸運



「わーん! 怖いよぉ!」

『大丈夫よエルピース! 私が付いてるわ!』

「やかましいわねぇ……」


 エルピース、アリス、ホークの一行はモース・ケイブを進んでいた。


「ここも数年前までは立派な街道だったんだから、雰囲気が怖いだけで何も出やしないわよ」

「数年前までってことは、数年前に何かあって廃れたってこと!?」


 「じゃあやっぱりおばけ出るじゃん」と憤慨してみせるエルピースに、アリスはあからさまに大きなため息を吐く。

 確かにほとんど使われなくなって、かつての街道は荒れていた。メイン街道だった頃には整備されていた看板や休憩所は物悲しげに薄汚れ、まるで廃墟と化した洞窟は輪をかけて陰気な雰囲気を醸している。


「何かあったとかじゃないわよ、二年前かしら? 国中の街道を一斉に整備した時に、技術革新により今まででは考えられないほど強固で巨大なマーレ大橋が渓谷に架けられた。今までは橋といえばあんたが壊したような吊り橋が主流だったんだけど、吊り橋はもちろん、メイン街道だったこの洞窟だって大きな荷車じゃ荷物を乗せて通り抜けられないでしょ? でも大橋が架かったことでそれが可能になって、あっちの通りがたちまちメイン街道よ。その結果港からの物資のやり取りは格段に楽になって、そうしたら貿易が盛んになって、困窮していた食糧を他国から仕入れることが出来るようになって……」


 エルピースの表情が固まっているのを確認し、アリスはもう何回目かの溜息を盛大に吐き出すと「私が悪かった」とエルピースの頭を軽く叩いた。


「それにしても、あんた何も知らないのね? よっぽどのど田舎育ちだってあれだけの飢饉だったんだから知らないなんて事ないでしょうに……それでいて古代文字はスラスラ読めるし……ってそうだわ!」


 アリスが急に立ち止まったので、エルピースは繋がった腕で後ろに引かれ危なく転ぶところだった。


「アンタ、何で古代文字が読めるの?」


 態勢を戻したエルピースの目の前には、いかにも訝しげなアリスの顔があった。それに驚きつつ、今度はエルピースが不思議そうに眉を寄せる。


「文字はおじいちゃんに教わったよ。それに古代文字って言うけど……うちにはあの文字で書かれた本がたくさんあってよく読んでたし、むしろ何で皆読めないのか不思議だよ」


 開いた口が塞がらないとはこの事である。アリスは今までで一番間の抜けた顔で固まっている。


『話からすると、エルピースがサンジェルマンから教わったのは古代文字で、この国の人々はまだそれを解読していないみたいね』

「えぇ? そうなの?」


 エルピースの肩に乗っていたホークは『そのようよ』と反対側に立つアリスを嘴で示す。


『癪だけど、この男はよほど賢いようだしね。国から我々ワルキューレの探索を命じられているくらいだもの、そういった事に最も精通していると判断して良いと思うわ』


 ホークの話にエルピースが頷いていると、アリスは急に歩き出し引かれたエルピースも慌ててそれに続いた。


「ちょっとアリス! 一声掛けてよ!」

「アンタのそのおじいちゃんってのは何者なの?」


 エルピースの言葉など爽快に無視をして、前方を見据えたままアリスは問うた。


「えぇ? 普通のおじいちゃんだよ……ただ、世界中をいつも旅してたからほとんど家にはいなかったな……その代わり、いつもたくさんお土産とお土産話を持って帰って来てくれた!」


 そこまで話して、エルピースは不意に真剣な顔色になり呟く。


「だけど、この国が飢饉だったなんて……知らなかった……」


 沈黙が降りる。アリスはエルピースの話を聞いて一人何か考え込んでいるようだった。エルピースもまた、その様子を何も言わず見守る。


「あんたのおじいちゃんって……」


 そして、アリスがようやくエルピースの方を向いて声を出したと思ったら、今度は急に縄を引いてエルピースを自分より後ろに下がらせた。


「アリス?」


 不思議に思っていると、アリスが見つめる前方にどこに隠れていたのか急に見るからに無頼漢と言った男たちが十人程だろうか、二人の行く手を阻むように立ち並んだ。


「どうもどうもお二人さん。ここを通るなら通行料を払ってもらってるんだよねぇ」


 男たちは皆、一様に武器を持っている。ニヤニヤと嫌らしい顔でこちらを見下しているようだ。

 しかしこちらも負けてはいなかった。

 アリスは何とも余裕の笑みを浮かべると、腕を組んでこれでもかというほど踏ん反り返ってみせた。


「よりにも寄って不細工ばっかりじゃない」


 悠然と、長い髪をふわりと手で靡かせながら男たちを見下す姿は、何とも堂々たるもので、その余りの態度に男たちの過半数が思わず気圧される。


「街に着いたら駐在の奴らしごき倒してやらなきゃねぇ、こんな馬鹿共を野放しにしてるなんてさぁ?」


 アリスの言葉に一瞬気を取られていた男どもだったが、ハッとして「馬鹿にすんじゃねぇ!」と一斉に襲いかかって来た。

 ぐいと、手が繋がっている訳だからアリスの動きにエルピースも当然ながら引っ張られる。


「ひっ、ひいい!」


 多勢に無勢で襲いかかって来る男どもを、アリスはエルピースと繋がっている事など物ともせず、己の武器も使わず手だけで動きをいなし、相手の武器を奪い、頭やら何やらをぶん殴って応戦している。

 レイブンが恐れただけのことはある、アリスもまた、ほとんど一瞬で男たちを気絶させてしまった。


「馬鹿にしやがって!!」


 残り二人となったところで、今度はその二人は一斉に襲いかかって来たのだが。


「ちょっ私!?」

『エルピース!!』


 男の一人をアリスがいなしている間に、もう一人の男が明確にエルピースに向けて刃を振りかざした。

 小さくアリスの「しまった」という声が聞こえる。

 エルピースは逃げようとしたが、手が繋がっていることを忘れていた。体はぐいとアリスの重みで後ろに引かれる。

 もうだめだ、エルピースが思わず目を瞑った直後である。

 ズルリと何故だかそこに落ちていた布切れを踏んづけて、横転した。


「んな!?」


 グサリと、鈍い音がする。直後ドサリと襲いかかって来た男が二人同時に倒れる音が洞窟に響いた。

 エルピースは恐る恐る瞳を開ける。


「……あれ、刺さってない」

「でしょうね」


 自分のいたって無事な体を確認し、ホッとしていたエルピースの頭上から憎々しげな声。

 そう、転んだエルピースには凶刃は当たらなかった。代わりに、後ろに居たアリスの太ももに刺さったのである。


「……ごめんなさい!」


 太ももから流れる血に、エルピースは真っ青になった。それからオロオロと手当てに使えそうな布を探すが、見つからない。

 そうこうしている間にアリスは自分の付けていたスカーフをしゅるりと取ると、それで器用に自分で太ももを縛り、止血した。


「そんなに深い傷じゃ無いから死にやしないわよ。あのままだと確実にあんたの横っ腹がいかれてただろうし……私が慢心してたみたいね、悪かったわ」


 言いながらアリスは歩き出そうとしたが、やはり痛いのか微かに表情を歪めた。エルピースはそれを不安そうに見上げている。


「街に行けば手当てが出来るわ、でもこの足じゃさっき程は動けない……また同じような輩に襲われたら今度こそ無事は保証できないわ……街へ急ぎましょう」


 しかし、その一瞬だけだった。アリスはいつも通りにそう言ってみせると本当にいつも通りに歩き出す。

 エルピースも慌ててその歩調に合わせて歩き出したが、まだ血が滲み出して来るその傷に眉を顰める。


「私が転んだせいだよね」


 ポツリ、洞窟の出口に差し掛かった頃エルピースは呟いた。


「アリスの実力なら私を庇って無傷で二人共倒せたのに、私が馬鹿みたいに転んだから……」


 洞窟の外に出た。後は旧街道を少し歩けば港町に辿り着く。

 まだ光に慣れない目を細めながらアリスが見下ろしたエルピースは、何ともしみったれた今にも泣きそうな顔をしていた。


「勝手に被害妄想するんじゃないわよ、あいつらを馬鹿にしすぎてて油断したの。まさかあんたを襲うなんて賢いことするとは思わないじゃない? 私の悪い癖よ」

「そんなこと……!」


 歩き続けながら、少しだけ歩調が重いエルピースをぐいぐい引っ張りながらアリスは呆れた口調で言う。


「ご、ごめん!」


 自分が歩く邪魔をしていることに気づき、エルピースは慌てて早足になり、出来るだけアリスを気遣いながら歩くように徹した。


「私、強くなりたい……」


 そしてポツリと。


「旅を続けるなら、その方がいいかもね」

『エルピースは私が守るわ!』


 ホークがエルピースの頭の上に飛び乗りながら高らかに言った。それを聞いてエルピースは少し力なく微笑むと、アリスの方をじっと見つめる。


「アリスは優しいね」


 アリスは心底嫌そうな顔をした。

 その表情を気にした様子もなく、エルピースの歩調が早くなる。


「ちょっと!」

「あと少しで街に着く! 早く手当てしよう!」


 傾斜が続く草原の道を、眼下に港町を捉えながら二人は繋がった手を外すことなく下って行った。



アリスは結構強いです。

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