砦と温室と十字架
「なぁオカマ」
「その呼び方やめなさい、お兄様とお呼び」
「……じゃあ、アリス」
警備の目を掻い潜り、明かりも無い石畳をアリスとシーザーはこそこそと歩いていた。
「さっきから何を探してるんだ?」
「ん~? 証拠よ証拠」
まるで迷路のような砦を敵兵の気配を巧みに探り、死角を使って鮮やかに進んでいく。その身のこなしはとても貴族のようには見えないが、そういえばこの男、軍人でもあったなと思い至る。
「あら、遂に本館の中庭まで来たみたいね」
城壁内、階段を登ったり降りたり、細すぎる道なき道を辿ったり、複雑に入り組んだ敷地内を遠回りして、辿り着いたのはいかにも貴族らしく噴水と緑で美化された広い中庭だった。
「おい、アリス、あそこ」
「……行ってみましょうか」
二人はその広い中庭の一角にある大きな温室を見つけると、回廊を巡回する衛兵から花壇や植物で身を隠しながらそこに向かう。
中に勝手に入って見れば、様々な種類の植物や装飾品、彫像などが所狭しと飾られたまさに貿易商の贅を尽くしたような温室だった。そこに月明りが差し込んで、それらのものを幻想的に浮かび上がらせる。
「あらぁ、すごい。これは南の方にしか咲かない花だわ。それに東方の樹木まで」
極彩色の大きな花に、薄紅色の花弁が無数に舞い散る美しい木。温室の真ん中には蓮の花が咲く池まで作られている。
「何か、気味が悪いな」
「そうねぇ……あら?」
アリスは池の後方に石で出来た十字架を見つけ、そちらに歩を進める。それは墓だろうか、かなり古い物のようで朽ちて所々が崩れている。それは贅を尽くしたこの場所で、ひとつだけ余りにも場違いな有様だ。アリスはまじまじとそれを観察し始める。
シーザーは首を傾げていたが、アリスがしゃがみこみ地面を凝視し始めたのを不審そうに見つめる。
「何してんだよアリス、頭おかしくしたか?」
「本当、失礼なガキね。見つけたわよ」
服に付いた埃を払いながら立ち上がると、アリスはその十字架を急に回し始めた。そして十字架がちょうど真横を向いたと同時、何やら水がさざめく音が響き出す。
「……何だ?」
「十字架、背く、眠る。古代語でそう書かれてた、そして十字架の地面に明らかに動かした跡が付いていた。見てご覧なさい」
アリスの示す方を見れば、急に池の水がなくなったかと思うと、そこにぽっかりと大きな穴が開き、地下へ続く巨大な螺旋階段が現れる。
シーザーが口を開けて呆気に取られているのに対し、アリスはヒラリ階段を降りると「ちょっとここで見張ってて頂戴」と一人暗闇を降りて行ってしまった。
「あ、おい!」
シーザーは言われるまま、とりあえずそこで見張りをする事にした。その間、何となく階段を覗き込めば、陰気でどこまでも続いていそうなその階段に少しだけ恐怖を感じ、生唾を吞み込む。そうこうしていると、アリスはひょっこりと戻って来た。
「こりゃ深すぎてキリが無いわ、さて……戻るわよ」
「はぁ? 戻るって……」
文句を言いたそうなシーザーに見向きもせず、アリスは階段から出るとさっさと十字架を元の向きに戻した。すると穴は塞がり水が戻り、元通り池が現れる。
「これは古代遺跡だわ……全く、あの子爵……飛んだ食わせ者ね」
アリスはそれだけ言うと、颯爽と歩き出し温室を出る。
その後ろ姿を慌てて追いかけて、シーザーは「おい! なぁ!」と必死に呼びかけた。
だがしかし、アリスは一言も発せずただ堂々と中庭を歩いて行く。
「なぁ、見つかっちまうぞ? おい!」
「あ、すみませーん」
来た時とは大違いで、自分の身を隠す事もせず歩くアリスにシーザーは混乱する。だがそんなシーザーの心配など気にも留めず、あろうことかアリスは自分から近くを巡回していた衛兵に声をかけた。
瞬間シーザーの顔が青褪める。その様子をアリスは面白そうに横目で見やった。
「貴方は……貴賓のアルセーヌ公爵とお見受けします」
「そうなのよ~。ねぇ、この子私の連れ何だけどさぁ、お手洗いに行きたいのに見つからなくってもうほら青褪めちゃって。ここって広くて迷路みたいね~案内お願い出来る?」
「はぁ……何故こんなところに」
「それはこっちが聞きたいわよ、こいつ慌ててトイレに走って行ったから迷っちゃってさ」
堂々と、スラスラと。
衛兵もここまで堂々とされてはこれ以上詮索し難いようで、大人しく「こちらへ」と案内を始めた。
ポカンとしているシーザーに、アリスが笑顔でウインクをしてみせるのを見て、シーザーは心底、感嘆か唖然か……大きなため息を吐いたのだった。
ちょろい。




