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プロローグ





 いつもと変わらない朝が来る。

 生きているだけで腹が減る。

 だからエルピースは今日も昨日と同じパンとミルクと野菜のスープを口に入れる。

 味のしないそれはざらりと口の中で砂のように鳴った。


 待てど暮らせど一人だった。

 野菜を作りパンを作り家畜からミルクを貰う。全て一人で出来る、まだ帰らぬ人を待って幾日も幾日も夜を越えた。

 けれども待ち人は現れない。


 気が付けば五年。


 世界で一番大切な人が居なくなった日。

 探しに行くことも出来なかった臆病な自分。

 けれどもう違う、準備は整えた。

 野菜を作りパンを作りミルクを貰い、山小屋から麓の町へ降りそれを売るようになった。

 山から降りたこともなかった、山小屋と山が世界の全てだった。

 初めて降りた山は何てことは無かった。

 初めて見た町はただ手段でしかなかった。


 大切な人がいなくなって、世界は輝きを失った。

 もがく、もがく、もがく。


 毎日悪夢に魘されて目覚める。


 地図を買った、旅支度は揃った。


 太陽が昇る、月が昇る。


 やがて少女は決意する。


「ブリュンヒルデ……待っていて、必ず見つけてみせるから」


 もうここへは戻らない、大好きな貴方を見つけるまでは。


 孤独な日々。

 澱のように心に沈むそれは重く重くずっしりと、苦しくて苦しくて悲しくて悲しくて、泣いて泣いて、蹲って。

 それでもやがて痛みは鈍くなり人は立ち上がり日々の営みは続く。

 それが何よりも寂しくて淋しくて隙間風は心を吹き抜けていく。


 だから、どんな事があっても、見つけ出す。


 それが決意、この家を出る決意、たった一人、世界へ足を踏み出す決意。


 世界を変える、決意。



 少年はやがて青年になった。


 何故逃げたのか、何故生きるのか。

 殺して来たのに、殺したのに。


 手が震えた、心は動かないのに。

 心など無いのに、毎夜悪夢で目が覚める。


 殺して来たのだ、ずっとずっと。

 人を、自分を、心を、全てを。


 それなのに、殺して気付いた。


 人に、自分に、心に、全てに。


 皮肉だろう、絶望だろう。

 死なないから生きている、この人生は惰性だろう。


 あの日からずっと、変わらぬ自分。

 ただ生きて、生きて、生きて。


 手が震える、心臓から砂を吐くような気持ちになる。何も無いのに口の中がザラザラと気持ちが悪い、鉄の味が鼻を抜ける。


 殺せなくなった、人も、心も、自分も、全てを。


 何の為に生きるのか。

 何の為に生まれたのか。

 何の為に此処に在るのか。


 救われたのだと気付いたのはずっと後のこと。


 五年の月日はただの子供を大人にするには十分だった。


 砂の中をもがき続けるが如く。

 暗闇に覆われて進むが如く。

 重い重い、空気の底に沈むが如く。


 それなのに。


 伸ばされた手は、全てを穿ち天に届いた。


 死神と、その少年は言っただろうか。


 それはたいそうな事だ。

 それでもその伸ばされた手は確かに自分に向けられて、自分に届いている。


「死神に願い事か……」


 それは、たいそうな事だと、青年は思った。




 


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