3-1:ケイトの記憶②
「だいじょぶか? 余計なお世話かもだけど、さすがにその装備で三層は――」
エリア11の洞窟で、凡ミスからクリーチャーに囲まれてちょっとピンチになったところで、日本人らしき男性プレイヤーに助けられた。
訊かれてもいないのにノブと名乗ったその男は、ケイトが礼を告げてもなぜか離れようとしなかった。「どうしてついてくるの?」と尋ねると、「ダンジョンを出るまで付き合うよ」と答えになっていない答えを口にした。
見返りを求めているのかと思って、これでチャラになるならと、人気のないところに連れ込んでみた。彼はとたんに狼狽し、固辞した。
「そそそそんなつもりじゃねーし! ししししたくないわけじゃねーけど! でもでもでも、女の子はそういうの大事にしたほうがいいって!」
日本語交じりのしどろもどろの英語でそう言って、彼女に上着をかけた。
「こないだもさ、エリア6で一人で倒れてたやつがいて。俺とそんなに年変わらないやつだと思うけど、【フェニックス】切らしてたから駐屯地の診療所まで運んでやったんだ。やっぱソロってのは助け合いだと思うんだよね」
話を聞いている限り、その仕草や表情を見る限り、彼になにか腹蔵があるようには思えなかった。ただのお人好しのようだ、この牧歌的な国にありがちな。
「これもなにかの縁だしさ、俺と一緒にやらね? 俺もソロだし、最近ちょっとしんどいなって思いはじめてたとこだし。俺レベル3だから、二人なら三層でも余裕だと思うぜ?」
思いもよらない提案だった。少しだけ考えて、彼女はそれを了承した。同胞以外のプレイヤーとの過度な接触と干渉は原則禁止されていたので、ダンジョン外では会わない連絡をとらない、自分の存在を誰にも話さないことを条件に。
同胞たちとのチーム結成を拒否して、一定の成果を収めることを条件に一人で潜ってきた。
自由にダンジョンを冒険したい。ずっとそれだけが彼女の望みであり、生きがいだった。
なんの価値も見出だせない、クソ溜めみたいな人生だけど、ダンジョンにいるときだけは心が安らげた。冒険をしているときだけ「私は生きている」と思えた。目に入る景色をいちいち美しいと思えた。死に一番近い場所、だからかもしれないけれど。
これ以上、国のやつらに縛られたくない。ここで自分のためだけに生きていきたい。そのために、だから、このノブという男を利用しようと思った。
自分よりもレベルの高いこのお人好しな日本人を利用して、シリンジを何本か手に入れられれば、今よりもさらに自由な立場を築くことができる。用が済めば関係を断てばいい。それまでの体のいい道具、捨て駒だ。
「私はケイト。よろしくね、ノブ」
だけど、予想外だった。
ノブとの冒険は、一人でするそれよりも遥かに楽しく、心躍るものだった。
三月に出会い、非公式のチームとして活動を始めた。
四月、週に一・二回、予定を合わせて一緒にダンジョンを探索するのが二人のペースになった。
五月、お互いのことを知る機会が多くなった。ノブは訊かれてもいないのに自分のことをよく話し、彼女もぽつぽつと自分のことを打ち明けるようになった。
「チェーゴ共和国ってどんなとこ? ウィキプリオで見たけど、難しくてわかんなかった」
「ネットのとおりよ。政治的混乱ばっかり続いてる小さな国。金も力もないし、経済も教育もこの国とは比較にならないほどひどい」
「そっか……ケイトはなんでプレイヤーになろうと思ったの?」
「そう決められたの。国に」
「どういうこと?」
「他にも同胞が何十人かいて、ダンジョンのアイテムなんかを国に献上するのが仕事」
「なるほど、公務員的な感じだな」
「いや……奴隷って感じかな」
六月、何度か死にそうな危険を乗り越えて、過去最高の稼ぎを出すことができた。ノブと同行して稼いできたこれまでの功績と合わせて、かなり自由なダンジョン内での活動が認められるようになった。
七月、ほぼ毎日のようにノブと一緒にすごした。彼は家族がいるのできちんと地上に戻っていたが、彼女はダンジョンに寝泊まりすることが多くなっていた。
「同胞? 仲間? のとこに戻らなくていいのか?」
「あいつらのことは仲間だなんて思ってない。ただ一緒にクソ溜めの中に放り込まれただけ。クソがクソを仲間だと思っても惨めなだけ」
「ケイトみたいな美人さんがクソを連発はどうかと思うよ」
「誰も上に逆らおうとしない。死んだような目で金を稼いで、女王アリに運ぶだけ。装備もアビリティもろくにないから死ぬやつもいる、でも悲しんでる暇も余裕もない。そこらへんのアンデッドと変わらない」
「悪く思わないでほしいんだけど、ケイトも最初はそんな感じがした。ほっといたら死んじゃいそうって。だから……ほっとけなくて、一緒にやらないかって。余計なお世話だったかもだけど」
ノブはケイトとは真逆の人間だった。人懐っこくて誰とでも和やかにコミュニケーションがとれて、柔和な顔つきに似合わず強引で大雑把なところもあり、かと思えばナイーブでかたい面もあった。
日本人の両親から米国で生まれ、八歳で帰国、高校を数カ月で中退し、十六歳でプレイヤーになった(彼女の一年先輩だ)。今はレベル3、元々は槍を使っていたが両刃の剣に切り替え、その腕前は彼女の目にもなかなかだった。
「ノブは人付き合いが苦手ってわけでもないのに、どうしてソロでやってたの?」
「前はチームでやってたんだけど、レベル3に上がってから独立したんだ。金が必要だったからね。チームだとどうしても分け前が減るだろ? ソロはリスクもあるけどさ、一人で二層か三層あたりでせこせこ稼ぐのがコスパ的にもいいし」
「どうして? 日本ってそんな貧乏な国じゃないでしょ?」
「親父は商社で働いてたんだけど、リストラと病気が重なっちゃって、俺が家計を支えるしかなくなったんだ。プレイヤーを選んだのは面白そうだし儲かりそうだしって感じだったけど、おかげさまでこうしてそこそこ稼げてるしね」
「そんな状況なのに、見ず知らずの女の子の世話までするって、あんたバカなの? 日本人ってみんなそんなお人好しなの?」
「親父ももう退院したし、多少は余裕あったからね。それに、みんなかどうか知らないけど、そりゃ俺も男だからさ。こんな可愛い子ほっといたらバチ当たるじゃん?」
そんな風に言われて、どんな顔をしたらいいのか。彼女はそんな知識も経験も持ち合わせていなかった。




