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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
3章:異世界を望む少女はダンジョンに生きた
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2-3:フラグなんてないさ

 〝さうろんちゃんねる〟で語られたイベントの概要は、サウロンの言葉を借りればこういうことだ。


『イベントフロア〝ヨフゥ〟を冒険し、頂点捕食者を狩れ』。


 この無駄に広いヨフゥには、地球上やダンジョン内の他のフロアにはない多様な動植物や希少な資源が存在している。プレイヤーにとって貴重なお宝(アイテム)も眠っているらしい。


 その探索を阻むのが、頂点捕食者という特殊なクリーチャー。

 文字どおりこのフロアの生態系ピラミッドの頂点に位置する肉食獣で、獰猛で凶暴、迷惑なことに人間の肉が大好きだという。


 この頂点捕食者を狩ることとフロアを探索することがイベントの趣旨らしいが、サウロンは嘘か本当か、こんなストーリーも付け加えていた。


『頂点捕食者は、地上のあらゆる生き物を根絶やしにする勢いで、その勢力を拡大し続けている。ヨフゥの生態系を守れるのは君たちしかいない、頼むぞプレイヤー!』


 まさにソシャゲにありがちなとってつけたようなストーリー。なのにネットの書き込みを見ると概ね肯定されていたりする。ノリがいいというか、見え見えでもこういう胸熱なベタ展開がみんな好きというか。


 というわけで、プレイヤーのツブヤイターやインステグラムを見る限り、今月は多くのプレイヤーが頂点捕食者の狩猟を念頭に行動するつもりらしい。「イベントに備えて大型の武器を発注なう、間に合うかなー」なんていうツイートも目についた。


 慎重と臆病をモットーとする千影としては、まずは出入り口付近でその頂点捕食者の強さとイベントフロアのおいしさをチェック。リスクが高いようなら近場でせこせことアイテムの回収に勤しむか、早めに見切りをつけて通常のダンジョンに戻る、という腹づもりでいる。口に出したら「ヘタレ極まってるわー」とか言われそうなので誰にも言わない。


 むしろ心配なのは、対クリーチャーには千影の倍以上のビビリ度を誇るギンチョ。彼女が耐えられそうになければ無理はしないように――などと考えている千影をよそに、ギンチョはいそいそとリュックを漁り、準備を始めている。


「やる気満々だね、ギンチョ」

「はう! がんばります!」


 まずは新しいヘッドギア。先月買い与えたものは既成品だったが、今回はもう少し性能をよくした特注品だ(カラーはジャージに合わせたオレンジ色)。髪を短くしたので少しだけ大きめになっている。かぶるときに「むふっ!」、顎のベルトを留めるときに「ふむっ!」と気合を入れている。


 ちなみに古田詩織から「こっちのが絶対可愛いよう!」などとゴリ押しされたせいで猫耳がついている。性能的にはなんのメリットもない、それでいて一万円上乗せになったので正直納得していない。


 それから腰には千影の〝えうれか〟に似たポーチを帯びている。中には投擲用カプセルが詰まっている。サムライ・アーマー製の戦闘補助装備。〝えうれか〟と同じ担当者がささっとつくった(というかただのポーチに既製品のカプセルを突っ込んだだけ)ので、名前も似ている。〝ながれぼし〟。米か。


 ギンチョは特にこれがお気に入りのようだ。彼女が初めて装備する()()だから。


「この一週間、いっぱい練習したもんな(ガチャガチャのカプセルで投げる練習)」


 ちなみに本物のカプセルは一つあたり数千円から一万円。無駄玉厳禁を言い渡してある。


「はう! じゅんびばっちりです!」

「とはいえ、ギンチョは荷物持ち(ポーター)だし、無理して戦いに加わらなくてもいいからさ。投げるときは慎重に、間違っても焦って僕に当てたりするなよ?」


 冗談めかして言ったものの、別に変なフラグを立てたつもりはない。真面目な話、現実の世界にそんなシステムはない。ないはずだ。



 当然ながら、ヨフゥの地図はまだ公開されていない。周辺情報だけでもD庁公式にアップされるのは数日後だろう。


 どこになにがあるのかわからない。千影もヘッドギアをかぶりつつ、とりあえずあたりを見渡せる手頃な丘をめざしてみることにする。


 あたりにはクリーチャーと呼ぶほどでもない無害そうな虫や小動物が多く見かけられる。だいぶ自然豊か、というか賑やかだ。草陰から赤っぽいバッタが目の前に飛び出してきたり、足の生えたマトリョーシカみたいな謎の生き物がてくてく散歩していたり、三十センチくらいありそうな毛虫が地面を這っていてびっくりする。というかギンチョがきっちり悲鳴をあげる。「ぎゃわっ! びっぐなけむし! きしょしょ!」。


 前方になにか土埃が舞っている。黒い巨大なやつもいるし、その周りに人影もある。さっそく戦っている。


 ていうか、これが頂点捕食者? ちょ、でかくね?

 数十メートルまで近づいてみると、その大きさがよくわかる。いったん手頃な木の陰に隠れ、そいつと数人のプレイヤーとの戦いを見守ることにする。


「はわわ……びっぐ……びっぐなとかげ()()()……」


 大きな声を出さないだけありがたいが、案の定ギンチョはビビっている。とはいえこれは正直しかたがない。


 千影が戦ってきた中で一番大きなクリーチャーは、おそらくこないだの赤羽テロのときのポルトガルマンモスだろう。二本足で立ったときの体長は八メートルはあった。


 目の前の黒いトカゲ――というかワニ? 竜? 恐竜? みたいなクリーチャーは、四足歩行だから単純比較は難しいが、おそらく尻尾含めて十メートル以上はありそうだ。黒い外殻――つやつやしたかたそうな皮膚に覆われ、肘や尻尾にトゲつきのトサカがあり、顔は見るからに凶暴で子どもが見たら泣くやつだ。


 サウロン曰く、頂点捕食者の形態というか種族は多岐に渡り、大きさも強さも異なるらしい。全部に共通する特徴としては黒くて強固な外殻を持っているらしい。

 目の前のこいつはどれくらいのランクだろう? これでザコクラスだったら即時撤退。


 黒ワニを囲うようにして応戦しているのは、四人の男性プレイヤーだ。それぞれ剣鉈や戦斧といった武器でちまちまと外殻を削っているが、敵の勢いや戦意が衰える様子はない。


 動きを見る限り、メンバーはおそらくレベル1か2。クリーチャーのほうは――ぜいぜい3といったところか。注意深く観察すると、攻撃のパターンは尻尾の振り回しと噛みつきと、あとは前足でのスタンプくらいしかない。なにか吐いたり飛ばしたりもしないし、動作もそこまで速くない。


 ただし、あの外殻が気になる。どれくらいかたいのだろう。その想定レベル以上のかたさとタフさなら、彼らでは仕留めきれない可能性がある。つーかうわ、一人尻尾くらった。吹っ飛んだ。


 このままだと、もしかしたら人死にが出るかも。このまま見すごすのもアレかも。


「……ギンチョ、ちょっと手伝ってくる。ここで待ってる?」


 首を横に振るギンチョ。泣きそうな顔を見れば無理しているのはわかる。

 だけどこれは、イベントの初戦であり、ギンチョにとっては特訓の成果を見せる初陣であり、二人が正式にチームを組んでからの初陣だ。二人で行くのがいいかもしれない。


「じゃあ、一緒に行こう。僕の後ろで少し距離をとって、お前の判断でアイテムを投げていいから。よろしくね」

「はう!」


 もう一度頭の中で繰り返す。フラグなんてないさ、フラグなんて嘘さ。

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