1-3:リスタート
千影が最初に買った武器は剣鉈で、その後は刀にこだわってやってきた。特に深い理由はない、単純にカッコよくて使いやすそうだったから。実際は慣れるまでに時間がかかったものの、今では形状を自由にプログラムできる〝えうれか〟でもメインウェポンとして刀を採用している。
刀の扱いについて、誰かに師事したわけでもない。素振りと実戦だけでひたすら磨いてきたなんちゃって剣法だ。同じレベルでその専門的な技術を習得した者が相手となれば、それこそ【ムゲン】でもないと太刀打ちできない。
ましてや、目の前にいる〝剣匠〟よしきは確かレベル5。ダンジョン情報のニュースサイトによれば「その刀捌きは当代随一」と高レベルプレイヤーからも一目置かれる存在だとか。
はっきり言って敵うわけがない。勝敗だけを見るならやるだけ無駄だ。
でも、「稽古じゃ」とこの人は言った。孫娘のお礼か明智の進言か、たぶん両方の理由で千影に力を貸してくれるみたいだ。断る理由はないし、人生の大先輩相手にはお言葉に甘えるのも人情だ。
「お願いしまs――」
すを言いきるより先に千影は飛びかかる。やるとなれば卑怯結構、姑息上等。これが早川千影の全力。
完全に虚をついた――はずの袈裟斬りは、半歩ほど横にずれたよしきにかすりもせず、その上から竹刀を添えるように押しつけられる。
「うぇっ――?」
そのままよしきは切っ先を上げ、千影の喉に突きつける。一本、勝負あり。
驚きも感心も抱く間もなく終わってしまった。千影自身も、横で見ていたギンチョとあきも、ぽかんと口を開けるばかりだ。
「一本じゃの」よしきは眠そうに目をしぱしぱさせる。「なるほど、筋ゃは悪くなさそうじゃ。卑怯千万は新陰流――いやさ、新善流の十八番じゃからの。十本勝負、わしから一本でもとれたりゃ皆伝くれてやるじゃ」
別にほしくもなかったが、結果から言うともらえずに終わる。
二本目以降は運動量と小賢しさにものを言わせ、動き回ったりフェイントかけたり、とにかくこれまで培ってきたものをすべてぶつけた。それでもその爪先にさえ届かなかった。
自宅に戻り、ギンチョが風呂に入っている間、千影は居間の床に寝そべって天井を眺める。そこによしきの動きを描いてみる。
無駄な動きがなかった。いや、千影に相手を動かすほどの動きができていなかっただけかもしれないけど、たぶんそこが肝ではなく。
なんというか、ずっと中心を抑えられていた。抽象的な物言いだが、それがニュアンスとして近い気がする。
その切っ先で、視線で、姿勢で、常にこちらの身体の中心を捉えていた。だからこちらの攻撃はすべていなされ、かわされ、抑えられた。
きっとレベルが同じでも、あるいは千影のほうが上だったとしても、結果は同じだっただろう。少なくとも剣術のみの勝負では、あるいは【ムゲン】なしでは――。
「すきるがなくなったのは確かに痛手じゃったかもしれんじゃがの」
十本勝負を終えたあと、よしきが言っていた。手ぬぐいで軽く汗を拭きながら。
「それがお前さんのすべてじゃないのは、手合わせしてみてわかったがじゃ。お前さんの中には、きちんとこれまでが生きとる。焦らんでもな、若いんじゃから、一歩ずつやれることを増やしていきゃええんじゃわ。新善流を習いたくなったらまた来んじゃい。月謝は一月十万じゃ」
たけえ。相場とか知らないけど絶対たけえ。
ともあれ、そんなこんなで、おかげさまというか。
なぜか今は、なんとなく胸がすっきりしている。身体にのしかかっていた重しのようなものが小さくなった気がする。
なにができるかを考え、なにをしたいのかを選ぶ。
そう決めたはずだったけど、少し慎重になりすぎて、というかビビりすぎて、そのままがんじがらめになっていた。
「……まあ、ぼちぼちやるしかないよな」
座り直し、腰を伸ばす。
そうだ、プレイヤーを続けると決めた。ギンチョと二人で。
だったらいい加減、仕事に出なくちゃいけない。稼がなきゃいけない。節約メニューとか考えるのもよくよく面倒になってきていた。
やれることをやれる範囲で、地道に、こつこつ。そうして積み上げていく。少しずつやれることを増や
していく。そうしたらいつか、失ったスキル以上のものを手に入れられるかもしれない。
かもしれない? マジで? いや、難しい気もするけど。
ああ、いつまでも未練たらたら、弱音ぐちぐち、素直に前を向けない性格ですんません――。
「ちーさん、ちーさん!」
ギンチョがどたどたと居間に駆け戻ってくる。下に響くから走らないでほしい。
「すごいです、シャンプーちょっとであわがぶくぶく! シャンプーせつやく!」
「そりゃそうだろ。ってかちゃんと乾かしてないじゃん」
「だいじょぶです、これならすぐかわくです」
千影は苦笑して、少し水気の残る頭を撫でてやる。
近いうちにギンチョをダンジョンに誘ってみよう。たぶん喜ぶと思う、久々の冒険だから。あ、でもその前に装備をとりに行かないと。
そのまま居間にちょこんと腰を下ろしたギンチョに、冷たい牛乳を持っていく。ちゃぶ台にマグカップを置いたとき、あ、と彼女が声をあげる。
「ん?」
「〝さうろんちゃんねる〟、あたらしいどうががきました」
ギンチョのタブレットを覗き込む。更新日時が数時間前の動画がアップされている。
「ダンジョンのアップデート……新規イベント……」
病院で聞いたやつか。マジでやるのか。
首をかしげるギンチョの横から、千影は動画のサムネイルをタップしてみる。
あのぺらっぺらに軽いサウロンの、重たい挨拶から動画は始まる。




