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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
1章:怪獣娘にかける言葉は決まっている
9/222

2-2:ひとつ屋根の下


9/2:一部、ギンチョと【ベリアル】に関する設定やセリフなどを修正しました。


 六月十九日、火曜日。


 目が覚めると部屋にチビっこがいる。


 居間のざぶとんにちょこんと座り、猫耳フードつきの寝巻というあざとい格好をして、タブレット端末を食い入るように見るチビっこ。


 千影は寝袋からもぞもぞと半身を出しつつ、ここはどこ、あなたは誰、と声なき声で問いかける。


「はう、おはようございます、おにーさん」


 気づいたチビっこがきちんと座り直し、ぺこりと頭を下げる。千影より礼儀正しい。


 おはようなんて言われたのは何年ぶりだろう。実家にいたときさえ、そんな挨拶はめったになかった。なんか気恥ずかしくなって、曖昧にうなずくことしかできない。


「あの、あの、ベッドをつかわせてもらって、すみませんでした。でも、なんかジャッキーみたいなにおいがして、なつかしいかんじがして、ぐっすりねれましたです」

「ジャッキー?」

「おともだちです。ドーベルマンの」


 綺麗好きなドッグであることを祈るしかない。


 きちんと片づけられた自室を見回して、昨日の記憶がだんだん戻ってくる。別に忘れていたわけではないが、逃避していた理性に現実が追いついてくる。


 高花ギンチョ。銀髪褐色というマンガからそのまま出てきたような女の子。公称日本人。

 身長百三十センチ。十月六日生まれ、九歳。身寄りはなし。

 ダンジョンプレイヤーとしての特例免許を交付されている。


   *


「簡単に説明すると、この子はとある人身売買組織の商品だった」


 昨日、明智はいきなりそんなことを打ち明けてきた。当の本人を横に座らせたまま。


「外国籍のプレイヤーを抱えた非合法組織で、あたしらが壊滅に追い込んだ。この子を確保したとき、胸くそ悪い話だが、すでにこの子は無理やりダンジョンウイルスを投与されていた。【ベリアル】、つまりこの子はこの年でレベル1になってしまったわけだ」

「こんなちっこい子が……【ベリアル】を……?」


 明智は少女を席から立つように促した。

 少女は少し照れくさそうにしていたが、ぐっと膝を曲げると、勢いよくジャンプした。小さな身体が三メートル近い高さにある吊り照明に手が届くほどまで到達し、「はわわっ」と自分でも慌てつつ、すとんっと綺麗に着地した。明智が満面の笑みで「よくできました」と褒め、ぐりぐりと頭を撫でた。


 マジか。いや、目の前で証明されれば信じるしかない。身体能力を劇的に増強するアビリティ、【ベリアル】の保持者だ。


「もしかして……【ベリアル】流出事件ってやつ……?」

「よく知ってんな、ってか免許講習で聞いたか」


 【ベリアル】はダンジョンプレイヤーにとって必要最低条件となるアビリティだ。免許を取得した人は必ず、まず最初にその入手をめざすことになる。ただしその入手方法はちょっと特殊で、一人のプレイヤーにつき一度しか入手することができないようになっている。


 四年ほど前のダンジョン・ゴールドラッシュの時期、D庁とIMODはこぞって大量のプレイヤーを登用した。その際、一部のプレイヤーによって入手した【ベリアル】が母国の要人や富裕層に横流しされる行為が多発した。いわゆる転売目的、あるいは最初から購入元の息のかかった人間による計画的な事件だった。


 一人につき一つ、手放せば二度と手に入らないという制約もあって、流出した本数自体は(公には)そう多くはなかった。とはいえ、一般社会や軍事的バランスへの影響を重く見た両組織は、【ベリアル】の売買や譲渡を全面的に禁止し、プレイヤー登用人数の制限と免許試験の厳重化などの措置をとり、不正が発覚した国や組織へは厳しい措置を課した。その甲斐もあってか、近年ではそういう事件はほとんど聞かれなくなっている。以上、講習のテキストより。


「この子の場合、横流しっていうより未成年者へのダンジョンウイルスの虐待的強制投与、あるいは人身売買目的の投与のケースだね。そういうケースだと【ロキ】や【テング】なんかの五感強化や【ネコマタ】なんかの亜人化が使用されることが多いんだけど、【ベリアル】が使用されたのはあたしらが把握してる限り国内初の事例だね。その出処や【ベリアル】を選んだ動機については、今のところあたしらもわかってない」

「えっと……この子の親は……?」

「たぶん外国人だと思うけど、まだ見つかっていない。おそらく不法滞在者だろうけど、まだ日本にいる可能性も、あるいは存命である可能性も低いだろうね。つまりこの子は無戸籍、無国籍児だ。今は自治体の判断で戸籍と国籍が交付されている。高花という名字は、唯一この子に優しく接していたという組織員から拝借した。この子がそれがいいと言ったからだ」


 明智の同僚の女性がオレンジジュースをギンチョの前に置いた。「ありがとうございます」とギンチョは丁寧に礼を言い、ストローをちゅーちゅー吸った。


「本来なら児童養護施設に預けるところだが、なんせこの子は普通じゃない。レベル1、猛獣とも素手で渡り合える地上最強のチビっこだ。誠に遺憾ながら……ダンジョン法の規定のとおり、他の普通の子どもたちと同じ環境ですごさせるわけにはいかないと、そういう判断を下された」

「うーん……」


 なかなかひどい話な気がする。話に聞く限り、この子自身にはなんの落ち度もないのに。


「この子は自分の事情や能力を把握している。こう見えてあたしや君より頭のいい子だからね。その上で、この子は自分の状況を受け入れて、ダンジョンプレイヤーとして生きることを望んでいる。【ベリアル】所持者ということも鑑みて、特例免許制度を使用する形をとった。とは言うものの、特例免許者のダンジョン内活動にはレベル4以上のメンターが必要になるし、実際にこの子がプレイヤーとして適性があるのかどうかも不明だ」

「レベル4……」

「そう、だから君だ。まずは来月十六日まで、仮の保護者として面倒を見て、先輩のメンターとしてこの子と一緒に行動してほしい。そのあとのことについては、あたしたち大人が今頭をこねくり回して考えてるところだから。必要ならいくらでも手を貸すし、報酬もはずむ。ということで――よろしくね?」


 無数のツッコミどころに彩られた力説だったが、結局はなんだかんだ無理やり押しきられる形になって、今日の寝袋での目覚めに至る。


   *


 当の本人は今、千影の目の前で正座をして、こわばった顔を向けている。これから浴びせられるお説教に備えているかのように。千影にそんなつもりはないのに。


「あ、あの、おにーさん」

「へ?」

「き、きょうは、どこへいきますか?」

「どこへ……」

「な、な、なにをしますか?」


 そう尋ねられて、特に予定を考えていなかったことを思い出す。あのクエストが終わったら二・三日はゆっくりしようと思っていた。


「いや、えっと……とりあえず、朝メシ食おうか」


 いきなり、本当にいきなり思い知らされる。当然のこと。誰かと一緒にいるということは、勝手気ままでは済まないということを。


 備蓄のカップラーメンにお湯を注ぐ。千影にとっては気まずい三分が始まる――と思いきや、ギンチョは円錐形のカップを前に爛々と目を輝かせている。右に左にと首をかしげ、あらゆる角度からそれをまじまじと見つめている。


「ぎ、あ――」

「?」


 思わず呼びかけて思いとどまり、でもギンチョが顔を上げて千影のほうを向く。視線を受けて、あう、あう、さらに言葉が詰まる。


「あ、えっと……ぎ……ギンチョ……さん……」

「は、はう……?」


 情けない。こんな小さな子ども相手にまったくもって情けないけど、これが早川千影のコミュニケーション能力の現実だ。


「いや、その、カップラーメン、もしかして、初めて?」

「はう。はじめていただきます」


 今どきの子どもはそんなものなのか、それとも彼女の境遇や環境がそうだったのか。


「いや、その、ごめん……」

「え?」

「いや、えっと、明智さんにいいもの食わせなきゃお前を野菜と一緒に刻んで炒めるぞって言われてたから……昼は……スーパーでなにか買って……」

「あう、そんな」ギンチョは顔が残像を描く速度で首を振る。「おかまいなく、です。わたしなんて、れいぞうこのおくのぎょにくソーセージとなまごめでじゅうぶんです」


 どんだけへりくだんの。


「……とりあえずこれ、食べようか」


 三分後、ギンチョはおそるおそるふたを開ける。湯気に頬を染め、ほうほうとにおいを楽しんでなにかを納得し、ようやく割り箸を割る――が、力加減を誤ったのか、左側が半分くらいの長さで折れてしまっている。あう、と悲しげにうめく。


「まだあるから、割り箸」


 申し訳なさげに二本目を受けとると、今度は慎重に、花でも摘むみたいにそっと割り箸を割る。それを見届けて、千影も割り箸の袋を開ける。


「はふっ! はふっ! うまっ、うまし! しょーゆが、おくぶかい! このちいさいおにくのかたまり、なぞがふかまる!」

「食レポは食べてからでいいよ」


 ずるる、ずるる、と小気味よく音をたてて麺をすする。もちゃもちゃと幸せそうに咀嚼する。今どきこんなにもカップ麺をありがたげに食べる子どもがいるのか。そのままスープまでしっかり飲み干して、箸を置き、手を合わせる。そういう行儀も千影よりしっかりしている。


「はふー。ごちそうさまでした。おにーさん、とてもおいしかったです」

「それはよかった」

「コクがあって、パンチがあって、めくるめくしょうゆあじ。すきなあじでした」

「おいしいのはいいけど、昼はちゃんとしたものじゃないとね」

「……あの、おにーさん」

「ん?」


 ギンチョはまた座り直し、もじもじと指先をいじっている。


「あの、きょうは……ダンジョンにいかないですか……?」

「えっと……その予定だけど……」

「そうですか……」少し表情が陰る。「あしたは、あしたはいきますか?」

「えっと……ギンチョ……は……ダンジョンに行きたいの?」


 少し間があって、ギンチョはうなずく。千影は聞こえないようにため息をつく。


「あのさ……レベル1なら浅層でもだいじょぶかもだけど、危ないことに変わりはないし。子どもの遊び場じゃないんだよ」

「……あ……す……すみません……」

 うつむいて肩を震わせるギンチョ。

「どぅぁ! いや、別に怒ってないから! 泣かないで、泣いたら黒い悪魔が涙腺ごと目をくり抜きに――」


 なにか気をまぎらわせる方法はないか。「子ども  泣きそう  とめる」で検索したい――と、さっきまでギンチョが使っていたタブレット端末が目に入る。明智の私物を譲ってもらったものだと聞いた。


「そういえば、それ、えっと、さっきなに見てたの? なんか動画見てたっぽいけど……」

「あの……ダンジョンのどうがです……サウロンさんの……」

「ああ……〝さうろんちゃんねる〟か」

「おにーさんもみてるですか?」

「……まあね」


 一度だけ本人と会ったこともある。子どもの頃。八年も前のことだけど。


「せんげつのやつ、みなおしてべんきょうしてました」

「ああ……ダンジョンプレイヤーをめざす人向けの、入門編みたいな話だったっけ」

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