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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
2章:赤羽の英雄は主人公に向かない
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エピローグ-7

 タカハナが戻ってきて、ウーロン茶をくれる。ギンチョにはダイエットコーラだ。おそらくこのあと待ち受けるハイカロリーへの配慮と思われる。


 二人はこのままスーパー銭湯に向かうそうで、千影も一緒に病室まで降りようとする。でもその前に、奥のほうで手すりにもたれて景色を眺めている見知った顔を見つける。目が合うとひらひらと気だるげに手を振ってくる。


 千影は出入り口のところで二人と別れ、彼のほうに向かう。

 隣に並ぶと、「やあ、元気そうだね」とサウロンはにかっと笑う。


「もしかして……僕の見舞いとか……?」

「まあね、八年来の腐れ縁だからね。そしたらさ、君、可愛い幼女とイチャイチャしてんだもん。そりゃ思わず撮っちゃうよね。今度の動画でサウロン的文冬砲ぶっ放していい?」

「【イグニス】ぶっ放していい?」

「あの子がシヴィのクローンか。当たり前だけどそっくりだね」


 サウロンはさらりとそう言う。なんでもないことのように。


「まあ知ってますよね、そりゃ」

「あの子のことがネットに出たときに初めてね。D庁も全然情報くれないんだもん、こっちは長官と顔合わすたびに新ネタよこさんと解剖台行きだぞって脅されまくってんのに。あの子を生んだっていう極秘実験のことも、こないだようやく長官から聞いたとこだよ」

「サウロンとダンジョンは……ギンチョをどうするつもりですか?」

「どうって? どうもしないよ。彼女はもう君たちと同じこの星の人間で、君たちと同じプレイヤーなんだ。確かに遺伝子的には地球人とは多少異なるかもだけど、プレイヤーだって似たようなもんだし、今さら遺伝子差別? とかしないから安心して。鬼より怖い人権団体様に怒られちゃうからね」

「よかった」

「もちろん依怙贔屓したりもしないけどね。まあ、なにかあっても君が守ってあげるんでしょ、旦那様?」


 【アザゼル】でかためた腕を振りかぶる。あはは、あはは、と笑いながら逃げる宇宙人のおっさんと追いかけっこになり、年配の看護師にしかられる。


「あの子のメンターだって君の名前を目にしたとき、『どっかで聞いた憶えのある名前だなー、誰だったっけなー』くらいにしか思わなかった。まさかあのとき一緒に三郎食った少年だったとはね、思い出すのに時間がかかったよ。プレイヤーになっているとは想像もしてなかった」


 サウロンは手すりに背をもたれ、ぷらぷらと首を振る。


「いろいろとさー、この星に来てから想定が甘かったなーって反省しまくり。もっと純粋にダンジョンを楽しんでくれるかと思いきや、地上でのゴタゴタばっかり、駆け引きやズルや足の引っ張り合いばっかり。おまけにこんなに大きな事件まで起こって、僕も心が痛むよ。大和少年のせいってのは本音だけど、ダンジョンに一切責任がないかって言われるとね」

「心中お察しします」

「もう一つ予想外だったのは、君がプレイヤーになるのを選んだことかな。しかも結構がんばってるみたいだし」

「あー……どうですかね……レベル4になったけど、まだ中層とか全然怖いし……」

「謙遜するねえ。それでもあのカタフト……黒のエネヴォラを倒した〝赤羽の英雄〟ときたもんだ」

「一生ぶんの幸運と高レベルの二人と、あとあの子に助けられただけです。もう二度とエネヴォラはこりごりですね、マジで」

「うーむ、そう言うとフラグにしか聞こえないから、気をつけてとしか言えない」

「それな、ですね(言わなきゃよかった)」


 あの戦いで黒が言っていたことを確かめたい。でもきっと、サウロンは答えてくれないだろう。いつかの動画でも言っていた、答えは与えられるものではなくさがすものだと。


「にしてもさ、この星の人たちって、ダンジョンの最深層到達っていう冒険や名誉や未知への好奇心に興味なさすぎじゃね? 自国の繁栄、権力の渇望、欲得の成就、知識や技術の吸収、金稼ぎと生活の維持。みなさんそういうのばっかり気にして、ガチでがんばってるのって織田くんとか一部のプレイヤーだけじゃん」

「耳が痛い……」

「まあさ、ダンジョン側としても『クリアできなきゃ地球滅びますよ』的な、そういう強要的シチュエーションはできないし。ダンジョンを受け入れるも拒絶するも、地球人の自由意思に任せたかったんだよね。でもさ、じゃあここからダンジョン攻略はどんだけ進んでいくのかなって。トップを走ってた織田くんも残念なことになっちゃったし。ああ、人類が最深層に到達するまでに僕の毛髪はもつんだろうか」


 僕ががんばります、なんてことは口が裂けても言えないし、言うつもりもない。サウロンには申し訳ないが、自分もそういう野心のない現代っ子筆頭だ。どう転んだって時代を切り拓くようなヒーローにはなれない。サウロンの毛根にも無責任な励ましはできない。シャレじゃない。


「君はどう? これを機に、ポスト織田、ポスト〝ヘンジンセイ〟として最強と最深をめざしてみるとか。僕は案外、君に期待してるんだけどね」

「絶対無理……死んでも無理……」


 虎の子のスキルもなくなったし、今後の安全性を担保するためにレベルを上げていきたいし、新しいアビリティもほしいし。


 最強とか最深とか、そんな夢物語に興じている余裕はない。そういうのは直江とか福島とか、まだ見ぬ強豪プレイヤー様たちに全面的に任せたい。


「でもさ、黒のスキルがなくなってもさ。君はもっとかけがえのないものを得たわけじゃないか。世界にたった一人の大切な仲間をね! ドヤ!」


 なにも反応できずにいると、サウロンは少し悲しげな顔をする。


「……いやまあ、リアルな話さ。彼女のポテンシャルはすさまじいからね。いずれ君や織田くんを超えるようなプレイヤーに成長するかもね? 保証はしないけど」

「まあ……エネヴォラが仲間になったようなもんですもんね……」


 一人から二人になっということだけでも、やれることは少しずつ広がっていくだろう。


「だけど……そのぶん大変そうかも……」


 そうだ。その前にやらなきゃいけないことがたくさんある。


 退院、リハビリ、装備の修理と調整、【イグニス】を軸にした新しいスタイルの確立。レベルも上げたいしアビリティも増やしたい。それにギンチョとの連携の特訓、ギンチョの教育、より苛烈さを増すと思われるギンチョモンペへの対応。もう少し広い引っ越し先の確保、来月の貸付金の返済計画。いい加減寝袋生活からの脱却、夏だから賞味期限が近い調味料の刷新。ああもう、途中からどんどん悩みのスケールが小さくなっていく。


「まあ、先のことは置いといて、まずはしっかり身体を治して、来月のイベントに備えてもらうのがいいかもね」

「イベント?」

「あっやべ、フラゲ情報だった。まだ内緒ね、次の動画で発表するから」


 サウロンがフェンスに手をかけ、がしゃがしゃとよじ登る。足をじたばたとさせ、ふうふう息を切らしながら向こう側に行く。ちょ、ダメだよ、あの看護師さん鬼のような怖さだよ。見つかったら間違いなく解剖台行きだよ。


「ダンジョン暦九年、三人目のエネヴォラを倒し、ダンジョンと人の関係は新たな局面を迎えた。人や社会が変わるように、ダンジョンも新たに変わっていかなきゃいけない」

「はあ」

「というわけで、近日中にダンジョンは初のアップデートを実施する。Ver2.0。新たなスキルやアビリティ、新たなクリーチャー、新たなステージや仕掛け、さらには豪華アイテムもゲットできる期間限定イベント……ますます広がる赤羽ファイナルダンジョンの世界、乞うご期待!」

「めんどそう」

「はあ? なんで? 普通喜ぶところだよ? 全世界待望のアプデ情報だよ? ネトゲとかソシャゲならwktkが止まらなくなくない?」

「マップとかクリーチャーとか、これまでの攻略情報が変わったりしなきゃいいけど……」

「発想がもう若くないよね。ソシャゲ倦怠期入ったおっさんプレイヤーのそれだよね。それでもさ、さっきも言ったけど、僕は君に期待してるんだよ、早川千影くん」


 サウロンはししっと笑い、背中を見せる。屋上のへりに立つ。


「英雄じゃなくてもいい、ヒーローじゃなくてもいい。君の生き様を、意思を、ダンジョンに見せてくれ。以上、屋上からサウロンくんがお送りしました。この次も、サービスサービス!」


 手を広げ、その先へダイブする。


 マジか、と千影も慌ててフェンスによじ登って下を覗くが、案の定というべきか、下にぺちゃっとつぶれた宇宙人の姿はない。通行人も特になにごともなく下を歩いている。


 八年前を思い出す。瞬間移動能力? こういうところは本物の宇宙人なのか。というかどこかから飛び降りないとできないのか。アニメ映画のタイムリープJKかよ、よい子が真似したらどうすんの。


 フェンスの上で一人苦笑していると、看護師に見つかってしこたましかられる。そのまま千影はとぼとぼと出入り口のほうに歩きだす。


「……ダンジョン、アップデート……」


 なにが起こるんだろう。なにが待っているんだろう。


 少しだけ楽しみにしている自分に気づく。

 でも、少しだけだ。手放しで喜べないのが早川千影たる器の小ささだ。


 この先だいじょぶかな。不安は尽きない。

 まあ、なんとかなるか。そう思うしかない。一人じゃないし。


 まずは今、自分のすべきことをしよう。


 ――病室に戻り、替えのズボンをもらう。


 僕の冒険はそこからだ。


これで2章は終わりです。

1章から続いてここまでお付き合いいただきまして、本当にありがとうございます。


おかげさまで、最初の頃にくらべてたくさんの方にお読みいただけるようになってきました。

拙作の読者様お一人お一人に心より御礼申し上げます。

ブクマや評価が増えるたび、感想やレビューをいただくたび、「ありがたや」と画面の前で手を合わせて拝んでおります(リアルに)。



ここまでの評価、感想、レビューなどをいただけると大変嬉しいです。

よろしくお願いします。




というわけで、明日か明後日以降、準備ができ次第になりますが、3章を更新していく予定です。


千影とギンチョの物語は新しい展開を迎え、登場人物も増えて、ますます深化していくと思われます。


引き続きお付き合いいただけると幸いです。


よろしくお願いします!

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