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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
2章:赤羽の英雄は主人公に向かない
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エピローグ-2

 赤のエネヴォラ。その目撃証言はたった一例だけ、推定犠牲者数もまったく不明。確認されている七体のエネヴォラの中でも最も情報の少ない、実在するかどうかもわからないUMAみたいな存在だった。


 大和完介の供述によると、【フープ】のスキルは赤から()()()()()ものだという。千影と境遇は似ているが、大和の場合はむしろ共犯者に近いという。


「そもそもなんですけど……大和とエネヴォラは、ダンジョンの中でどうやって会ってたんですかね?」

「時系列的に要約すると、大和は半年前に赤と出くわして【フープ】をもらった。それをいろいろ試しているうちに、ダンジョンと地上をつなげることも可能だと気づき、クリーチャーを地上に転送する計画を思いついた。塔でデモンストレーションを行なっているところで偶然黒と会って、やつを加担させることを思いついた。地上にサルベージするのに再度落ち合ったことに関しては、黒から場所と時間を指示されたって」

「指示?」

「そう。『いついつ何層のあそこに来れば会える』って、そんな感じで黒と合流して、【フープ】で地上に出たって。大和も詳しくは聞いてないみたいだが、要するにエネヴォラは自身で出現時間と場所を設定しているか、それともあらかじめ決められたスケジュールに沿って動いているかってことみたい。バイトのシフトみたいな感覚かね」


 店長、日曜日にエリア6入ります。みたいな感覚で出てこられても困る。


「大和がもう少し詳しく聞いてればよかったんだけど、なんだかんだ信用されてなかったのかもね。ともあれ、エネヴォラ出現のパターンやメカニズムの解明につながる貴重な情報だ」

「ですね」

「もう一つ興味深いのは、どういう原理か知らんが、エネヴォラ同士はダンジョン内の同じ時間と場所に出現することができないらしい。だから赤は、自分でそれをやらなかったわけだ。それがほんとなら、同時に複数のエネヴォラを目撃した証言がなかったのも、単に生還者がいないってことだけじゃなさそうだ」


 確かに複数個体の同時出現の話は聞いたことがない。それもダンジョンが決めたルールなのだろうか。


「ともあれ、黒のエネヴォラとは別口で、赤は誰かの手を借りて地上に出てきていて、密かにテロ事件の成り行きを見守っていた。そして黒が死んだのを見届けたあと、あたしたちの部隊の前に乱入し、こうスーツをぶわっと膨らませて遺体を掴み、呆気にとられるあたしたちの前から逃走した。追いかけたけど追いつけなかった。まるでアメコミヒーローみたいにビルの上にぴょんぴょんジャンプして消えていった。今は公安課と捜査課が赤羽を中心に捜査中だが、手がかり一つ見つかっていない」


 すでにダンジョンに逃げ帰っているか、それともまだ地上のどこかにいるのか。


「あいつ自身の目的とか、黒と共闘しなかった理由とか、いろいろと不可解な点も残ってるが……とにかくお役所としては頭の痛いところだ。こうしている今も、やつは人間社会のどこかに紛れ込んでいるかもしれない。ぞっとする話だろ?」

「目的は……なんだったんですかね?」

「さあね。大和も赤についてはほとんど知らないらしい。わかってるのは中身が女だってことと、地上をめちゃくちゃにしてやりたいって欲望を彼女が受け入れてくれたって話だけ。大和の本性を見抜いた上で力を授けたってところかね」

「怖いっすね……」

「上の見解としては、黒ほどの破壊能力がないからこそ、自分でことを起こすような真似はしなかったんじゃないかって。とはいえ黒とは別の意味で、それ以上に厄介なやつには違いない。搦め手なんかやられたら、今の不安定なダンジョン周辺社会にどんだけ影響が出るか」

「それが目的とか……?」

「どうだろうね。考えすぎかもしれないし、ただの愉快犯かもしれないし。そのへんサウロンが教えてくれるといいんだけど、あいつ中身すっかすかに見えて、肝心なことになるとなんであんな口かたいのかね」


 サウロン、〝ダンジョンの意思(ウィル)〟、エネヴォラ。その因縁、思惑、確執。人類への憎悪。

 それらのどの答えにも、人類はまだ到達していない。


 いつかそのときが来るのだろうか? それまでに何度、あのような惨事を繰り返すことになるのだろうか?


 ぶっちゃけ、千影的には真実とかどうでもいい。ただひたすら、これ以上物騒な話は勘弁してもらいたいというだけだ。個人的にも社会的にも、村人Aとして平穏と現状維持を望むばかりだ。


「あ、んで……大和はどうなるんですか?」

「今は別の病院で治療と聴取を進めてる。さっきの話もそうだけど、不気味なくらい素直にぺらぺら自供してるって。なんか別に企んでなきゃいいんだけど」


 彼は今、どういう心境なのだろう。想像もつかない。最初から最後まで、彼のことは理解できたとは言いがたい。


「ちなみに、あんたと違って腕は片っぽとれたまま、接合手術も再生もしてやらんってことになってる。人権的にどうかって話も出たが、でなきゃあのタチの悪いスキルで脱走しましたなんてことになりかねんからね。あとなんか知らんけど、あんたに会いたがってるっぽい。今度ダンジョン土産でも持って冷やかしに行ったら?」

「発想が怖い」

「ともあれ、ダンジョン暦史上最低最悪の大惨事はこうして幕を下ろした。死者五十五人、うちD庁職員や警察などを含む公人要人四十人、一般プレイヤー十人。重軽傷者千人以上。ビル全壊十棟、破損二十棟以上、火災三十件以上、推定経済損失は数千億円規模」


 五十五人――多いけど、もっとたくさん亡くなっているかと思った。


「あれだけの大惨事で、民間人の犠牲者が五人に抑えられたのは不幸中の幸いだった。あんたを始め、そこら中にいたプレイヤーが身体を張ってくれた結果だね。武装してなかったやつもいたろうに、ありがたいことだよ。応急手当の講習も活かされたみたいで、そのへんは素直に称賛の声も多少あがってる」


 ポルトガルマンモスを倒したときの歓声を思い出す。照れてキモ顔になりそうなのですぐにやめる。


「……てか、D庁は今後どうなるんですかね……?」

「現政権とD庁は国内外での猛烈な批判に晒され、ダンジョン法や国際ダンジョン条約の改定もさけばれている。なにを置いても来年一月の免許制度の改定は免れないだろうね、あんなモンスターに免許与えたのが一番の失態なんだから。いろいろ厳しくなるだろうけど、少なくとも受験資格の下限年齢の引き上げは確定だと思うよ。これから入ってくる新人はみんなあんたより年上になるだろうね」

「でも大和……なんかすごい入念に試験対策してたとか言ってたけど……」

「もちろんそりゃ、潜在的な悪を完全に全員はじくのなんて難しいんだろうけどさ。少なくとも中学上がりのガキンチョのそれを見抜けなかったんだからね、大人の責任は重大さ」

「はあ……」

「あたしら公僕はこうして任務にかこつけて息抜きでもしなきゃ、ヤニ吸う暇もない日々が続いてる。というわけでしばらくそのベッドで昼寝したい。おら、お前はさっさと下りて屋上でも行ってこい。いい天気だし、()()が二人も待ってるぞ」


 病室の主に下りろって。でもほんとに寝不足そうな彼女の目が怖いので従う。両足ともバキバキズタズタだったのに、三日ぶりの起立は多少ふらつく程度で済む。


「あの、そういえば……最後に一番肝心なこと、聞いてないんですけど……」

「んあ?」


 入れ違いにもそもそとベッドに潜り込もうとする明智に、千影は尋ねる。


「……ギンチョはこれからどうなるんですか?」

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