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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
2章:赤羽の英雄は主人公に向かない
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エピローグ-1

 白濁した視界が徐々に澄んでいき、見憶えのある天井が見えてくる。

 去年、腹を刺されて入院した際に見ていた天井とよく似ている。デジャブ? タイムリープ?


 千影が目を覚ましたのに気づき、看護師が「ここは病院ですよ」と教えてくれる。起きたらベッドに女の子が突っ伏して寝ている、というベタなシチュエーションがなくてちょっと残念に思う。


 看護師に教えてもらう。今日は七月十九日、水曜日。

 国際ダンジョン祭りから三日が経っている。



 目を覚ましたのが昼前で、それから間もなく明智がやってくる。


「よう、だいぶ顔色よくなったじゃないか。ここに担ぎ込まれたときなんか、ナマコとピータンをミキサーして泥水で割ったみたいな感じだったからな」


 椅子に座るなり速攻タバコをとり出して看護師に速攻とりあげられるような非常識人にディスられても多少しか響かない。袖机にお見舞いの品らしき果物の盛り合わせが置かれる。


「ったく、勝手に黒んとこに向かうなんて……あんたらしくないっての。モブ顔のくせにヒーロー気取るからこんなことになるんだよ」


 ぺしっとデコを叩かれる。正論すぎてなにも言い返せない。


「明智さん、教えてください……」


 鼻のチューブを外してもらって、ようやくまともにしゃべれるようになる。つながっているのは()()の点滴だけだ。


「なにを?」

「……僕の知らないこと、全部」

「は? なんであたしのスリーサイズから最後に×××した日まで教えなきゃなんねえんだ」

「真面目な話なんすけど」


 明智は頭をがりがり掻きむしり、苦笑する。その頬や耳や手の甲など、至るところに絆創膏が貼られている。


「君に改まって感謝しきゃいけないのが照れくさくてね……ちょっとからかってみた。ありがとう、D庁を代表してってわけじゃないけど、お礼を言わせてもらうよ」


 そんな風にしおらしく言われ、そっと肩を撫でられる。メガネの奥の目がいつになく優しくて、明日は雪かと思う。


「あの……僕、なにかしたんですか?」

「まさか記憶喪失とかじゃないよね?」

「違うと思いますけど」

「じゃあなに、謙遜? あたしに言わそう的な?」

「そうじゃなくて、最後どうなったかわかんなくて」


 明智はタバコを吸えないイライラを貧乏ゆすりで表現している。しなやかな指が小刻みに膝を叩いている。


「黒のエネヴォラを、人類最強を退けたあの災厄的な化け物を、たかがレベル4でそれも地球に五十万人くらいいそうなコピペ顔した童貞マンのあんたが倒した。それが事実だよ」

「……あいつ、マジで死んだんですか?」

「最後のとどめを刺したのはあんたじゃないけど、前後の状況からそういうことになってる。もちろん直江ミリヤと福島正美も同等の功績だけどね」

「訊きたいことがいくつもあって、ああ、えっと、どうしよう」

「じゃあ、訊きたいだろう答えその一。ギンチョは無事だよ。かすり傷一つ負ってない」

「それは……看護師さんから聞いてます……昨日も見舞いに来てくれたって……」


 そう聞いたとき、今年一番ほっとしたかもしれないのは内緒。


「んじゃ、その二。直江と福島も生きてる。重傷でここに入院してたけど、二人ともすでに退院済み」


 よかった、二人とも無事だったのか。ていうか先に退院って。直江はともかく、福島はもっと重傷だったはずなのに。どんだけタフなんだ【トロール】。


「ちなみに、あんたのその左腕。気づいてると思うけど、【ウロボロス】で再生済みだ。肩から腕一本まるっと生やすって、今さらながらとんでもねえよな、ダンジョンウイルス」


 切り離されたはずの左腕は、目が覚めたときにはなにごともなかったかのようにそこにあった。普通に動くし痛みもないし、接合手術ではなく【ウロボロス】でまるっと再生されたのだとすぐに察した。どんな風に生えてきたのか、怖いような気持ち悪いような、でも見てみたかった気もする。


「えっと、D庁の……?」

「いや、福島つーか〝ヘンジンセイ〟のだね。【フェニックス】も何本か譲ってもらって、骨折なんかの重傷も完治済み。福島、だいぶあんたのこと評価してたよ。『俺の命の恩人だ、死なすには惜しい』ってね。あとで礼言っときな」

「うひゃあ……」


 そんな気はしてたけど、総額いくらかと考えると震える。ドでかすぎる借りができてしまった。


「んで、その三。の前に、あんたが記憶ないのは、黒を黒焦げにしたあとってことでおk?」

「おkっす」

「左半身を焼き焦がしてなお、あいつはまだ生きていた。ちょっと話が前後するけど、あんたと直江が二人でポータルに向かった直後、D庁のプレイヤー能力所持者で部隊を編成するよう辞令が下りた。任務は黒のエネヴォラの逮捕もしくは抹殺。志願したプレイヤーも助っ人として参加を承認した。まさに猫の手でも借りたい状況だったからね。あたしらがポータルに向かったのは、辞令から十数分後だった」


 それを待ってから行けばよかった。直江と福島、そして他のプレイヤーと一緒なら、こんな大怪我せずに済んだかもしれない。もっと確実に安全にその任務を遂行できたかもしれない。


「いや、そしたら代わりに部隊の中で殉職者が出ていたかもしれないし、十分の間に一般人にも犠牲者が出ていたかもしれない。結果論だけど、死にそうな目に遭った君には悪いけど、それ以上の死者が出なくて済んだ。少なくともそれなりにベターな結果だったと言えるよ」


 そうなのかな。まあ、確かに生き残れたけど。


「あのとき、ギンチョはうちの職員に任せていたんだけど、いつの間にかいなくなっちゃってて、あたしらも現場であの子の姿を見るまでそれに気づかなかった。完全にうちらの落ち度だった。これについては謝っておく。申し訳なかった」


 確かに、ギンチョにとってはとても危険な状況だった。でも千影からすればそれで助けられたとも言える、結果論的に。


「ともあれ、あたしらがポータルに着いたとき、あんたら三人はぶっ倒れてて、ギンチョが倒れてるあんたにしがみついてて、瀕死の黒が一人立っていた。とどめっつーか、最後の一撃をくらわしたのは――あの奥山っていう、ロン毛のレベル1だった」

「……は?(今年一番の『は?』)」



 彼の武勇伝はこの三日間で、SNSと赤羽三番街界隈を中心に爆発的に広まっているが、その物語と実際に起こったことには数万光年の乖離があるという。


 左半身を失い、スーツを足替わりに立っていた黒のエネヴォラ。相手が瀕死だと認めるや、部隊長の制止を振り切って突っ込む中野奥山コンビ。奥山が握りしめた剣鉈で胴を薙いだ。そのたった一撃で、まるで朽ちた枯れ木のように、黒の身体は上下に折れてちぎれた。


「そのあと奥山がレベル2に上がったんで、最終的なとどめはあいつで間違いないみたいだ。拡散した情報は噂レベルで錯綜してるけど、あんたは〝赤羽の英雄・奥山の仲間〟ってことになってる。勇者の仲間一行、魔王のHPを多少減らした遊び人か丁稚奉公か」

「職業」

「あ、だけど、ポルトガルマンモスとの立ち回りはツブヤイターで動画が出回ってたね。幸いあの場での死者は出なかったし、ピンボケしてたけどカッコよく映ってて、結構称賛されてたよ。ピンボケしてたからかもだけど」

「でしょうね」


 千影は枕に後頭部を埋める。身体の力が抜けていくのを感じる。


 手柄をとられた悔しさとかはない。命を奪い合った仇敵への哀れみもない。あれだけ厨ニラスボスぶっといて最期にレベル1にとどめを刺されたやつへの「ざまあ!」的な思いというか、それは多少ある。


 なんと表現すればいいのだろう。「虚しい」が一番近い気がする。


 復讐という、自分をここまで動かしてきた大きな動機の一つが消えたことで、憎しみとか怒りがなくなったことで、その空いたスペースを意識してしまっているのかもしれない。


 そうか。終わったんだ。

 ようやく終わったみたいです。馬場さん、みんな。


「にしても……土壇場でスキルの上書きとはね。ツラに似合わずぶっ飛んだことしたもんだわ、もしかしたら前代未聞じゃね?」

「手も足もやられてたから、もう加速しても戦えなかったんで……」

「まあ、それがなかったら、今頃こうしていられなかったか。とはいえ、もったいない気もするね。ド素人のあんたを一年ちょっとでレベル4にまでのし上げさせたそのチートスキル、もうなくなっちゃったんだから」

「それは、まあ……」


 もしも黒のエネヴォラを倒せたら、あのチームの仇を討てたなら、そのときは【ムゲン】を捨てるつもりでいた。


 去年、この病院で目を覚ましたとき、金色の箱を目にして、これを使って復讐を果たそうと決めた。それがあの地獄のような場所から生還した自分が、もう一度そこへ足を踏み入れることになったきっかけの一つだった。


 だから、その目的を達成した今となっては、あのスキルにこだわる理由もなくなった。元々ずるい感じで手に入れたスキルだし、だから後悔はない。今までありがとね、【ムゲン】。これからよろしくね、【イグニス】。


 いや、ほんとに? ほんとに後悔してない?

 いや、ぶっちゃけほんの少しだけ。少しだけ?


 世界に一つの超絶レアスキル(おそらく)……汎用性が高くて格上も蹴散らせるチート性能……うん、あのとき勢いで上書きしてよかった。勢いって大事。土壇場って重要。


「もう一つ、付け加えなきゃいけないことがある。やつの――黒の遺体は、乱入してきた別の輩に奪われた」

「は?」

「初めて見たけど、たぶん間違いないだろう――あれはきっと、赤のエネヴォラだ」

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