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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
2章:赤羽の英雄は主人公に向かない
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6-4:死地に光る、そして

 振り上げた黒の刃が太陽光に煌めく。

 死が目の前に迫っている。


 ああ、死ぬ。詰んだ。オワタ――


「――え?」


 身体が勝手に動いている。気づいたら袈裟斬りの一撃をかわしている。


 二撃目と三撃目。ビュンビュンッ! と鋭く空気を裂く、ほとんどつなぎ目のない横薙ぎと突き。それもほんの数ミリの猶予でかわしている。


「……お前、なんだそりゃ?」


 黒が驚いている。千影自身はもっと驚いている。考えて動いたわけではない、反射的、本能的な動きだ。


 四撃目、五撃目、六撃目。かわし、刀で受け止め、【アザゼル】でいなす。火花が散り、硬化した腕の芯が痺れて脳にまで伝わる。七撃目、八撃目、九撃目――。


「なんでだよ、なんで当たんねえんだよ!」


 あのときと同じだ。一年前、黒に襲われたとき。本気ではなかったとはいえ、やつの攻撃をかわし続けたときと。


 生存本能が身体を支配している。身体を限界まで酷使している。そのせいで肺がつぶれそうだし、目が飛び出そうだし、全身の筋肉が引きちぎれそうだし、脳が熱でとろけそうだ。


「ざけんな! クソが! 死ねよぉっ!」


 怒り狂った黒が、その殺意を絶え間なくぶつけてくる。

 瞬きほどの知覚の世界で、その初動を、軌道を、千影の意識はかろうじて捉えている。


 身体中のすべての神経が、痛いほどに研ぎ澄まされているのを感じる。

 ゴキブリ並みと称された反射神経が、ここへきて潜在能力のギリギリまで引き出されている。


 集中。集中。集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中――――。


 スイッチが入っている。あれだ、やる気スイッチ。

 ギンチョにとってのそれがラーメンだったように、千影にとってのそれが死地なのか。


 普段は【ムゲン】を除けば自称そこそこ程度のプレイヤーなのに、死を前にするとこんなにもイキイキとするなんて。我が身のことながらすごいというか、そうなる前にもっとやる気出せよというか。


 そんなことを考えながらも、身体は勝手に動き続けている。身体が思考を置き去りにしている。ガリガリと皮膚を削られながら、全身血まみれになりながら、それでも身体は止まらない。


「ちぎれろよ! 死ねよ、殺されろよ! 絶望しろよ!」


 してるって。ずっとしてるって。それが終わらない。終わってくれない。

 あれから何秒経った? いつまでかわし続けられる? いつまでかわしていればいい?


 というか僕、死ぬの? 死なないの? どっちなの?

 こんなのはいつまでも続かない。もう身体は壊れはじめている

 反撃なんてもっと無理だ。持てるすべての能力を回避に費やしているからこその今だ。


 ということは、相手が息切れしてギブアップするとか、足元に小銭でも見つけてストップするとか、そんな奇跡でも起きない限り助かる見込みはない。つまり助かる見込みはない。ツマリタスカルミコミハナイ。


 いずれ死ぬ。それだけは決まっている。

 それなのになぜ動き続ける? なぜ無視し続ける?


 話が違うじゃないか、意思が人を人たらしめるって、そんな感じのことをサウロンが言っていたのに。

 そんなんほったらかしで勝手に生きたがっている。いや別に、死にたいわけでもないけど、意思のほうはもう諦めているというのに。


 ほんとに? 諦めてるの? じゃあなんのために戦ってんの?

 いやだって、もう勝てないじゃん。戦う理由ないじゃん。


「あっ!? そろそろ限界か、おっ!? 深く当たりはじめたぜ!」


 黒の言うとおり、かわしきれなくなってきた。肉まで削られまくってる。焼く前のステーキみたいにめっちゃ筋入れられまくってる。めっちゃ血出てる。


 もう無理だって。戦う理由なんてないのに――あれ、でも。

 生きる理由ならあるのかな?


 そりゃ死にたくないけど、別にそんな、しゃにむになにがなんでも生きなきゃいけない理由とか――


 ――おにーさん。


 耳の奥で声がする。自分を呼ぶ声が。


 ああ、そっか。あったわ。帰る場所があったわ。


 今まで一人だったのに。一人ならどこへでも行けたのに。二人になると、そこに帰らなきゃいけない。

 なのに、もう。


「きひ、絶望完了」


 刃が目の前に迫る。眉間から入って後頭部から出ていく軌道だ。体勢が悪い、つまずきかけている。【ムゲン】でも間に合わない。かわせない、無理か。ここで終わりか。


「――るぁああああっ!」


 横合いから、左手から光の盾を具現化させた福島――スキル【アイギス】による盾打ち(シールドバッシュ)。まともにくらった黒の身体が横に吹っ飛び、ゴロゴロと地面を転がる。


 黒との距離が開く。先に体勢を立て直したのは千影だ。ここしかないと思う。


 刀を上段に構え、千影は突進する。そしてその名を頭の中で呼ぶ。

 ――【ムゲン】。きっとこれが、最後の加速になる。



 バランスを崩している黒の動作がスローになる。


 その黒と目線がぶつかる。そして――

 黒の輪郭がぶれる。もう一つの加速が開始される。


 ここだ。


 千影は足を踏みしめ、全力でブレーキをかける。


 加速した世界では音も奇妙に聞こえる。スローモーションの動画と同じだ、基本的には低く聞こえる。

 黒が数歩目で左足をとられて前につんのめる。あ? と間の抜けた声が聞こえた気がする。少なくとも表情はその形になっている。


 そのまま派手にずっこける。後ろを振り返ってそれを見る。左足にへばりつく、白い粘着質なものを。


 ――気まぐれ蜘蛛糸。


 ギンチョと塔を探索していたときに手に入れた、蜘蛛系クリーチャーのレアドロップアイテムだ。蚕の繭のような大きさの半透明の球。投げつけると液状に広がり、トリモチのようにべっとり貼りつく。拘束にもトラップにも使えて便利だが、その粘着力は練り消しレベルから超強力な接着剤レベルまで、使ってみるまでわからない完全ランダム(気まぐれ)だ。


 あはっ、と千影は笑う。その声が黒に届いたかどうかはわからない。


 加速する寸前、黒との直線上にそれを投げつけていた。上段構えで視線を釣った、舞う埃で視界は悪かった。気づかれない可能性に賭けた。


 はは、ていうか、マジか。


 笑わずにはいられなかった。黒はそれを踏んだ。そして強いほうに当たりを引いた。あの突進力を削ぎ、バランスを崩させた。アホみたいにずっこけてくれた。面白いものが見れた。


 ってか、こんな小細工を頂点の戦いでやるとか。ラスボスに聖水ぶっかけるようなものだ。その恥知らずさが、弱者のせこさが、やぶれかぶれの博打が、奇跡レベルの幸運を土壇場で引き寄せた。そりゃ笑うしかない。


 三秒という加速の世界で、その足踏みは致命的だ。


 千影の加速はすでに解けている。黒が向き直り、千影に怒りと屈辱を込めた表情を見せる。そして構わず再度突進――しかし、そのスピードは元に戻っている。やつの加速も解けている。


「んがっ!」


 もっと笑っていたいけど、黒の刃が眼前に迫り、なんとか刀で払いのける。


「くそがぁああ!」


 激情に任せた黒の動きは大振りででたらめだが、それでも全力がこもっている。二合打ち合っただけで千影の刀があっけなくはじかれる。


「死ねええっ!」


 振りかぶる黒の動きが一瞬硬直する。千影の視線が彼の頭上に向けられたから。


 黒が振り返る。そこには白い尻尾を踊らせた、美しい狼女が宙に躍っている。


「――待ってた」


 直江ミリヤが短くつぶやいた一言は、千影の耳に確かに届く。

 なんて言ったっけ、スキル名。【コルヌリコルヌ】?


 突き出した直江の腕から、螺旋状のなにかが放たれ、爆発的に膨れ上がる。


 鼓膜が麻痺するほどの、爆弾でも落ちたかのような炸裂音とともに周囲が吹き飛ぶ。

 なにが起こったかもわからず、千影の身体も投げ出される。

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