6-3:そしてザコが残った
先に直江が仕掛ける。瞬く間に黒との距離をつぶし、遠心力を込めて一対のバトルメイスを振り回す。
彼女の体捌きは独特だ。その身軽さと敏捷性を最大限に生かすような躍動感、連撃の中に挟み込まれる無数のフェイント。緩急が巧みに織り交ざり、動作のいちいちが美しいまでの流動性を帯びている。
振り回すバトルメイスは直撃を狙っていない。黒のスーツをほんの少しずつ、ほんの数グラムずつ削りとろうとしている。決して大振りではない、隙のない小さな竜巻を思わせる猛攻。これがトップクラスのプレイヤーの戦いかたか。
「調子乗んなよ?」
それを捌ききる黒も、千影からすればやはり化け物だ。
ほんの一瞬、目で追うのもやっとの隙間に、左のバトルメイスが黒の右手に掴まれる。右のバトルメイスが黒の頭に吸い込まれる寸前、スーツがぶわりと側頭部に壁をつくり、その弾性で受け止める。衝撃を殺しきれなかったのか、黒の頭が揺らぐが、それでも褐色のその顔に歪な笑みが宿る。
「ぶっといのをくれてやる」
ズブッ。黒の腹から刃が突き出し、直江の腹を貫く。
「直江さん!」
こぽ、と直江の口から血が噴き出る。バトルメイスがその手から落ちる。
「おおおおおおおおおっ!」
福島が裂帛の気合を込めて殴りかかる。黒が直江を放り捨てて即座に応戦する。
危なかった。一歩遅ければそのまま身体を引き裂かれて終わりだった。
ていうか、なんつー無茶な。黒の攻撃はおそらく直江に誘導されたものだ。わざとやられるという宣言がなければわからないほど、スムーズで自然な自殺未遂。
つまり、有言実行。ここからが一分間のスタートだ。
ああ、一分て。人生で一番長い一分になりそうな気がする。
地面に倒れたままの直江から引きはがすように、福島が猛ラッシュをかける。直江とは対照的な、一発一発に渾身の力を込めて振り下ろす暴風雨のような乱れ打ち。相手に接触する瞬間にだけ、その拳だけ【アザゼル】で硬化させている。そんな使いかたもあるのか。
パワーは福島が上だ。黒はすべてを捌ききっている、でもガードの上からでもわずかに体勢を崩させ、反撃に移らせない。これが〝最強の右腕〟の実力か。
「ああ、うっぜえな! えっと、誰だっけ?」
黒の両腕がぶわっと膨れ上がり、福島のそれの倍以上になる。硬化した福島の拳を正面から受け止め、まとわりついて拘束する。
「ああ、そうだ、デクノボーだったよな――」
福島の巨躯が宙に浮き、半回転して背中から叩きつけられる。地面が揺れるほどの衝撃。ごは、と吐血とともに息を詰まらせる。
黒が足を持ち上げる。その足裏に針状のスパイクが生え、福島の頭を踏みつぶそうとする。その寸前で千影が身体ごと刀をぶつける。
「邪魔だ、ザコが!」
腕の一振りであっけなく吹っ飛ばされるが、その隙に福島も起き上がっている。一瞬の目配せ、そして二人でタイミングを合わせて突っ込む。
スピードには自信のある千影、それでも彼らには及ばない。
それでもやるしかない。福島一人では押しきられてジリ貧だし、千影一人になればあと四十秒ももたない。うわ、つーかなげえ。
「おらあああああああああああああっ!」
「くぁあああああああああああああっ!」
福島のオラオラテンションにつれらながら、それでも千影はがむしゃらに、全力で食らいつく。実際は福島のラッシュの隙間をちくちくと狙う感じになっている。これが千影の精いっぱい、ごめんなさい。
つーか、直江さん生きてるよね? すげえ血出てたけど。まだ【ウロボロス】持ってるよね? 倒れてるふりだよね? 死んだふりだよね? あと三十秒くらい? うわ、もたねえ。
「きひっ!」
ざんっ、と福島の右肘から先がちぎれて飛んでいく。
え、あ? ――そんなあっさり?
飛んでいく腕に気をとられた瞬間、千影の身体が横に吹っ飛ぶ。腹に回し蹴りを入れられた――だけど間一髪で体重を移動させていた。肋骨が折れただけで済む。
「るああああああっ!」
片腕になっても福島は怯まない。おたけびとともに放った左腕が黒の顎へ――届かない。黒の左手の指から五本の針が伸び、福島の胸に突き刺さる。
「福島さん!」
「はい、こいつも絶望堕ち――」
いや、刺さっていない。その胴体が【アザゼル】と同じ色に煌めいている――【アザゼル】の胴体バージョン、超レアアビリティ【タイタン】。初めて見た。
福島はその針を左手で掴み、ぐいっと引っ張り、黒のこめかみにヘッドバッドをくらわせる。
ガゴッ! と思わず耳をふさぎたくなるような鈍い音。とっさに黒のスーツが襟からせり出して防御したのに、それごとへし折って黒のこめかみを直撃した。
さすがに黒がぐらりと揺らぐ。顔を上げた福島の額は青く硬化している――同じく超レアな【ゴリアテ】だ。この人どんだけ硬化好きなの?
「もういっぱt――」
振り下ろした頭を、黒の右腕が「んんっ!」と力任せに受け止める。
「……もう一発、だっけ?」
福島が黒の右腕を掴みにかかる。しかしそれで黒の左手の拘束が解ける。一瞬の隙――今度こそ左手の針が福島の脇腹を貫く。
「ああああああああああっ!」
おたけびとともに千影が斬りかかる。黒は迎撃せずにあっさりと後ろに下がる。余裕を見せるように軽いステップで。
福島はうつ伏せに倒れたまま、起き上がれない。背中が小刻みに動いている、指がじりりと地面を握りしめようとしている。まだ息はあるみたいだ。
「……いてて。効いたぜ、さっきの頭突き、ってもう聞こえてねえか」
黒はきひっと笑う。ヘッドバッドをくらったこめかみから血がこぼれている。
「さて、一番ザコいやつが残っちまったな。なにかと縁があるな、てめえとは」
「ダンジョンに神様がいるなら、決着をつけろって言ってんのかも……」
「きひっ、そいつはまた、ずいぶん酷な要求をする神だな。ゴブリンにドラゴンを倒せってか。つーか、あんなドグサレた場所に神なんて大それたもんは存在しねえ。いてたまるか」
あとたぶん十秒ちょっと。
いや、本気のこいつ相手に一人でそんなもつかと言われると、おそらく五秒もたない。
「妹の……仇討ちなら、もう済んだだろ。織田さんも福島さんもこのとおりだし……」
小賢しさスキル全開。最後に残ったのがザコだからできる下策。余裕があるなら冥土の土産にお話させてください作戦。
「別に、仇討ちなんてオードブルみてえなもんだ。俺の望みは、この星の人間全員の死と、船の破壊だ」
「船……?」
「お前らがダンジョンと呼んでずかずか踏み込んでるアレだ。〝ダンジョンの意思〟の宿る箱舟。〝ダンジョンの意思〟は殺さねえ、ヒトの火の消えたこの星で、どこにも行けず、永遠にじわじわと朽ちていけばいい」
「えっと……よくわかんないんだけど……」
「わかる必要はねえと言ったはずだ。伏線が最後に回収されなきゃいけないって誰が決めた? 代わりにてめえらには七十億の絶望をくれてやる。さあ、この腐れ縁も終わりにしようぜ、えーと……ハヤカワ、チハゲ?」
「(絶対わざとだ)」
もう確実に一分すぎている。ノルマ達成。
あとは――……あれ、直江さん? 準備できてる?
バレないように目だけでちらりと見る。直江は倒れたままだ。チャージは完了してる? やられたふりだよね、まさか気絶してたり死んでたりしないよね? いつ【ムゲン】を使えばいいの? そしたらゾンビみたいに起き上がってくれんの?
黒の右腕が刃状になる。千影の刀を真似たような、刃渡りも反りも酷似した形状だ。趣味が悪い。そして千影の意図を見抜いている。
次に千影が加速するまで、その形を解くことはないだろう。今度こそ確実に息の根を止めるための形。千影の加速を迎撃し、たやすく首を刎ねるための形。
つまり。どのルートをたどろうと、ゴールにはその刃が待っている。
「さあ、フィナーレと行こうぜ。まあまあ楽しめたけどな、祭りはお開きだ」




