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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
2章:赤羽の英雄は主人公に向かない
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6-3:そしてザコが残った

 先に直江が仕掛ける。瞬く間に黒との距離をつぶし、遠心力を込めて一対のバトルメイスを振り回す。


 彼女の体捌きは独特だ。その身軽さと敏捷性を最大限に生かすような躍動感、連撃の中に挟み込まれる無数のフェイント。緩急が巧みに織り交ざり、動作のいちいちが美しいまでの流動性を帯びている。


 振り回すバトルメイスは直撃を狙っていない。黒のスーツをほんの少しずつ、ほんの数グラムずつ削りとろうとしている。決して大振りではない、隙のない小さな竜巻を思わせる猛攻。これがトップクラスのプレイヤーの戦いかたか。


「調子乗んなよ?」


 それを捌ききる黒も、千影からすればやはり化け物だ。


 ほんの一瞬、目で追うのもやっとの隙間に、左のバトルメイスが黒の右手に掴まれる。右のバトルメイスが黒の頭に吸い込まれる寸前、スーツがぶわりと側頭部に壁をつくり、その弾性で受け止める。衝撃を殺しきれなかったのか、黒の頭が揺らぐが、それでも褐色のその顔に歪な笑みが宿る。


「ぶっといのをくれてやる」


 ズブッ。黒の腹から刃が突き出し、直江の腹を貫く。


「直江さん!」


 こぽ、と直江の口から血が噴き出る。バトルメイスがその手から落ちる。


「おおおおおおおおおっ!」


 福島が裂帛の気合を込めて殴りかかる。黒が直江を放り捨てて即座に応戦する。


 危なかった。一歩遅ければそのまま身体を引き裂かれて終わりだった。

 ていうか、なんつー無茶な。黒の攻撃はおそらく直江に誘導されたものだ。わざとやられるという宣言がなければわからないほど、スムーズで自然な自殺未遂。


 つまり、有言実行。ここからが一分間のスタートだ。

 ああ、一分て。人生で一番長い一分になりそうな気がする。


 地面に倒れたままの直江から引きはがすように、福島が猛ラッシュをかける。直江とは対照的な、一発一発に渾身の力を込めて振り下ろす暴風雨のような乱れ打ち。相手に接触する瞬間にだけ、その拳だけ【アザゼル】で硬化させている。そんな使いかたもあるのか。


 パワーは福島が上だ。黒はすべてを捌ききっている、でもガードの上からでもわずかに体勢を崩させ、反撃に移らせない。これが〝最強の右腕〟の実力か。


「ああ、うっぜえな! えっと、誰だっけ?」


 黒の両腕がぶわっと膨れ上がり、福島のそれの倍以上になる。硬化した福島の拳を正面から受け止め、まとわりついて拘束する。


「ああ、そうだ、デクノボーだったよな――」


 福島の巨躯が宙に浮き、半回転して背中から叩きつけられる。地面が揺れるほどの衝撃。ごは、と吐血とともに息を詰まらせる。


 黒が足を持ち上げる。その足裏に針状のスパイクが生え、福島の頭を踏みつぶそうとする。その寸前で千影が身体ごと刀をぶつける。


「邪魔だ、ザコが!」


 腕の一振りであっけなく吹っ飛ばされるが、その隙に福島も起き上がっている。一瞬の目配せ、そして二人でタイミングを合わせて突っ込む。


 スピードには自信のある千影、それでも彼らには及ばない。

 それでもやるしかない。福島一人では押しきられてジリ貧だし、千影一人になればあと四十秒ももたない。うわ、つーかなげえ。


「おらあああああああああああああっ!」

「くぁあああああああああああああっ!」


 福島のオラオラテンションにつれらながら、それでも千影はがむしゃらに、全力で食らいつく。実際は福島のラッシュの隙間をちくちくと狙う感じになっている。これが千影の精いっぱい、ごめんなさい。


 つーか、直江さん生きてるよね? すげえ血出てたけど。まだ【ウロボロス】持ってるよね? 倒れてるふりだよね? 死んだふりだよね? あと三十秒くらい? うわ、もたねえ。


「きひっ!」


 ざんっ、と福島の右肘から先がちぎれて飛んでいく。


 え、あ? ――そんなあっさり?


 飛んでいく腕に気をとられた瞬間、千影の身体が横に吹っ飛ぶ。腹に回し蹴りを入れられた――だけど間一髪で体重を移動させていた。肋骨が折れただけで済む。


「るああああああっ!」


 片腕になっても福島は怯まない。おたけびとともに放った左腕が黒の顎へ――届かない。黒の左手の指から五本の針が伸び、福島の胸に突き刺さる。


「福島さん!」

「はい、こいつも絶望堕ち――」


 いや、刺さっていない。その胴体が【アザゼル】と同じ色に煌めいている――【アザゼル】の胴体バージョン、超レアアビリティ【タイタン】。初めて見た。


 福島はその針を左手で掴み、ぐいっと引っ張り、黒のこめかみにヘッドバッドをくらわせる。


 ガゴッ! と思わず耳をふさぎたくなるような鈍い音。とっさに黒のスーツが襟からせり出して防御したのに、それごとへし折って黒のこめかみを直撃した。


 さすがに黒がぐらりと揺らぐ。顔を上げた福島の額は青く硬化している――同じく超レアな【ゴリアテ】だ。この人どんだけ硬化好きなの?


「もういっぱt――」


 振り下ろした頭を、黒の右腕が「んんっ!」と力任せに受け止める。


「……もう一発、だっけ?」


 福島が黒の右腕を掴みにかかる。しかしそれで黒の左手の拘束が解ける。一瞬の隙――今度こそ左手の針が福島の脇腹を貫く。


「ああああああああああっ!」


 おたけびとともに千影が斬りかかる。黒は迎撃せずにあっさりと後ろに下がる。余裕を見せるように軽いステップで。


 福島はうつ伏せに倒れたまま、起き上がれない。背中が小刻みに動いている、指がじりりと地面を握りしめようとしている。まだ息はあるみたいだ。


「……いてて。効いたぜ、さっきの頭突き、ってもう聞こえてねえか」


 黒はきひっと笑う。ヘッドバッドをくらったこめかみから血がこぼれている。


「さて、一番ザコいやつが残っちまったな。なにかと縁があるな、てめえとは」

「ダンジョンに神様がいるなら、決着をつけろって言ってんのかも……」

「きひっ、そいつはまた、ずいぶん酷な要求をする神だな。ゴブリンにドラゴンを倒せってか。つーか、あんなドグサレた場所に神なんて大それたもんは存在しねえ。いてたまるか」


 あとたぶん十秒ちょっと。

 いや、本気のこいつ相手に一人でそんなもつかと言われると、おそらく五秒もたない。


「妹の……仇討ちなら、もう済んだだろ。織田さんも福島さんもこのとおりだし……」


 小賢しさスキル全開。最後に残ったのがザコだからできる下策。余裕があるなら冥土の土産にお話させてください作戦。


「別に、仇討ちなんてオードブルみてえなもんだ。俺の望みは、この星の人間全員の死と、船の破壊だ」

「船……?」

「お前らがダンジョンと呼んでずかずか踏み込んでるアレだ。〝ダンジョンの意思(ウィル)〟の宿る箱舟。〝ダンジョンの意思(ウィル)〟は殺さねえ、ヒトの火の消えたこの星で、どこにも行けず、永遠にじわじわと朽ちていけばいい」

「えっと……よくわかんないんだけど……」

「わかる必要はねえと言ったはずだ。伏線が最後に回収されなきゃいけないって誰が決めた? 代わりにてめえらには七十億の絶望をくれてやる。さあ、この腐れ縁も終わりにしようぜ、えーと……ハヤカワ、チハゲ?」

「(絶対わざとだ)」


 もう確実に一分すぎている。ノルマ達成。

 あとは――……あれ、直江さん? 準備できてる?


 バレないように目だけでちらりと見る。直江は倒れたままだ。チャージは完了してる? やられたふりだよね、まさか気絶してたり死んでたりしないよね? いつ【ムゲン】を使えばいいの? そしたらゾンビみたいに起き上がってくれんの?


 黒の右腕が刃状になる。千影の刀を真似たような、刃渡りも反りも酷似した形状だ。趣味が悪い。そして千影の意図を見抜いている。


 次に千影が加速するまで、その形を解くことはないだろう。今度こそ確実に息の根を止めるための形。千影の加速を迎撃し、たやすく首を刎ねるための形。


 つまり。どのルートをたどろうと、ゴールにはその刃が待っている。


「さあ、フィナーレと行こうぜ。まあまあ楽しめたけどな、祭りはお開きだ」

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