6-2:作戦
「いいぜ、てめえらを血祭りにすりゃ、いい絶望が育ちそうだ。さあ――始めようか」
「いや、そんながっつかれると逆に引くっていうか――」
ほとんどモーションなく、黒が地面を滑るように突進してくる。振りかぶった腕は瞬く間に刃となり、千影めがけて振り下ろされる。
「ちょ――」
反応する間もなく――吹っ飛ぶ、脇腹に衝撃を受けて横に。ずざあああと滑り込む。黒の二撃目は、千影を蹴り飛ばした直江に向かい、直江はそれをバトルメイスで受け止めている。
「ちっ、一言も口きかねーから、ただのラブドールかと思ってたぜ」
「……やる気がないなら、帰ってマスでもかいてろ……童貞ロリコン野郎……」
「なんだ早川、お前童貞でロリコンなのか?」
言いながら福島が【アザゼル】で思いきり殴りつける。黒の左腕が盾状になって防ぐが、力に押されてあとずさる。
「ロリコンじゃないでござる!」
千影の刀が走る。黒の毛先をわずかにかすめる。黒が舌打ちし、さらに距離をとる。
「おい童貞、エナジーポーションあるか? 【アイギス】使いすぎてハンガーノック起こしそうだ」
「童貞じゃ……はい、持って候」
黒から目を逸らさないまま、千影はボディーバッグから缶をとり出して福島に投げる。受けとる瞬間を狙って黒が腕を針状にして伸ばす。直江がそれを叩き落とす。
「ありがとさん、チェリー早漏!」
福島はぷしゅっとプルダブを開けて一口でがぼっと飲み干す。吸引力が違いすぎる。
「ぷはー、翼を授かったぜ!」
元気をとり戻したその勢いで、そのへんのコンクリート片を持ち上げて黒へと投げつける。黒が軽く払いのけると泥団子みたいにあっけなく散るが、その隙に直江が距離を詰めている。左手のバトルメイスが脇腹に直撃、右手のほうは顎を狙うがぎりぎりで回避される。
「きひゃっ、急造チームにしては楽しいじゃねえか!」
直江を跳び越える勢いで跳躍した福島がスイッチして打ち合う。拳の一撃一撃に渾身の力が込められている、それでも黒は一発ずつ正面から迎撃する。
「……本気にならないと……一瞬で死ぬな……ふふ……」
福島が引きつけている間、直江がポケットから銅色のシリンジをとり出し、ボディースーツの襟をめくってぷしゅっと首筋に突き刺す。
おそらく一時的能力増幅系のドラッグシリンジだ。筋力を上げる【サラマンダー】とか、五感などを鋭敏化する【シルフ】とか。ちなみに案の定レアでお高い、千影も一度しか使ったことがない。
直江がぐりっと目を剥き、口の端を上げて尖った犬歯を覗かせる。そして弾丸のようなスピードで黒へと突っ込んでいく。
タフネスが自慢の【トロール】の福島と、瞬発力に長けた【フェンリル】の直江。二人とも亜人タイプで、それぞれの長所は少なくともレベル半個分のアドバンテージを持っている。実質レベル7以上の三人のぶつかり合い、速すぎる、すごすぎる。レベル4が入り込む余地がない。
互角、いや直江たちがわずかに押している。黒の表情に余裕がない。
スーツの容量を削られたという影響か、攻撃の手数やスピードが落ちているように見える。
しかし千影はそれを信じない。
――なんで【ムゲン】を使わないんだ?
福島は織田から聞いているだろうし、直江にもさっき話しておいた。二人とも加速の瞬間を警戒している。
それを察してなのか、黒はまだそれを使っていない。
最後の切り札だから? それとも他に、使えない理由があるから?
――なら、先にその隙をつくだけだ。
千影は間合いを詰め、福島の後ろに回り、頭の中でスキルを呼ぶ。
――【ムゲン】。
自分以外の三人の速度が三分の一になる。
たった三秒、彼らの一秒。このときだけは千影が彼らを上回る。
直江と福島の間、死角になる位置から潜り込み、黒の眉間をめがけ、下から刀を突き上げる。
――完璧なタイミングだった。間違いなくとったと思った。
その瞬間、黒の顔がぶれる。そして消える。切っ先が空を切る。
なにが起こったのかわからなかった。首がもげるほどの衝撃を右頬に受けてからわかった。
吹き飛んで地面に転がる。コンクリートの破片がごつごつと背中に当たり、頬や手の甲を裂く。同じように直江と福島も吹き飛ばされている。千影が起き上がろうとしたときには加速は解けている。
「………………あ?」
福島がすぐに身体を起こしつつ、怪訝な顔をしている。黒の追撃がなかったからだ。むしろ一歩あとずさって息を整えている。
――そっか。わかった。
黒が加速を使わなかった理由。たぶん、二つだ。
一つはエネルギーの消耗。
今、黒はさっきまでよりもさらに疲労している(演技でなければ)。きっと織田を倒すまでにも使っただろうし、栄養補給できていないのであれば、そろそろ弾切れが近いのかもしれない。
もう一つは――もう一つの加速能力の存在。
黒は自分の力に絶対の自信を持っている。だからこそ、それと同じ能力――こちらの【ムゲン】を必要以上に警戒している。レベル差を考慮しても、こちらのそれも届きうるという評価なのか。だいぶ過大評価な気もするけど。
だとしたら、後出しでカウンターとしてのみ使うつもりなのかもしれない。絶対に勝てるジャンケンみたいに。
でもそれは、逆に言うと――。
「……僕が切り札ってことか」
この場で一番弱い、僕なんかが。
「あの……直江さん、福島さん、【ロキ】持ってますか?」
小声で二人に呼びかける。二人ともすでに立ち上がって臨戦態勢をとっている。
「ああ」と福島。
「……ないけど……自前のでよく聞こえる……」とケモ耳直江。
黒は自分からは動かない。こちらをじっと注視したまま、おそらくクールタイムが明けるのを待っている。
「あいつのさっきの加速……対応できそうですか?」
さらに小声で、ほとんど口の中だけで言う。これなら黒には聞こえない。あいつが【ロキ】と同等の能力を持っていなければだけど。
「警戒してたんだけどな、ガードで精いっぱいだった。カウンター合わせられる代物じゃねえわ」
「……目でぎり追えたけど……もっかいやられたらちょいきび……」
「えっと……もうすぐクールタイムが終わるんで、次が勝負です」
「次?」
「次に僕が加速したとき、あいつも加速するはずです。そのあと、三十秒以内に仕留めきれれば、僕らの勝ちです」
そのときには――僕だけは負けているかもしれないけど。
「……ボクからも提案……ボクはこのあとすぐ、あいつの攻撃でやられる……」
「は?」
「……やられたふりして一分チャージするから、その間に加速とやらを使わせろ……そしたらボクがぶっ殺す……ボクの【コルヌリコルヌ】で……」
聞いたことのないスキルだ。チャージ方式――溜めれば溜めるほど威力が増すスキルだということは、決まれば一撃必殺の自信があるのだろう。
「じゃあ、俺はそのつなぎ役だな。チーム全員死なせた無能なタンクだが、今度こそ真っ先に死んでやるよ」
福島は顔中の血糊をぶるぶるっと犬のように振り払い、自分を鼓舞するように拳で胸を三回叩く。
「よお。作戦会議は終わったかよ? 絶望を再開しようぜ」
足元のコンクリート片を踏みつぶし、きひ、と黒は笑う。
わかってる、お前もその顔ほどの余裕はないはずだ。
これから一分と少しで、決着はつく。
うまくいけば、そのときにお前は死ぬ。たぶん僕も。




