6-1:始めようか
よっ、と黒のエネヴォラは瓦礫から下り、破片を蹴飛ばしながら近づいてくる。
「その冴えねーツラも三度目となると、ちゃんと一目でわかるぜ。今日はあのガキは一緒じゃねえのか? もう死んだか?」
そう言って首筋をごしごしさする。ギンチョに食いちぎられた部分、残念ながら綺麗に治っているようだ。
「お留守番してもらってる。会わせたくなかったから……」
「へっ、正直だねえ。えーと、お前……名前、聞いたっけ?」
「早川千影……えっと、そっちは名前あるの?」
「きひひ、てめえらに名乗るのなんざ初めてだな。今はご機嫌だから特別に教えてやる。俺はカフタト。生まれは……お前らの知らない星だな」
「え、サウロンと同じ星じゃないの……?」
「ちげえよ。いや、育ちはペイロっていうか、まあどうでもいいか。説明すんのだるすぎ。つーかさ、あんまり時間ねーんだって。やることが多すぎてさ」
「なにを?」
距離が近づいて、黒の姿がはっきりと見えてくる。ヘルメットはしておらず、額から血が流れている。スーツの左肩が破損して、腕が剥き出しになっている。そこも流血で赤黒く染まっている。
ダメージは浅くなさそうだ。それでもぎらぎらとした目の光は強く、殺気が目に見えるほどにみなぎっている。むしろ怒りに火がついたような、窮地で本気になっているような。
千影は身体の震えを実感する。拳を握りしめてそれを押し殺す。
もう一度、首だけになった織田にちらっと目を落とす。ますます鼓動が荒ぶり、汗が噴き出し、吐き気もこみあげてくる。
「マブダチから聞いたんだけどよ、お前ら、七十億匹もいるんだってな。大して文明も発達してねーくせに、よくもそんだけ家畜みてえに増えたもんだ。ああ、いや、逆か。確か文明の習熟過程と人口推移の相関的に言えば、お前らはまだ発展途上の原始人ってことだな」
「……なんの話……?」
「めんどくせーって話だよ。この星の人間全部、殺しきるまでが遠足なのに、終わるまで何年かかるかわかりゃしねえ。まずはこの街の人間を皆殺しにする。その次は隣町、それが済んだらまた隣。めんどくせーからできるだけまとまっててくんねえかな」
ていうか。もう完全にやばくね?
人類最強の織田さんでも勝てなかったとか、無理ゲーじゃね?
【グール】は不死に近い生命力かもしれない。だけど不死ではない。それは織田がピンクを倒したことでわかっている。殺す方法はあるということだ、たとえば再生能力を上回る損傷を与えるとか。織田はピンクの首を刎ねてとどめを刺したと言っていた。
とはいえ、レベル1相当のギンチョですらあれだけの動きを見せた。レベル8の織田の暴走モードなんて想像もつかない。
それを黒が凌駕したのだとしたら。
――勝ち目なんてあるの?
「えっと……どうしてそんなに人を殺したいの?」
「んー、それ話してたらマジで日暮れるわ。文句なら〝ダンジョンの意思〟に言え。その機会があったらな」
黒のまとう殺気が膨れ上がっていく。肌に突き刺さるようだ。今にも襲いかかってきそうな予感。隣の直江がバトルメイスを手にとる。
え、マジで、もう始まるの? もうちょっとおしゃべりしよう? お茶とか飲もう?
ていうか、やっぱり僕、場違いすぎじゃね? どうしよう、帰ったほうがいいのかな――
がらっ、と背後で瓦礫の崩れる音がする。ちらっと振り返ると、コンクリートの破片を撒き散らしながら、ゴーレムのごとき巨躯が立ち上がる。
三メートル近い坊主男は、海外でも売ってなさそうなサイズのTシャツをびりっとむしりとり、それで血まみれの顔を無造作にてのひらで拭う。温泉でも見たが、裸体の筋肉量がすさまじい。ポリゴンじゃないかってくらいムキムキ。隣に並びたくない。
「……織田」
千影たちの前に転がるその首を見て、〝最強の右腕〟こと福島は一瞬目を閉じる。
「はー、最強様の言ってたとおりだな。生きてやがった」
「……それでも織田は、お前をだいぶ痛めつけたみたいだな」
「まあな、こんだけ血を流したのは初めてだ。スーツを半分以上削られたのもな。ナノマシンが元の量まで増殖するのにしばらくかかりそうだ」
「しねえよ、増殖。これから全部刻んで荒川にばらまいてやっからな」
みんな荒川大好きだな。隅田川と新河岸川も忘れないであげて。
「じゃあ、次はてめえら三人ってことで決定みてえだな。そこのナンバー1はがんばったけどよ、そのあとのザコどもはちっとも歯応えがなかったからな」
トップクラスの実力を誇る〝白狼〟と、〝人類最強〟を支えた〝最強の右腕〟。
正直めっちゃ心強い。これで勝つる?
いやいや、この場で一番ザコい存在、早川千影。気を緩めたりなんかしたら、真っ先に一瞬でぷちっとつぶされる。
「いいぜ、てめえらを血祭りにすりゃ、いい絶望が育ちそうだ。さあ――始めようか」
 




