5-12:やくそくです
歩きながら、千影は考える。
ていうか、他のプレイヤーやD庁や自衛隊に任せればいんじゃね? どれだけ犠牲者が出るかわからないけど。
だからって、レベル4が行っても足手まといになるだけだし。
ていうか、そもそも行かなきゃいけない理由とかないし。行ったところで誰かに褒められるわけでもないし。報酬が出るわけでもないし。
まあ、もしかしたらあとで警視総監賞的ななにかがもらえたりとか。でもそんなのきっと二束三文だし。そもそも生きてないともらえないし。
つーか、ここまで結構がんばったじゃん。一人でクリーチャー十体くらい倒したし。
しかも結構怪我してる。ポルトガルマンモスにしこたま痛めつけられたし、大和にナイフでぶっ刺されたし。ここで事態が収拾するまで休憩していても、バチは当たらない気がする。
つか、今度こそ死ぬ気がする。勝ち目なんてない。十中八九、九分九厘、十死零生。
考えれば考えるほど、あそこに向かわなければいけない合理的な理由が見当たらない。
それでもなんで、僕は行こうとしているんだろう? さっきからずっと震えっぱなしでビビりまくりなのに。
馬場さんたちの仇討ち? そのために力を磨いてきた。全然届かなかったけど。
こないだのリベンジ? それもある。僕自身もそうだけど、ギンチョのぶんも。
織田さんの助太刀? いやまあ、いい人だけど、レベル差的におこがましい。
怒りとか恨み? 正直むかついている。これ以上あいつの存在を許したくない。
あとは……そうだ。なんとなくだけど、運命とかそういうの、信じてないけど。
あいつとは、自分が決着をつけなければいけない。腐れ縁というかなんというか、まったくもって曖昧な予感というか勘違いというか、そんな気がしている。
そこに「世のため人のため」的な正義感とか「自分がやらなきゃ誰がやる」的な蛮勇さがないのが自分らしい。結局はほとんど自分のため、自分の中のぼんやりしたなにかを譲れないという、非合理的な理由しかない。
ああ。これがマンガとか小説なら。物語だとしたら、僕は絶対に主人公に向いていない。一生ヒーローになんてなれない。なろうと思ったこともないけど。村人Aだもの。
「ギンチョ、ここでるn……明智さんと一緒に待っててくれる?」
眠っているタカハナの隣に座っているギンチョにそう言いながら、千影はリュックの中を漁る。
「おにーさん……どこかいくですか?」
「ちょっとね、野暮用っていうか」
自分のボディーバッグに必要なものだけそちらに詰めていく。
「わたしも、いっしょにいくです」
「ダメ。悪いけど、連れていけない。ここでマーマを守るのがお前の役目」
「やです!」
ギンチョの突然の大声に、直江がびくっとする。千影も驚いている。こんなにも強く拒む彼女を見たことがない。
薄くてちっぽけな肩が震えている。その目が潤み、水滴となってこぼれる。
「え、え? なんで泣くの? どこに泣くポイントがあるの? お留守番を頼んだだけなのに。おにーさんにはわからないよ」
「いっしょにいったら……だめですか……?」
「ちょっとだけ危ない怪獣がいるから、そいつを退治しに行かなきゃいけない。ギンチョを守る余裕がないから、ここで待っててほしい」
塔のとき、ギンチョは黒の存在を感じとり、トランス状態のようなものに陥ってしまった。
遺伝子レベルで兄妹のように産み出された、黒はそんなことを言っていた。ギンチョをあいつに近づけるわけにはいかない。連れていくわけにはいかない。
「……いっちゃだめです」
「なんで? 怪獣倒さないと、お祭り再開できないよ? たこ焼き食えないよ?」
「おにーさん……いったら……かえってこないきがする……」
普段は三大栄養素のことしか考えていないくせに、こういうときは妙に勘が鋭い。
千影はギンチョの頭に手を乗せる。ふわふわした髪の毛が指の間で踊る。
「帰ってくるよ。そしたらお昼にしよう。たこ焼きでも焼き肉でもラーメンでもいい。あれ、しゃぶしゃぶって行ったっけ? 食べ放題のやつ行ってみようか、僕も行ったことないから」
千影の手に、ギンチョが手を重ねる。小さい手だ。でも千影よりも体温が高い。温かくて柔らかい。
「ずっといっしょって、いいました」
「言ったね(言ってない)」
「やくそくです……かえってきて」
ああ、なるほど。初めてちゃんと実感した気がする。
これが、守りたいって気持ちなのか。
*
「直江さんも行くんですか」
「……織田が苦戦する相手なら……ボクが行かないと終わらなそうだし……ギンチョをあんな目に遭わせたあの野郎……キクラゲにして細かく刻んでやらんと気が済まない……」
「意外と良識あるんすね」
「……むしろ貴様がいらない……レベル4の面倒なんて見てられるか……」
「まあ……一応、あれと戦った経験あるんで」
「……このロリコンクズ野郎、誰に断ってボクのギンチョにプロポーズを……」
「プロポーズはしてないけど……ゲスにクズって言われても響かないし……」
「……全部終わったらツラを貸せ。どっちがあの子にふさわしいか……死闘だ……」
「すんません、全力で逃げますわ……」
*
狭い路地を通り、建物に身を隠しながら、ポータルのほうに近づいていく。
いつもの見慣れたその場所が、まるで戦争映画のワンシーンのようになっている。
もうもうと立ち込める土埃、崩れた周辺のビル、割れたアスファルト。ポータルのエントランス部分もぐしゃぐしゃになっている。
そして転がる無数の死体――警察や機動隊、役人っぽい格好の人、それにプレイヤーらしき格好の人も。
その破壊の渦の中心、盛り上がった瓦礫の山の上に、人影がある。濃霧のような土埃の中でも、そのシルエットはくっきりと浮かび上がっている。
「おー、まだ生きてるやつがいんのか。ってか、てめえか。冴えねーツラのレベル4」
埃が晴れ、黒のエネヴォラの悪霊のような笑みがそこに現れる。
「ちょうどいい、ようやく周りのザコが片づいたとこだ……おっと、これずっと持ったままだったわ。返すよ」
彼は手に持った丸いものをこちらに投げてよこす。かなり手前で地面に落ち、でこぼこした斜面をダルマのようにぐらぐら揺れながら転がり、止まる。顔がこちらを向く。
千影の目と、織田典長の薄く開いた目が合う。
2章5話、これで終了です。お付き合いいただきありがとうございました。
2章も残すところ、6章とエピローグのみです。
引き続きよろしくお願いします。




