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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
2章:赤羽の英雄は主人公に向かない
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5-11:サウロンと二人の少年②

 サウロンはひと仕事終えたあとのような表情で、ふーっと長く息をつく。


「あー、こりゃ大炎上パターンだね。延暦寺から清水寺まで焦土と化す勢いだね。ばっちりスマホで撮られてるし。そんな僕にぴったりのワード、自業自得」


 そして、くるっと大和のほうに向き直る。


「あ、そんで、大和くんだっけ。なんとなく憶えてるよ。『世の中全部ぶっ壊したい!』とか言ってたやべー子だよね。からあげ棒かなんか一緒に食べたっけ?」


 呆けていた大和がこくりとうなずく。


「君が君の願いを叶えるのための力を手に入れたのはともかく、それがダンジョンにあったからって、僕らの意思かって言われるとね。思いっきり濡れ衣だよね。僕らのせいにされても困っちゃうし、はっきり言って残念っていうかガッカリだよね」


 大和の身体が小刻みに震えはじめる。


「どうやって【フープ】を手に入れたかは知らないけどさ、いやほんとは想像つくけどさ。あくまでどう使うかなんて君の意思だし、君の責任だよね。僕は神なんかじゃない、ただの宇宙人だ。六畳間に住んでてラーメン大好き、動画の視聴数と抜け毛と血糖値が気になる帰化日本人ユーチャンネラーだ。巻き添えなんてごめんですぞえ。行きたいなら一人で行きなよ、言いたいことも言えないこんな世の中じゃ、プリズン」

「……俺は、あんたの言葉どおり……あんたの言葉を信じて……」

「あー、なんだっけ。ダンジョンは既存の世界をぶっ壊す、世界もシステムも価値観も人間という種族のありかたもすべて変わる。そんな感じのことを言った気がする。だけどね、君がやったのはただの破壊だ。他の子が時間かけてつくった砂の城に、横からエルボードロップくらわすのと同じだ。まあ当然そうなるよね。タイーホだよね。行為の代償として、残念ながら大好きだと言ったダンジョンに二度と戻れなくなるんだ」


 大和がうつむき、だらりと前髪を垂らす。


「……ふざけんな……」

「リビルドを考えないスクラップなんて、なんの価値がある? それが君の揺るがぬ意思だというなら、君自身もスクラップにされても文句は言えないかもね?」

「……ふざけんなよ、サウロン……俺は……あんたがいたから――!」


 大和が力任せにワイヤーを広げ、自由になった右腕を地面につける――


 その瞬間、千影が刀を走らせる。斜めから斬り上げ、彼の右肘の内側から外側へ、すうっと通り抜ける。感触はほとんどない。


 ぼとん、と棒のように彼の前腕が地面に倒れる。血が噴き出す。

 そして大和の、世界の終わりのような絶叫が響く。


 これでもう右手のゲートは開けない。ダンジョンとつながることは二度とない。


 とっさだった。これほどの重傷を人に与えたのは初めてだった。筒を握る手が震えている。それでも――なんとなくだけど、自分がやらなければ、そんなことを思った。


「……すいません、明智さん。まずいっすかね、これ?」


 容疑者とはいえ、さすがに官憲の目の前で刃傷沙汰というのは。


「こいつがまたダンジョンとつなげようとしてたのは明らかだったからね。緊急避難ってやつだ。問題ない、あたしが許す」


 ああ、ほんと男前。惚れるわ。


「プレイヤー用の特別拘置所で【ウロボロス】が手に入ると思うなよ? 念のため、エリア15だっけ? 向こうのゲートも壊しとく、あたしらが責任持ってね。二度と大好きなダンジョンに戻れなくなった気分はどう?」


 言いながらタカハナのワイヤーで止血を始めるあたり、仕事できる感。大和は泣きさけびながらも、それ以上抵抗しようとはしない。


 千影は息をつき、膝に手をつく。

 これでもうクリーチャーが呼び出されることはない。一段落だ――まずは。


「久しぶり。おっきくなったね、顔はあんまり変わってないけど」

 すぐ目の前に、ぼさっとした青髪が生い茂っている。サウロンがいる。そのやや薄い色の目が千影を映している。どくん、と千影の心臓が跳ねる。


「名前なんだっけ? えーと、えーと、ハヤカワ……チハゲ?」

「わざとかよ。千影です」

「そうそう、早川千影くん。閉店しちゃって残念だったね、三郎ラーメン赤羽店。二人の思い出の店」

 本当に憶えているんだ。八年も前のことを。なんだろう、むずむずする。顔が熱くなる。

「僕も……動画、見てます。毎回ぽちっと〝いいね〟してます、一応」

「うひゃっ、オニ嬉しい! できればスマホとPCで別垢つくって一回ずつシクヨロ!」


 この人は変わっていない。見た目もノリも、あのときのままだ。

 というか、あれだけ変革だの進化だのを唱えていたくせに、本人はちっとも成長している感じがない。それはそれでどうなんだろう。いい大人としてどうなんだろう。


「つーかさ、君がプレイヤーになってたのは意外だった。向いてなさそうだと思ってたから」

「今でも向いてるとは思ってないけど……」

「でもさ、いい顔してるよ、君。八年前よりも……って言ったそばから、なにそのナマコに梅干し突っ込んだみたいな顔。褒められるとそうなるの? 一種の病気じゃないの?」


 ずぅん、と重い音とともにあたりに震動が走る。ポータルのほうからだ。


「あー、あいつ、まだ暴れてんなあ。織田くん、まだ生きてるかなー?」

「サウロンの言うとおり、これが僕らの望んだ結果の一つなら……最後の決着も僕らでつけるべきってことですかね?」

「うーん、どうだろうね。ただ、あいつは地球人を恨んでるからね。放っておくのはやばいかもね。それ以上に僕も恨まれてるから、もうケツまくって襟裳岬まで逃げる予定だけど」

「人間となにか因縁でもあるんですか、〝エネヴォラ〟って。あいつらなんなんですか?」

「まだ内緒。この星の人たちは逆恨みされてるだけだから、そこはちょっと申し訳ないけど」

「やっぱりサウロンたちのせいってこと?」

「いやいや、とはいえ彼が【フープ】を悪用しなきゃこんなことには、ね? ね?」


 今はそんなことを話している場合でもないか。千影はサウロンにぺこりと頭を下げ、その場を離れる。


 地べたにうつ伏せになった大和が、すれ違いざま、「絶対に許さないよ」と低くつぶやく。ちょっとぞわっとするが、無視してタカハナのほうに向かう。

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