5-8:絶叫、歓声
「つーかさ! あんた誰なんだよ!」
少し離れたところで、大和とタカハナが激しくぶつかっている。タカハナの二本のワイヤーつき分銅がひゅんひゅんと空を切って襲いかかり、大和はナイフを両手にそれをしのいでいる。レベル4同士、膠着している。
その横で赤いゲートから新たなクリーチャーが這い出てくる。トマトみたいな顔の赤ゴブリン、毒の牙を持つ地獄カピバラ。
やべ、先にそっちをなんとかしないと、逃げ遅れてる人たちが――
「ああああっちは俺たちがやる! いいい行くぞ、奥山!」
「おおおおうよ、中野! せせせ背中は俺たちに任せろ!」
中野と奥山が一目散に向かっていく。ポルトガルマンモスよりだいぶ小ぶりだからという思惑が背中ににじんでいるが、二体ともなにげにレベル2相当なことは教えない。
一瞬にして戦力が二人減ったが、あちらも放っておけないからしかたない。あの二人だから戦力減は最小限で済んでいると割り切るしかない。
「ヘイ、ボーイ!」
デーブの声で向き直る。空が暗い。ポルトガルマンモスの巨躯が覆いかぶさり、影をつくっている。
剛腕が振り下ろされる。千影はバックステップで回避する。アスファルトが砕けて破片が飛び散る。かけらが千影の頬をかすめる。
「ヒィィィーハァァァー!」
その肥満体から繰り出されるデーブの跳躍はバスケットボールを思い起こさせる。ナイフの一撃が敵の右肩を斬り裂く。赤黒い血が散る。
同時にロビンが左足をかすめていく。合図なしの対角線の連携。それにしてもあのぶ厚い皮膚を斬り裂くとは、意外といいナイフだ。
「尻尾に気をつけろ!」
千影の警告どおり、背後に回ったロビンめがけて尻尾がうなる。紙一重で直撃を免れるが、金髪がちぎられTシャツが破れる。
「シィット! パンクはショウにフィットしないデス!」
距離をとりながらロビンは、なぜかTシャツを自分で引きちぎる。クリーチャーよりも凶暴なボディーが露になる。ブラジャーはゴージャズなピンク、はわわ。
「オゥ、ロビン! モトキと書いてマジってやつだな! オレもミートゥー!」
そしてなぜかデーブもTシャツを脱ぐ。さらにジーンズも脱ぐ。金色の剛毛に覆われた豊満な腹部が「泥部」と書かれたビキニパンツに乗り上げている。
「ヘイ! これでユーキ百倍だぜ!」
「バンユーだワ! バンユー引力だワ!」
殺し屋から公然猥褻コンビになった二人は、それでも遥か格上の巨大クリーチャーに食い下がる。千影がちょこまか動いて狙いを引きつけているのもあるが、囮役と死角からの攻撃を巧みにスイッチし、着実に相手の肉を削いでいく。
だが――
「バォオオオオッ!」
ポルトガルマンモスが両手を振りかぶり、足元に叩きつける。アスファルトの破片がもろに直撃し、デーブが動きを止める。ズグンッ! と巨大な足が彼を蹴り上げる。空を飛んでいく姿がバレーボールのように見える。
「デーブ――」
金切り声をあげたロビンも振り返りざまの裏拳をもろに受け、路線バスのフロントガラスを突き破る。
その二手の隙に、千影は敵の懐まで入り込んでいる。
振り返るポルトガルマンモスと目が合う。「遅いよ」、その目に槍を投げる。左目に突き刺さるのと同時に股の下を抜け、両膝の裏を突き刺し、斬り裂く。甲高い怒号とともに尻尾が荒れ狂い、それ以上の追撃を諦めて距離をとる。
「ギュ・ア・ア・ア・ア・アッ!」
甲高い声で痛みにもだえ、ポルトガルマンモスが膝をつく。
ちらっとあの二人を目でさがす。デーブは路上に転がっている、動く気配はない。ロビンはまだバスの中か。命を狙われておいてなんだけど、死んでなければいいなと思う。
ともあれ、頭を狙える位置まで下がった。これで【ムゲン】を使える。圧縮された三秒で殺しきれる――
ずにゅ、とポルトガルマンモスが槍を引き抜く。無造作に掴んだそれを、肩に担ぐように振りかぶる。
マジか、と千影は身構える。ぎょろぎょろと周囲を見渡すその目は千影を無視し、間もなく一点に定まる――一人ぽつんと突っ立っているギンチョに。
――最初に石畳を一般人に投げつけた、あの行動。
〝後衛つぶし〟。中層以降のクリーチャーにまれに見られる特性。
こいつは力の劣る後衛を優先的に叩いて喜ぶ底意地の悪い習性と、投擲などの飛び道具を有効に活用する狡猾さを持っている。
「やめろっ!」
――【ムゲン】。
自分以外の時間が遅くなる。
ポルトガルマンモスの背後に回り、後頭部に刀を突き刺す。
ほぼ同時に槍が放たれる。藍色の線がまっすぐにギンチョへと伸びていく。
やばい、直撃コースだ。すげえコントロール。
刀を離して槍を追いかける。ダメだ、追いつけない。
三秒が終わる。手を伸ばす。距離は縮まらない、届かない。
待ってくれ、せめてあと一秒――
加速が解ける。すでに槍はそこに到達している。
槍は、ギンチョを突き飛ばした犬マスク――タカハナの横腹を貫いている。
「……ふえ?」
地面に倒れたギンチョが呆けたように見上げている。
「…………yかっt……」
犬マスクの奥からかすかに聞こえた声。よかった、彼女はそうつぶやいたように聞こえた。身体を貫く槍が支えになり、立ったままその手をだらりと垂れ下げる。
「ああ……ああああああああああああああっ!」
蛮勇を絞り出すおたけびではない。身体の奥からなにかを吐き出さずにはいられない、そんな絶叫が千影の口を衝く。
踵を返してポルトガルマンモスに突っ込む。剛腕をかいくぐり、その身体を駆け上がり、その五本の鼻の上、目と目の間に【アザゼル】の拳を叩き込む。
着地と同時に背後に回り、刃の尻尾に身体中を削られながら背中を駆け上がる。激痛にも構わず突き刺したままの刀を握り、背中に全身の力を注ぎ込む。
「らあああああああああああああああああっ!」
さらに奥へと突き刺し、背筋を軋ませて身体ごとひねる。藍色の刃は頭の半分を切り開いて姿を現す。大量の血が噴き出し、千影のジャージを染める。
千影が背中から飛び降りるのと同時に、ポルトガルマンモスの巨躯が前のめりに倒れ落ちる。
ぴくぴくと脈打っていた身体が、ばたばたと蠢いていた尾が、間もなく完全に静止する。
その場に残った人たちは息を呑んでいる。目の前の光景に固唾を呑んでいる。
そして歓声が爆発する。
「ああああああああああああああああああっ!」
「た、倒したあああああああああああああっ!」
「やりやがったああああああああああああっ!」
「すげええええええええええええええええっ!」
普段の千影ならその歓声と注目に硬直し、動揺し、キョドり、思考停止するところだが、そんな暇はない。
千影はすぐにタカハナのほうへ向かう――その横合いからナイフが伸びてくる。
 




