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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
2章:赤羽の英雄は主人公に向かない
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5-6:大和完介のささやかな夢

 なにかが爆発したような重い音が響き、悲鳴があがる。ポータルの方向から聞こえてきた。


 千影は考える。大和は本当にここに来るんだろうか? やっぱり応援に行ったほうがいいんじゃないか? だけど、ギンチョを連れて動くのもリスクが高いし。


「ギンチョ、お前は古田さんのところに――」


 振り返ったとき、ギンチョはいない。気づいたら千影の手は空っぽになっている。背中がぞわっとする。

 駅前ロータリーまで来て、さっきまで隣にいた。いつから手を離していたっけ?


「ギンチョ!」


 声を張り上げる。自分でもびっくりするくらい大声だ。周りが振り返るが、すぐにそっぽを向かれる。今は誰かが誰かを呼ぶ声なんてそこら中に飛び交っている。


「こっちだよ」


 声のほうに振り返る。


「――早川くん」


 ギンチョがいる。そして大和がいる。



「おにーさん……」


 ギンチョは泣きべそをかいてしゃくりあげている。その後ろに大和がしゃがみこみ、ギンチョの身体を抱えるように腕を回している。


 千影が近寄ろうとすると、大和が「あ、そこでストップね」と制止する。


「いやー、こうやって衆人環視のところでスキルを披露できるって、プレイヤー冥利だよね。ほら俺、ダンジョン大好きっ子じゃん? 俺らの足元見てみて」


 二人の立っている周りに、赤いテープが輪をつくっている。千影はすぐにその意味を理解する。


「そういうこと。ここで俺がぽんと手を叩くとあら不思議、ゲートができる。ゲートというか落とし穴というか。細かすぎるモノマネみたいに、俺とこの子はまっさかさま。その先は不思議の国ことダンジョンのエリア15」

「ちょ、マジでやめて……」


 いちかばちか【ムゲン】を使うか? でも大和にはすでに見られている。警戒しているだろうし、手を叩くほうが一瞬早いかもしれない。


「まさか、君がこっちにいるなんて。会場のほうにあらかたクリーチャーをばらまいたし、そろそろ電車待ちの人混みにまぎれようかと思ったら、聖女様に見つかっちゃってさ」

「えっと……大和くんの目的はなに? クリーチャーを使って地球を綺麗にするつもり?」


 一瞬、大和は驚いたような顔になる。


「アチャー、憶えててくれたんだ、俺のドチャ痛な黒歴史。すげー白い目で見られたよね、逆に怖がられすぎて、あれでいじめとか少なくなったけど」

「怪獣は――黒のエネヴォラ?」

「そこまでわかってんだ、すげえや早川くん。彼は今、ポータルのほうで遊んでるよ」

「塔の五階で会ったの?」

「そう。【フープ】を得てからずっとさがしていたんだ、彼のような強いクリーチャーを。今のこの光景をつくってくれる怪獣を。あそこで彼と会えたのは運命だった――ダベってるところを仲間に見つかっちゃって、残念ながら殺されちゃったけどね」


 大和は少しだけ申し訳なさそうに眉をひそめる。少しだけ。


「ともあれ、彼と意気投合して、このテロ計画に参加してもらうことになった。彼も会いたい人がいたみたいでさ、今頃は向こうで楽しくやってるんじゃない? 俺もテロ予告とか恥ずかしい真似した甲斐があったよ」

「会いたいって、誰に?」

「〝ヘンジンセイ〟の織田典長」


 織田? そうか、二人は一度会っている。いや、違う、そっちじゃない。シヴィ――ピンクのエネヴォラを倒したのが織田だ。目的は仇討ちか。


「彼は強いよ。〝人類最強〟が止められなければ、もう誰にも止められない。ダンジョン内みたいに都合よく消えてくれる時間制限もない、地上に召喚してからの三日間で実証済みだ。織田を殺したあと、彼は命尽きるまで暴れ続けるだろう――憎んでいるみたいからね、人間も、ダンジョンという存在も、自分以外のなにもかも」

「……それが君の望みってやつ……?」


 周囲がちらちらとこちらを見ている。大和にはそれを気にするそぶりはない。


「子どもの頃からずっと、俺はこの世界が大嫌いだった。愛情のかけらもない両親、懐かない兄弟、死ぬほどつまらない学校、無理やり難癖つけて絡んでくるクラスメート。ずっとぶっ壊したいって思ってた。世の中全部ぶっ壊れていく様を荒川で眺めていたいってのが、子どもの頃からの夢だった」


 千影はぎりっと歯をきしませる。


「あの日、俺の目の前にダンジョンが現れた。残念ながらダンジョンが世界を壊してくれるって妄想は現実にならなかったけど、プレイヤーになった俺にこんな能力がもたらされた。心の奥底に仕舞い込んでいた夢を叶えるための力がね。運命ってやつを感じない? まるでダンジョンが俺に、それを望んでいるみたいなさ。こんだけお膳立てされたらさ、そりゃもうがんばるしかないもんね。やらざるをえないもんね。思った以上に楽しくていいんだけどさ」

「ふざけんなよ……」

「あれ、怒るんだ。君はそういうタイプじゃないと思ってた。もうちょい理解を示してくれるもんかなって思ってたけど」

「こんだけ大騒ぎになって、こんだけ人が犠牲になってんのに……なんつーか、ダンジョンのせいにすんなよ!」

「え、なにで怒られてんの?」

「この厨ニ野郎……全部お前がやったんだよ! 力を与えられたとか運命とか、他人のせいにすんじゃねえよ! 全部お前のせいだよ、お前が自分の意思でやってんだよ! お前の夢とか願望とか知らねえけど、そんなペラッペラのテンプレこじらせ野郎みたいな動機で、人様に迷惑かけんじゃねえよ!」


 数秒きょとんとして、大和は笑う。つくりものっぽくない自然な笑みだ。


「でもさ、災厄や変革とかってものに、必ずしも明確な動機や兆候があるとは限らないと思うんだよね。大抵の人にとってはある日突然、ほとんどなんの前触れもなく、深い理由もなしにもたらされるんだよ。あの日、ダンジョンなんてものが地球に現れたときのように。一人のサイコパスのささやかな夢から、世界を揺るがす大惨事が起こされることもある。理不尽かもだけどさ、今起こってるこれがリアルなんだよ」


 大和はもったいぶるような仕草で周りを見回す。


「さて――そろそろ俺はダンジョンに戻るかな。ほんとは俺も会いたい人がいたんだけど、さっさと逃げちゃったみたいでさ、また今度にするよ」

「ダンジョンに行ったら、もう二度と地上には戻ってこれないだろ。そのゲートはすぐにぶっ壊されるから」

「ちっちっ。甘いね、早川くん。金やアイテムさえ積めば、どんな方法にせよゲートを地上側に渡すことは難しくない。そのときにまだこの国が残ってたら、今度はどこでお祭り騒ぎを起こそうかな」

「わかったから、ギンチョを離せよ」

「無理だよ。離した瞬間に君はあのスピードで俺とゲートを狙う。聖女様には悪いけど、このままダンジョンまでお付き合いいただくほかない。君が追ってこれないように、ゲートもすぐに消すつもりだよ。聖女様も立派なプレイヤーなんだから、ダンジョンでも一人でなんとかできるよね? 初めてのおつかいってやつだよ、ね?」

「待てって!」

「おにーさん……」


 なにが起こっているのか、これからなにが起こるのか。どこまで理解しているのかはわらかないが、ギンチョは涙をにじませて震えている。


「ギンチョ、だいじょぶだから! 絶対助ける!」


 千影は大和への怒りと憎しみで頭が沸騰しそうになっている。

 落ち着け、と何度も自分に言い聞かせる。冷静になれ、目を見張れ。

 なんでもいい、隙をつくれ。【ムゲン】を叩き込む隙を――。

 とん、と肩を叩かれる。顔を前に向けたまま横目で見る。誰もいない。


「というわけで、また会えたら話をしよう。じゃあね、早川くん」


 ギンチョを拘束したまま、その左手に右手が重なる――寸前、ぴたりと止まる。


「え?」


 その腕には、千影の横から――()()()()()()()()()伸びたワイヤーが絡まっている。さすがにワイヤーまでは透明化されないのか。


「……でも便利だわ、【ギュゲース】」

「は――」


 右手が跳ね上がり、そのままマグロの一本釣りのように大和の身体が宙に浮く。同時に千影は走りだしている。

 大和とギンチョが地面に投げ出される寸前、飛び込むようにその上を通過し、勢いのままギンチョをかっさらう。地面を滑る千影を通行人が避けていく。わっと悲鳴があがる。


「なんだ、これ? ワイヤー?」


 ぎりぎりと引っ張られる右手を、倒れ込んだ大和が驚きの表情で見つめる。やがて透明化が解けて、彼女の姿が現れる。


 路上に膝をつき、両手でがっちりとそれを掴んで引き寄せる、凛々しいドーベルマンマスクの女がそこにいる――タカハナだ。


「その子を泣かせた罪は、千回刻んで荒川に捨ててもまだ贖いきれない。覚悟しろ、外道め」

「タカハナさん、そいつを――」


 千影が言い終えるより先に、大和がきひっと笑う。そして伸びきった右手のひらに左手を打ちつける。


 赤い円の内側が黒く染まる。その穴から巨大な腕が生え、その縁に手をかける。

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