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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
2章:赤羽の英雄は主人公に向かない
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5-4:千影の妄想

 千影にとって見慣れたはずの街並みが、今は血に染まっている。


 路上に散らばる黒ずんだしみ、ペンキのように撒き散らされた色とりどりのクリーチャーの血。


 三番街のほうで煙が上がっている。空気が焦げくさい。あそこは祭りの会場ではないが、クリーチャーが入り込んだのかもしれない。いくつもの出店が破壊され、コンビニやラーメン屋のガラスも割れている。まるで災害だ。


 ギンチョはずっと泣きそうな顔をしている。できればどこか安全なところに置いておきたいが、離れるとなるとまたぎゃーぎゃー言いそうだ。


 千影は大和を追って赤羽駅方面に向かっている。人混みとクリーチャーで遅々として進まないが、ようやく駅前ロータリーにたどり着く。


 救急車と消防車が停まっている。多くの人が駅へと殺到している。バスは動いていない。クリーチャーの姿はない、まだここまでは到達していないようだ。


 大和はいずれ駅に来るんじゃないか。千影はそう推測している。


 ワープするスキルがあるといえ、一方のゲートはダンジョンとつながっている。赤羽付近から逃げるとしたら、この騒ぎでタクシーやバスは使えない。自分の足で逃げるか人混みにまぎれて電車を使うか、どちらかだ。


 ダンジョンに逃げ込む可能性は低いと見ている。【フープ】というそのスキルのルール――ゲートは一つずつしかつくれないというルールが本当なら、ダンジョンに逃げたあとで地上側のゲートをつぶされた場合、タネが割れた以上また地上に戻ってくるのは難しくなる。


 事態が収まれば赤羽中が捜索の対象になる。唯一のライフラインとなるゲートを、この付近に置いておくのはリスクが大きい。千影が彼の立場なら、電車で遠くに逃げて、誰にも見つからないアジトのようなところにゲートを設けると思う。


 いや、まあ。彼が嘘をついていないという前提なので、一つの可能性にすぎない。他にも警察やプレイヤーがたくさんいるし、ここで一息ついていてもそのうち事態は収束するだろうし、という言い訳も含んでいる。


「……つってもなあ……」


 大和の目的はなんなのだろう? 彼はなにがしたかったのか?


 一般人を巻き込んだテロ行為そのものが目的だった? ただ血が見たかった、何十人や何百人の死が見られればそれでよかった、そういう愉快犯的な思考だった?


 どうだろう。そういう狂人じみた雰囲気がなかったわけでもないけど。


 彼がなにを望んでいるのかがわからない。なにか思い出せるだろうか、彼の言動、彼の仕草、彼の表情。あるいは彼の過去。時間稼ぎも兼ねて小賢しく考えてみる。


「……あ」


 ヒントは思いがけない引き出しから発見される。


 小学三年生のとき、夏休みの宿題でポスターの作成というのがあった。画用紙に絵を描いてスローガンを付け加えるだけのもので、たとえばゴミ拾いをしている人の絵と「みんなのまちづくり」とか、横断歩道で信号待ちをしている人と「こうつうルールをまもろう」みたいな。


 大和完介の絵は、いろんな意味でクラス中をざわつかせた。その絵のうまさもそうだし、街並みを破壊する怪獣の迫力もそうだし、なにより「ちきゅうをきれいにしよう」というスローガンが衝撃的だった。ポスターは教室の後ろに貼り出されたが、彼のものは担任によって一足先に剥がされてしまった。


 あいつは怖い、なにを考えているかわからない、そんな風にクラスメートが話しているのを耳にした。当の本人はいつもと変わらず、無口で不愛想で誰とも関わろうとせず、そんな危険性を実地で表現するようなこともなかった。


 ――俺はあの頃となにも変わっていない。


 彼の言葉のとおりなら、今このときが、あのときのスローガンを実践している状況だということだろうか?


「でも……だとしたも、無謀すぎね?」


 やっぱりやぶれかぶれの愉快犯というほかない。


 クリーチャーズハウスはマックスでも百体とか二百体程度だ。確かに人喰いの怪獣がそれだけ街中に放たれると考えると普通は絶望的だし、実際に被害は甚大だ。


 だけど、ここはプレイヤーのお膝元だ。警察だって自衛隊だっているし、単純な数だけでもこちらの戦力のほうが多いはずだ。


 胎巣(ネスト)を壊さない限り湧き続けるとはいえ、それが作用するのも発生から最長三日くらいまでだ。地球をまるっと綺麗にするには頼りない怪獣の軍勢。最初から見えている勝負だ。


 あるいは――それだけじゃないとか?


 クリーチャーはあくまでもオマケで、本命は他にいるとか?


「……あ」

「おにーさん?」


 そうか。脳みそに引っかかっていた最後の疑問が解けていく。


 あの日、〝キャンプ・セブン〟が襲撃された日。黒のエネヴォラと遭遇した日。

 あの場所に大和はいた。仲間は皆殺しにされ、彼だけが生き延びた。彼とあいつはきっと、自分たちの前に遭遇していたはずだ。


 どうやって生き延びた? 運によるものか、それともスキルで逃げたとか?


 ――……いや、たぶん順序が違うんだ。


 そもそも仲間連れのまま、〝キャンプ・セブン〟にクリーチャーを送り込むなんてことはできない。スキルの秘密を知られてしまうし、あの穏健派の〝ボブル〟の人たちが共犯という可能性も低い。


 大和は仲間と別れ、一人で塔に行った。あるいは巻き込まないために「先にアジトに戻ってて」とか言ったのかもしれない。


 そうして一人で五階でクリーチャーを送り込む作業をするうちに、偶然にも黒と遭遇した。心配して追いかけてきた仲間がその場面を目撃して、黒に殺された――そういう順序なら辻褄が合う。


 あくまで想像だけど、それが正しいとしたら、大和は黒に見逃されていることになる。

 そうだ、黒はこう言っていた。


 ――次に出る場所と時間は決まってる。運がよければ、また会えるかもな。


「……おにーさん、だいじょぶですか?」


 気がつくと、ギンチョが心配そうに見上げている。よっぽどひどい顔色になっているのか。


 もしも、もしもだけど。

 あのとき、大和と黒が意気投合したとしたら。


 大和は祭りまでの間に、地上側にゲートを用意しておく。黒とあらかじめ示し合わせた次の出現場所で合流し、地上に連れていく。

 そんなことが可能だったとしたら。


 千影は自分の肘をぎゅっと握りしめる。身体の震えを殺すために。


 だとしたら――今、赤羽に本物の怪獣が来ている。

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