5-3:それぞれの祭り
明智瑠奈は早川からの電話を切り、また電話をかける。一斉通話で同僚たちに捕縛対象の特徴を伝える。
公安課とともに行なった検索と消毒で、テロの影などみじんもないことは確認済みだった。明智を含むプレイヤー犯罪捜査課一同、この祭り会場全体の警備に駆り出されていた。IMODのエージェントも配備されていた。
それらがなんの防波堤にもならなかった。
まったくもって予想外の場所から、誰もが予想だにしない方法で、最悪のテロルが断行された。
「……くそが、妄想が現実になりやがった」
行方不明の男の生存、そいつがテロ予告の犯人だったという事実。それはともかく。
空間をつなげるというチートすぎるスキルの存在、その先がダンジョンとつながっているというふざけた状況。
無茶苦茶でもありえなくても、なんでもいいから一度くらい考えつくべきだった。常識から外れたダンジョンという場所に身を置いてきたはずなのに、まだそんなつまらないものに囚われていた。
「……これで全部、つながったわけだ」
〝キャンプ・セブン〟の襲撃、もぬけの殻の塔五階。その二つの事象は関連していた。大和完介の仕業だったわけだ。
キャンプのテント内に一方のゲートを、塔の中にもう一方をつくった。そうして塔内のクリーチャーをキャンプのど真ん中に送り込んだ。
仮に平面であればなんにでもゲートをつくれるとすれば、カーテンやポスターのような携帯できる平面にそれをつくることも可能かもしれない。それなら塔の中を移動してクリーチャーを捕獲、転送する効率も上がったかもしれない。最近また流行っているクリモンGOみたいな要領で。
おそらくあれは、デモンストレーションだったのだ。手に入れた能力を使用して、人やものを思いどおりに動かす実験。今日という日のための予行練習。
「……でも、どうやって大和は地上に……?」
出入り口は左右の手で一つずつしかつくれない。早川はさっき電話でそう言っていた。
じゃあ、どうやって地上に戻ってきたのか? その時点では塔とキャンプに出入り口をつなげただけで、地上に出るには使えない。ポータルは経由していないはずなのに、どうやって地上に?
――いや、そのからくりも、携帯できる平面を使えば説明できる。
そいつをそのへんのプレイヤーにでも金を渡して地上に持ち帰ってもらい、どこかで広げてもらえばいい。それでダンジョンと地上をつなげることができる。地上に出てから改めて自室なり目立たない場所なりにゲートをつくり直せば、自分一人だけのプライベートな勝手口の完成だ。
じゃあ、どうしてそんな面倒なことをしてまで、失踪したように見せかけたのか?
――今日この日に地上にいなかったというアリバイをつくるためだ。
後日ダンジョンからポータルに戻って「恥ずかしながら生きて戻りました」と言えば、それで疑いがかけれらることはない。完全犯罪だ――早川とギンチョがやつを見つけていなかったら。
「……ざけやがって……」
想像力が足りなかった。すべて後手に回った。
だからこうなった。
腸が煮えくり返る思いだ。早川千影――あの冴えない少年がそばにいてくれたら、親愛の情をこめてこの全ストレスをぶつけてやるのに。
*
丹羽ひとみは交差点で立ち止まり、倒れている女の子を抱え起こす。
その子は頭から血を流して気を失っている。他の人に突き飛ばされたのか。まだ六歳くらいだろうが、親らしき大人は近くにいない。
避難訓練や応急処置講習はさんざん受けてきた。結構のらりくらり適当にやってきたけど、まさかこんな形で実践する機会が来るとは。完全オフで、一人のんびりビールとたこ焼きでぶらぶらしていたところだったのに。
「っていうか……どうなってんのよ……街中にクリーチャーって……」
まさかエレベーターを通ってやってきた? 職場は今、どうなっているの?
テロ予告があった、という噂は聞いていた。上はイタズラだと判断したのか、世間には公表されなかったし、丹羽も同僚たちも噂を真に受けたりはしなかった。
今起こっているのがテロ? ダンジョンのクリーチャーを使うって、誰がどうやって?
違う、今はそんなことを考えている場合じゃない。この子を安全な場所に運ばないと。
丹羽は「ごめんね」と少女に声をかけ、腕に抱っこして立ち上がる。頭を打っているのなら動かすのはよくないのかもしれないけど、どこか屋内、安全な場所に連れていかないと――
「危ない!」
どこからか声が響く。
振り返った丹羽の眼前に、大きな顎を開いた獣が迫る。
*
中野直樹と奥山慎五は逃げまどう人々の盾になり、クリーチャーの侵攻を食い止めている。
目の前にはエリア3で幾度となく戦った宿敵、サンキャクサウルス――の上位種と思われる強そうなのが三体。初対面の敵だ。
「まさか、こんなに早くこのときが来るとはな、奥山」
「ああ、中野。俺たちが真の英雄になる日がな」
ここにはギャラリーがいる。数えきれないほどの目が二人を見ている。溢れ返るほどの助けを求める声がある。眼の前には強敵がいる。不謹慎かもしれないが、ダンジョンでは望むべくもない状況だ。
たとえあそこで百体を倒そうと、それを語るのは自分自身でしかない。自慢ばかりの武勇伝などどれほど空虚に響くものか。二人はそれをさんざん味わってきた。居酒屋で、ガールズバーで、キャバクラで、合コンで。
「ここで一体倒せば百リツイート、一人救えば千リツイートだな」
「おうよ、祭りで写真撮られまくり計画のためにフル装備で来てよかったぜ」
「ああ、おかげで今日の俺たちはいっそう映えるぜ!」
そして、二人は目を合わせて同じことを考える。
あとは――どのタイミングで逃げるかだな!
*
出店にハンバーガーがないのが悪い。だから初動が遅れた。
「ダムッ、まさかシャバでクリーチャーとエンカウントすることになるとはな、ロビン」
「まさにフェスティバルでカーニバルだワ、デーブ」
デーブ・フロイスとロビン・ガラシュが釈放されたのは一週間前だった。米国大使館とのパイプがあったから、そのへん外交特権とかなんとかをアレしてアレしてもらった。持つべきものはセレブのフレンドだ。
逃げまどう衆人、破壊された街並み、跋扈する怪物の群れ。ここに間に合わなければもはや正義の殺し屋ではない。デーブ&ロビンの本領を発揮するステージは整っている。
片手にはナイフ、もう片手には食べかけのチーズバーガー。そのまま二人は逃げまどう人々を追うクリーチャーに立ち向かう。
「リトル遅刻したけどな、ようやくヒーローのエントリーだ!」
「ライディンするしかない、このビッグウェーブに!」
こんな大事件を起こした諸悪の根源がどこかにいるはずだ。
クリーチャーどもを根こそぎ討伐し、諸悪の根源を溶鉱炉かなにかに放り込む。死闘の果てに多くの観衆の祝福を受けて、二人キスして大団円。それこそヒーローの本場からやってきた者の運命。
「絶対にあのゴクアクニンのシワザだ。リベンジタイムだぜ、ロビン!」
「今度こそオダブツさせるワ、あのファッキン・アベレージフェイス!」
*
獣の牙が丹羽の頭に食い込む、その寸前。
「ごらああああああああああ!」
モブプレイヤーAが横合いからクリーチャーを殴り飛ばす。
「てめえくそがああああああ!」
モブプレイヤーBがクリーチャーの頭を踏みつぶす。
「俺の丹羽さんにいいいいい!」
モブプレイヤーC、D、Eが敵の身体をめった刺しにする。
一同が一斉に振り返る。ご褒美の言葉をもらうために。
「あ……ありがとう……」
へたりこんだ丹羽が、かろうじてそれだけ言う。その先の言葉が続かない。
担当じゃないから、名前憶えてないし。
*
明智のそばを人々が走り抜けていく。涙と涎を垂らしながら、口々になにかをわめきながら、服を血に染めながら、我先にという風に。
さながら戦争だ。我々は今、侵略を受けている。
彼らの来る方向から、二本足の巨大な生き物が近づいてくる。ダンジョン三層の奥に出現するレベル3相当の強キャラ、アホロートルデビル。ニメートルを超える巨躯、コウモリに似た凶悪な顔、首周りに外びれ。全身ピンク色でぬらぬらしているのが気色悪い。
ずしん、ずしん、と一歩踏みしめるたび、コンクリートにひびが入る。
「このキモ悪魔野郎、道路の修繕にも税金かかんだよ、クソボケ」
こいつをいじめてすっきりしていきたいが、そんな時間はない。大和完介は完全に姿をくらまし、移動しながらあちこちでクリーチャーを放っている。おかげさまで赤羽中が最悪のお祭り騒ぎだ。
一刻も早くやつをとっ捕まえてやる。そのあとで理性を保てる自信はないが、構うもんか。
アホロートルデビルが足を止める。ぎょろりとした目が明智を見据える。
その口がぱかっと開き、「ボェエエエエエエエエエエッ!」、けたたましいおたけびをあげる。ビルの窓ガラスがびりびりと震える。
明智は腕を上げる。指でピストルの形をつくる。かけ声をトリガーに光の弾丸を射出するスキル、【ピースメーカー】。
「うっせーバカ、お前と遊んでる暇はないんだよ」
ばん、と苛立ちを込めて言う。




