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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
2章:赤羽の英雄は主人公に向かない
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5-2:舞台裏にて

 ステージ裏は混乱している。織田典長はその中心に突っ立っている。


「区長、こちらへ――」

「なにが起こっているんだ――」

「(英語)理事長、ポータルの中へ――」

「(中国語)街中にクリーチャーだと、どうなってる――」


 さっきまで談笑していたアイドルが隅のほうでマネージャーと口論している。スタッフ、護衛官、要人、役人。慌ただしく走り回ったり、おろおろと周囲を窺ったり、なにかをさけんだり。遠くのほうで悲鳴があがっている。


 祭りに向けてテロ予告があったとかで、織田はこの催しに強制参加となった。ゲストというより有事の際の保険だ。それはわかっていたことだが、実際にこんな騒動が起こるとは露ほども思っていなかった。


「いやー、大変なことになってるっすね、サウロンさん」


 返事がない。どこにもいない。さっきまですぐそばにいて、アイドルたちと一緒にくだらない下ネタ話をしていたのに。まさか、真っ先に逃げやがったのか?


 クリーチャーが地上に現れた――事実なら、ダンジョンの赤羽来訪以来、初めてのことだ。


 いきなり街中に現れたと誰かが言っていた。ポータルから這い出てきたわけではないだろうし、地上にポップするなんてもっとありえない。


 誰かがなんらかの方法で召喚した――そう考えるのが正しい気がする。

 でもどうやって? ダンジョンのエレベーターは生きたクリーチャーを乗せた状態では動かないのに(地上へ持ち帰れるのは死骸やアイテムのみ)。


 サウロンが姿を消したのが気になる。あいつはなにか知っているのだろうか?



 織田はあの宇宙人を信用していない。というか、本心では彼の中で一・二を争うほどに嫌悪している。


 テレビゲームのキャラクターに本物の意思があるとしたら、きっと自分と同じような感情を抱くはずだ。子どもの人形遊びのように好き勝手にこの身体を操ろうとする消費者(プレイヤー)や、消費者の快楽を満たすためにキャラの生き死にや世界の筋書きを好き勝手に弄ぶ開発者たちへの、嫌悪と憎悪。


 運動以外に大したとりえもなく、夢も目標もないフリーター生活に嫌気が差して、ほんの軽いつもりで選んだプレイヤーという職業。


 幾度となく死にかけた。誇張でなく首まで棺桶に突っ込んだくらいの経験をしてきた。それと同じだけ仲間との死別を繰り返してきた。


 それ自体に悔いはない。自分で選んだ道だから。

 ただ――自分の人生は自分のものだ。高みの見物を決めるやつらを喜ばせるためのものではない。


 俺は俺のために強くなる。俺のために敵を倒し続ける。

 やつらが神だというなら、そこまで登りつめてやる。そして神をぶっ殺す。

 俺がこの胸くそ悪いゲームを終わらせてやる――。


 相棒の福島以外には明かしたことのない、その強い意志こそが、彼を〝人類最強〟に育て上げた原動力だった。

 その相棒にも告げていない内緒の本音だが、ダンジョンをクリアした暁には、その報酬というか内容次第ではサウロンを殺してやろうとこっそり企んでいた。実際にそうするかどうかはともかく、モチベーションを上げる妄想としてはじゅうぶんだった。



「いやあ、なんかやばいことになってるみたいですねえ」


 思考が遮られ、織田は振り返る。読買タイタンズの野球帽と祭りのスタッフジャンパーを着た男がいる。


「祭り会場のあちこちで化け物が出たって、すげえパニックになってますよ。負傷者も出てるとかって」

「ダンジョンのクリーチャーだとしたら、警察じゃ対応できないっすね。レベルによるけど、拳銃くらいじゃ象にパチンコ玉っす」

「マジですか、じゃあどうするんですか?」

「プレイヤーがなんとかするっすよ。祭りに来てるやつらとか、周辺警護に雇われてるやつらもいると思うし。うちのチームのやつらもそのへんいるし」

「あなたは助けに行かないんですか? プレイヤーですよね?」

「行きたいんすけどね、ちょっと様子見っす。なんつーか、今起こってることってまだまだ前座つーか、もっとすごいことが起こりそうな気がしてるんすよね。勘っすけど」

「へー、なるほど。さすがですねえ、よくわかってらっしゃる」


 織田は改めて男の顔を見る。日に焼けた肌、瞳の色は暗めの赤色。外国人だろうか、人懐っこそうに笑っている。


 どこかで会ったことがある気がする。あるいは誰かに似ている気がする。


「わかってるって、なにが?」

「メインイベントはこれからってことだよ」

「どういうことっすか? 君は誰っすか?」


 男はてくてくと歩き、勝手にステージに上がっていく。織田もそれを追いかける。


 路上では多くの人たちが逃げまどっている。押し合いへし合い、北へ南へ。ここからではクリーチャーの姿は見えない。


「きひひ、面白ぇことになってんなあ」


 男は額に手を当てて、それを楽しげに眺めている。


「あんた、何者っすか?」

「つれねえなあ。一度会ってるらしいけど、さすがに声だけじゃわかんねえか。その偽善者面、俺はなんとなく見憶えあるぜ」


 男は帽子をとる。くしゅくしゅとウェーブのかかった髪がこぼれる。銀髪だ。


 そうか、と織田は思う。会ったことがあるんじゃない、似ているんだ。

 目つき、輪郭、肌の色、髪の色。

 ピンクのエネヴォラと。あとなぜか、最近会ったあのチビっこプレイヤーと。


 男が腕をまくる。その左腕には黒っぽい色の小手のようなものがある。右手でそれに触れると、小手が風船のようにぶわりと広がり、その膜が全身にまとわりついていく。


 やがてそれは全身を覆う宇宙服のようなボディースーツをかたちづくる。感触を確かめるように、てのひらを握ったり開いたりする。


「……黒のエネヴォラ……」


 きひ、とそいつは笑う。


「さぁて、絶望タイムだ」

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