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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
2章:赤羽の英雄は主人公に向かない
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4-3:ダンジョン原理主義教団〝ボブル〟

「あんた、その格好、D庁の人間か」

「ちっ、国家の犬かよ」


 歓迎されていない。非友好的な空気。ギンチョはさっそく千影の後ろに隠れている。


「明智さん……なんなんすか、この人たち……」


 本当に〝C〟予備軍だとしたら、この状況、やばくない?


「ダンジョン原理主義教団〝ボブル〟。ダンジョン原理主義者の一派だ」


 ダンジョン原理主義者。この赤羽ファイナルダンジョンを人類創始の地と崇め、サウロンや〝ダンジョンの意思〟を神と讃え、地球人のダンジョン回帰を提唱する集団だ。


 赤羽駅やポータルの付近でマイク片手によく演説しているのをたまに見かけたりする。ギンチョとの最初の冒険から戻ったとき、ポータル前で反ダンジョン主義者たちと揉み合いになってギンチョを怯えさせていた連中と同類だ。


 彼らの後ろから、ほつれて汚れた白っぽい布をマントのように羽織った男が姿を現す。ヒゲも白髪交じりの髪も伸び放題、一見して浮浪者のような出で立ちだが、背筋はぴんと伸びているし目力も強い。たぶん四十歳前後くらいだ。


「私になにか用か、地上の民よ」


 よく通る声だ。心地よい重みもある気がする。


「はじめまして、教祖さん。もう何年もダンジョンから出てきてないって話だから、こっちから会いにきたよ」

「……その子が聖女ギンチョか。お初にお目にかかる」


 ダンジョン内定住者だという教祖とやらは、千影の背中からひょっこりしているギンチョに愛おしげな視線を送っている。千影は一拍置いて、ぼふっと噴き出す。


 聖女ってギンチョのことか。いやいや、いい年したおっさんが真顔で聖女て。

 とたんに周りの手下たちが剣呑な目で睨みつけてくる。千影は慌てて咳払い的な感じでごまかす。


「世俗の垢にまみれた小僧には、その子の神格は見抜けまい。慎め、無知なる者よ」

「あっちのほうにメックの包みとか落ちてんだけど、世俗からの差し入れなんじゃないの、教祖様?」


 沈黙。手下たちが気まずそうに目を合わせている。


「……うっせえな、夏はフィレオフィッシュ食わねえと元気出ねえんだよ」


 キャラ捨てんのはええ。


「まあ、さっきのめんどくせえ調子で続けるようなら、あんたの前歴なり趣味なり全部暴露してやるところだったけどな」

「勘弁してくださいよ、公僕のお姉さん。今は真面目にやってんだからさあ」


 瞬時に砕けた感じにモデルチェンジした教祖は、その場に座り込んであぐらをかく。他の手下たちもそれに倣う。千影たち三人は立ったままだ。


「あの……なんでギンチョが聖女なんですか?」

「バカかお前。噂のボンクラメンターだろ?」

「はあ」

「その子の一番そばにいて、その子の神聖性を感じないなんて。そのへんの丸太でももう少し中身が詰まってるってもんだ」

「はあ」

「こいつらダンジョン原理主義者にとっては――」と明智。「ギンチョは本当の意味での偶像(アイドル)なんだ。特例免許を得た史上初の九歳児プレイヤー。まさにダンジョンの申し子、人類をダンジョンの真理へと導くマリア、生けるジャンヌ=ダルク」

「はあ」


 彼らはギンチョにスマホを向けて、断りもなくぴろんぴろんと写真を撮っている。あるいは手を合わせて祈りを捧げている。あるいはサインペンと色紙を持ってそわそわしている。


 当の本人は絶妙のタイミングで「ぐぇぷ」とゲップをする。道中〝キャンプ・セブン〟で食べたラーメンのせいでえげつないにんにく臭。


「んで、お姉さん捜査課の人?、俺らになんの用っすか? 御上の怒りに触れるようなことはなにもしてないっすよ」

「さて、ここからは大人の話だな。ギンチョ、ありがとね。お前のおかげでうまくアプローチできたよ」


 状況を理解できていないようだが、明智に頭を撫でられてギンチョは「むふー」とご満悦。


「じゃあ、聖女様。それとお付きの者。どうぞこちらへ」


 というわけで、聖女ギンチョと付き人千影は数人の教団に連れられて応接間――という名の少し離れたボロボロのカーペットの敷いてあるスペースに通される。荷物を下ろして座り込む。


「すみません、聖女様。これでも一番綺麗なカップでして……」


 ギンチョの前に紅茶らしき液体の入ったティーカップが置かれる。ちなみに千影の前にはひび割れた汚い茶碗。紅茶どころか泥水に見える。


 明智のほうを窺うと、教祖を含めた数人となにやら真剣な顔で話し込んでいる。教祖のほうが首を振ったり手を振り上げたり、やや興奮気味のリアクションをとっている。


 【ロキ】で盗み聴きできる距離なものの、さすがに捜査課の案件に自分から首を突っ込む度胸はない。なので、ギンチョにお茶菓子を出している教団員のお姉さんにそれとなく尋ねてみる。


「あの……すいません……教祖様? と明智さん――あの捜査課の人……なんの話してるんですかね……?」

「あー……例のテロ予告の件じゃないですかね、たぶん」

「テロ予告?」


 思いがけずアンタッチャブルなワードが出てくる。聞かなければよかった。


「やっぱそっか。ぜってー俺ら関係ねえのに」

「つかどこのどいつだよ……うちみてえな小規模の穏健派集団にクラッキングかけるなんて……」


 隣のギンチョは差し出されたクッキーを頬袋に入れてまりまり咀嚼している。さすがに一服盛られるとかいうことはなさそうだが、教育上あとでちょっと注意したほうがいいかもしれない。


「先週、うちのサーバー経由で各所にテロ予告のメールが送信されたみたいなんです。今週末の国際ダンジョン祭りで、セレモニーに参加する要人を皆殺しにするって」

「でもうちら、誰もそんなの送ってないですよ。送る理由もないし、完全に冤罪ですよ」

「そうそう。誰かがパスを抜きとって送ったんだ。全然知らないIPからアクセスされてて、たぶんプロクシも噛まされたんだ。うちらがわざわざそんなことするわけないだろ、だったら別のところから送りゃいいんだし」

「おまつりのプロくし? なんのにくですか?」

「ギンチョ、お菓子食べてようね」


 ――だからちげーって!


 教祖の怒鳴る声が聞こえてくる。やっぱりこっちと同じ話をしているようだ。


「公安課じゃなくて捜査課が来たってことは、さすがにうちらが本気で疑われてるわけじゃないってことだろうけど……」

「反ダンジョン主義者の連中のイタズラだろ? ダンジョンの加護を得た俺らが気に食わないんだよ、同じダンジョンから生まれた人類とは思えねえ」


 ダンジョン原理主義者の中には「地球人類は数万年前に地球にやってきたダンジョンに起源がある」と信じている人がいる。〝ボブル〟は比較的マイルドな教団のようだが、このお兄さんはわりとガチのようだ。


「ていうか、うちらも祭りに参加する予定だったんですよ……」

「四つ足ダコのタコ焼き……売上期待してたのに……」

「彼女とダンジョンリンゴ飴食べようと思ってたのに……」

「おにくもあるですか?」

「ギンチョ、今度は焼き鳥のネギもちゃんと食べろよ。ネギだけ直江さんに食わすなよ……なぜ返事しない?」


 ふと見ると、教団員が教祖を囲むようにしてしばし小会議している。明智は腕組みをして苛立たしげに身体を揺すっている。おそらくニコチン不足だ。


「つーか、誰かPCにウイルスとか仕込まれたんじゃね?」

「あー、ありそう。うちらみんなハイテク系弱いもんなあ」

「教団のサイトなんて二十世紀のケータイサイトかってくらいボロいし」

「田中、お前こないだネットでAV見放題の海外サイト見つけたとか」

「やめてくれ、聖女様の前だ!」

「えーぶいってなんですか?」

「ギンチョ、僕も知らないからるなおねーさんに教えてもらおうね」


 ふと見ると、なぜか明智がこちらを睨んでいる。【ロキ】を持っていないはずなので、偶然目が合っただけだと思って顔をそむける。


「真面目な話、うちらどうなるんだろうね?」

「地上で事情聴取くらいはされるんじゃね? 冤罪だってわかってもらえればすぐに解放されるよ」

「教祖様、だいじょぶかな? 地上に連れてかれたら……悪魔どもに追われてるんじゃ……」

「利息だけで家が建つほど溜まってるって噂だし……どっかの実験所に生きたまま売られたりして……」


 ――嫌だー! 地上に戻りたくないー!


 教祖が駄々っ子のごとく床に寝転がってじたばたしている。借金とりから逃れるためにダンジョン内定住者になったのか。周りの教団員も生ぬるい目で見ているあたり、彼は教祖というよりマスコット的な扱いなのかもしれない。


「あの……じゃあ、足抜けした人とか? がパス使ってやったとか……?」

「あー、幽霊部員みたいになったやつなら三人くらいいるけど……その可能性はゼロじゃないですけど、そんなことするようなやつらじゃ……」

「こないだ四人もいっぺんに亡くして……うちらも今日ここにいる十九人だけになっちゃって……」

「四人も?」

「こないだのエリア7で。塔で黒のエネヴォラの手にかかったってやつで……」

「D庁にチーム登録してなかったんですけど、あいつら五人でチーム組んで動いてて……」

「一人はタグも遺品も見つかってなくて、そのまま行方不明で。D庁の人に聞いても、地上に戻った履歴もなくて……たぶんもう……」


 彼らがしんみりする中、千影の心臓がどくんと跳ねる。


 エリア7の塔、黒のエネヴォラ。

 あれだ、ギンチョと二人で遭遇した惨殺死体。あれはこの人たちの仲間だったのか。


「確か……クリヤマノボル……」


 あの血の海になった部屋で見つけた死体のプレイヤータグ。確かそんな名前だった。


「ああ、そうです。よくご存じで」

「僕とこの子……あの場にいて……たぶん第一発見者です」


 彼らが涙ぐみ、一斉にギンチョに手を合わせはじめる。当の聖女はきょとんとしたままだ。


「そうですか……あいつら、ひどいことになってたって……」

「遺体はダンジョンバクテリアにほとんど分解されて、その一部とプレイヤータグしか回収されなかったって……」

「でも、聖女様に看取られて……ダンジョンに還れたのなら……」

「地球上の生命は、海からではなくダンジョンから誕生した。それが俺らの教義の基本です。そしてダンジョンの中にこそ真の輪廻転生がある。きっとまた、あいつらも別の姿で……」


 千影たちが発見したのは、確かに四人ぶんの死体だった。それはたぶん間違いない。

 となると、もう一人はどこに行ったんだろう? あの黒から逃げきれたんだろうか?


 ふと、明智や教祖たちがこちらに歩いてくる。話はついたらしい。教祖はだいぶしょんぼりして、手下に支えられている。


「とりあえず、教祖様と主要メンバー何人か、ご同行くださいな。ダンジョンから出るのが嫌なら、駐屯地で聴取できるようにしてもいい」

「しゃーねえなあ……俺もこの教団は守りてえ、濡れ衣晴らせるならどこだって行ってやるぜ。ただしダンジョン内でお願いします」


 教祖の決意を聞き、教団員は準備をするとかでにわかに騒がしくなる。


 彼らの首に下がっているネックレスが目に入ったとき、千影の頭の中でなにかがこつっと引っかかる。


「……ギンチョ、あれと同じの、見たよな?」


 〝キャンプ・セブン〟で。()()()の首にかかっていた。


「……はう。みたきがします、たぶん」


 ギンチョは小さくうなずく。この子の記憶力は正確だ。

 千影はその頭にぽんと手を置き、手近な教団員に声をかける。


「――あの、その行方不明の人の名前、教えてもらっていいですか?」

「は?」

「もしかしたら……僕の同級生かも」


2章4話、構成上短いですがこれで終わりです。

お付き合いいただきありがとうございます。


次からはいよいよ大詰めの5話です。

ハードなお話になるかもですが、読んでいただけると幸いです。


引き続きよろしくお願いします。

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