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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
1章:怪獣娘にかける言葉は決まっている
6/222

1-4:お土産と白狼

 ポータルことダンジョン庁本部庁舎。


 赤羽駅から南東に徒歩五分、旧赤羽駅公園と周辺ビルの立ち退きで空いた敷地に建てられた施設だ。ダンジョンと地上をつなぐエレベーターを管理していて、プレイヤーの各種手続き窓口や一般人向けの観光案内所、お土産屋やレストランまである。


 エレベーターはポータル地下一階の中央にあり、二十四時間常時稼働している。今日のホールはほとんど混雑していない、これから下りようというプレイヤーが数組いる程度だ。


 同じ地下階の奥にある、クエストを管理している任務課の窓口に向かう。日曜日だから窓口は一つしか空いておらず、しかし待っている人もいない。番号札をとらずにそのまま窓口から呼びかける。


「あの……すいません」

「はいはい、ちょっと待ってね」


 デスクで仕事していた中年女性がやってくる。千影は免許証――プレイヤータグとクエスト手帳を出す。


「早川です……依頼されたクエストの品、持ってきました。これが依頼証です」

「はーい、お疲れ様です。クエストの品は……あっちで受けとりますね」


 左奥のほうは背の低い集荷用カウンターになっている。そこにクリーチャーの頭と手の入った革袋を置く。彼女は露骨に嫌そうな顔で中を覗いている。手袋をはめ、台にビニールのシートを敷き、意を決して中身を台に並べていく。


「はい……ヘカトン・エイプの脳みそ入りの頭部と赤い手、ですね。うわー、グロい。正視に耐えないわー」


 本音にもほどがある。


「ではこちら、お預かりしますね。クライアントにお渡しして、確認してもらって問題なければ、任務課から早川さんに完了の連絡をさせていただきます。こちらの預かり証にサインしてください。その間に冷蔵庫に仕舞っちゃいますね」


 名前を書くと、彼女はプレイヤータグと照らし合わせて確認し、下の写しのほうを破って渡してくれる。


「それにしても……こんなものをほしがるなんて、なんかの研究材料? 剥製飾っちゃうようなお金持ち?」

「料理で使うみたいです……中華料理」

「あ、ほんとだ。書いてある。ゲテモノってやつね。うえー、スープがピンク色になりそう」

「あの……管理課の丹羽さんにも伝えておいてもらえますか。あの人経由で受けたんで……」

「ニワ? ああ、あの美人さん。うふふ、あの子のファンなの? ライバル多くて大変よね」


 暇を持て余した事務のおばちゃんほど会話に飢えている生き物もいない。「あう」とか「えう」とか適当に相槌を打ってゆっくりフェードアウトする。


 一階に上がり、帰る前にプレイヤー管理課のほうに寄ろうかと考える。念のため自分からも丹羽さんに一言報告しておこうか。活動履歴もそろそろ更新しておかないと、ぐちぐち言われるかもしれない。単に美人を見て目の保養をしたい言い訳ではなく。


 ポータル一階の東側はプレイヤー管理課の窓口が並んでいる。プレイヤーの活動履歴の管理、保有するアビリティの把握、装備品の登録と携帯許可などなど、プレイヤーにはいろいろ面倒な手続きがつきまとう。


 とはいえ、報告義務は案外緩いところもあるし、上級プレイヤーにはあえて能力を秘密にしている人も多い。千影自身はあとで怒られるのが嫌だから比較的まめに報告しているほうだが、それでもすべてを話しているわけでもない。


「あ、早川くん」


 カウンターから身を乗り出すようにして、美人がこちらに手を振っている。

 ふわっとしたロングヘアー、ぱっちりとした二重の目、白くて柔らかそうな肌。凶器的なバストにつけられた罪なネームプレートには〝プレイヤー管理課 丹羽〟とポップな字で手書きされている。ダンジョン庁にはこういうお役所っぽくない人が結構いる。


「さっき任務課の人から内線もらったよ。ありがとう、さすが頼りになるわ」


 相変わらず声が甘い。メープルシロップを耳に流し込まれるみたいな。目を合わせなくても赤面不可避。


「なんだ、丹羽さん。クエストなら俺らに頼んでくれればよかったのに」

「それな。俺らなら格安で即日完了したのに」


 カウンターの前にたむろしていたプレイヤーらしき男が二人、千影を遮るようにずいっと身を乗り出す。


「あら、早川くんはレベル4よ。ソロで、しかもまだプレイヤー歴一年半。ダンジョンが一般公開されて七年、活動開始から十五カ月でのレベル4到達は、公式記録としても過去二万五千人以上のプレイヤーの中でもトップ百に入るスピード昇格なんだから」


 フォローしてくれているのだろうが、あっさり個人情報をバラすのはやめてほしい。男二人は信じられないといった顔をしている。管理課の証言よりも本人の風貌の説得力のなさが上回っているのだろうか。


「行政案件だからあんまり報酬出せなくて。早川くんが引き受けてくれて助かったわ。中堅以上の人はあの額じゃなかなか動いてくれないものね」


 この人が直々にお願いすればそうでもないだろう。かくいう千影がそうだったように。


「でも、これで区議の人に貸しができちゃった。ありがとうね、早川くん」そこから耳を近づけて、「個人的なお礼は、またあとでね」

 はわわ。やばい。脳みそがシチューになっちゃう。


「それでね、実はまた別のお願いがあって――」

「よし、俺に任せろ。命がけでことに当たろう」

「いや、俺がやる。存在理由とは自ら選びとるものだ」

「いやいや俺が。蓬莱の玉ですらとってこよう」


 いつの間にか集まってきた男たちに押しのけられ、尻もちをつく。美人パワー半端ねえ。

 ふと、視線を感じて振り返る。遠くから足を止めてこちらを見ている人がいる。

 女の子……亜人だ。肉体変異のレトロウイルス(アビリティ)を投与したプレイヤー。


 ボブっぽく切りそろえた白い髪。イヌ科を思わせる尖った三角の耳も、手の甲に生えたふさふさの毛やショートパンツからはみ出た尻尾も白。

 日本人離れした端正な顔立ち。滑らかに通った鼻筋、病的なまでに透き通った肌、瞳の色は深い青。前面に突き出た凶器的な豊満バスト、それと対照的なすらりとした腰つき。手も足も細くて長い。華奢な身体に不似合いな重そうなバトルメイスが二本、腰にぶら下がっている。


 ネットで写真を見たことがある。あの人だ。直江ミリヤとかいう、現役でもトップクラスの強さを誇るソロプレイヤー。

 狼の特性を肉体に付与するアビリティ【フェンリル】を投与した亜人。通り名は、〝白狼(びゃくろ)〟。ネットで写真を見たことがある。


 彼女は丹羽にピヨピヨ食いつく男たちを見て、ホウ酸ダンゴに群がるゴキブリでも見るような、侮蔑と憐憫を混ぜたような表情をしている。千影と目が合うと、くるっと背を向けて歩き去っていく。


 はあ、リアルで初めて見た。珍しいものが見れた。ていうかエグいほど美人だった。丹羽の大人の雰囲気とは対照的な、無機的で静謐で、ちょっと人間離れしているというか。


 千影が立ち上がると「あ、早川くん、ちょっと」と丹羽に呼び止められるが、捕まったら断れる自信がないので、曖昧な笑みで会釈してその場をあとにする。


「……あー、疲れたわー……」


 人間と話しすぎた。今すぐアパートに戻って風呂入ってジャージ洗濯して寝たい。

 これ以上誰からも呼びかけられないよう、気配を消して、なけなしの存在感を投げ捨てて、千影はポータルを出る。

【備忘録】


・赤羽ポータル

…ダンジョンと赤羽をつなぐエレベーターを保有する、ダンジョン庁の本庁舎。

プレイヤー管理課、任務課、資源管理課などの各種窓口の他、ダンジョン内観光窓口も一般開放されている。

ダンジョンへのエレベーターは地下一階にプレイヤー向けが三基、地上一階に観光客用大型エレベーターが一基ある。

ちなみに、外国国籍者向けにもう一つ別のポータルがある。


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