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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
2章:赤羽の英雄は主人公に向かない
59/222

4-1:モテ期

 織田と会った翌々日。七月七日、金曜日。


 昨日のうちに家に戻って、今日は終日完全オフだ。昼すぎ、ギンチョがお昼寝中のタイミングで明智から電話がかかってくる。


『あんたの予感が当たっちゃったよ。つながっていたのはあの人だった』


 千影としては、織田が研究所と絡んでいた可能性は低いという裏どりがとれた時点で、おつかいクエストは終わりだった。そのあとに個人的見解として指摘した人物の件は、確度の低い可能性の一つでしかなかった。


 プレイヤー管理課、北条。


 ギンチョにプレイヤータグを渡してくれたあの温厚そうな初老の男性が、素体の横流しに関わっていたなんて。


 ――それにしても、あの子……誰かに似てるんですよね。


 ギンチョを見てそんな風につぶやいていたのを、たまたま耳にしただけだった。他人の空似だったかもしれないし、仕事上で当の素体を目にする機会があっただけかもしれない。あくまで数ある容疑者の一人に加えてみては、と明智に助言したにすぎなかった。


 それからものの一日で、北条が犯人であると判明したということだ。


『口座情報の照会とか、諸々速攻で裏どりとったからね。自宅に確認しに行ったらあっさり認めたよ。今、捜査課で事情聴取中』

「そっすか」


 人のよさそうなおじさんだったのに。


『当時、離婚した奥さんとの間のお子さんが病気とかで、米国での臓器移植手術を待っていたんだと。それを知った向こう側のやつから、素体の横流しを条件に、その順番を繰り上げして手術費用も肩代わりしてやるって打診されたみたい』

「ほええ(マンガみたいな話)」

『がっつりスパイっていうより、その一度だけ協力しただけ、魔が差しただけって言ってるね。嘘じゃなさそうだけどね』

「北条さんは……どうなるんですか?」

『逮捕したら全部公になっちゃうからね。悪いけど、あんたには話せない。明るみに出せない部分があるのはどこの国も同じってこった。あんたも絶対口外しないように。フリじゃないからね?』


 受話器の向こうで明智が息をつく。これで終わりというわけではないのだろう。大変だ、この人も。こっちも他人事でなくがっつり巻き込まれているけど。


「明智さん、訊いていいですか?」

『五分で終わるならね』

「どうして僕にギンチョを預けたんですか? どうして誰かに預けなきゃいけなかったのか、どうしてそれが僕だったのか。祭りの日の続き、聞けてなかったんで」


 明智の答えを待つ。おそらくタバコを吸っているのだろう。


『祭りか。来週の日曜日、七月十六日、もっとでかい祭りがあるの知ってる?』

「え……いや……」

『国際ダンジョン祭り。こないだのは荒川河川敷だったけど、今度のやつはポータルを含む赤羽駅周辺で大々的に催される。それと合わせて、ダンジョン庁長官やIMODの理事長によるセレモニーも開かれる。あのサウロンも参加するって話だ』

「へー(去年もやってたっけ?)」

『いやいや、あんたが獲ってきたヘカトン・エイプの猿の手と脳みそ、その打ち合わせを兼ねた集会で振る舞われたんじゃん。担当の子から聞いてないの?』


 聞いたような、聞いていないような。


『祭りのときに、ギンチョが日本政府の機関にいると都合が悪いんだ。だから君に預けた。おわかり?』

「おわからない。ぜんぜんおわからない」

『ギンチョは米国の組織によって生み出されたクローン人間――「存在してはいけない子」の可能性があった。実際はその斜め上のエネヴォラクローンだったわけだけど』

「はあ」

『どちらにせよ、米国の現政権の関与がなかったとはいえ、それを日本政府が保護していると、立場上いろいろとややこしくなる。だからせめて、各国の要人が顔を合わせる国際ダンジョン祭りまでは、あの子は対外的体裁として「ダンジョンウイルスの虐待的投与を受けた被害者」としておく必要があった。本格的な調整は個別にそのあとでってね。お互い重々承知した上での腹芸というか茶番というか』

「……体裁とか建前とか……」


 無理やりにもほどがある。


『くそめんどいよね。サウロンも想定外だったろうな、ダンジョンなんて素敵なもんを素直にありがたがれるほど、地球人も国家というシステムも単純でも利口でもなかったわけだ』


 ネットでもよく同情論が聞かれる。サウロンも苦労しているんだろうなと。年々髪の毛が薄くなってきているという比較動画もアップされている。


「その祭りが終わったら、日本はギンチョをどうするんですか? IMODや米国は?」

『米国側はとっくに組織の首根っこを掴んでるだろうから、データと素体の残りを持ってるのと同然。軍事的政治的にはある意味ギンチョ本人よりも価値があるもんだから、今さら藪蛇になるような無茶はしないだろう。一方でIMODの研究機関は喉から手が出るほどほしがるだろうけど、理事会はそれを迎えるシナリオづくりに苦慮するだろうね。日本は……最終的には上が決める。ただ……』


 なにかを飲み下す音が聞こえてくる。仕事中だからたぶんコーヒーだろう。


『この国はよくも悪くも、人の顔色を気にしすぎる。他国に対しても自国民に対してもね。すでにこれだけ世の中に「世界初のチビっこプレイヤー」として認知されたあの子を、裏側とはいえひどい扱いをする度胸のある政治家がどれくらいいるだろうね』

「……それもそっちのシナリオですか?」


 呆れるというより感心する。ポータルでのあのバカ騒ぎにも意味があったということか。


『まあね、あたしらのボスの上のまた上の……まあいっか』

「でも……それでも他にも候補はいたわけですよね? なんで僕だったんですかね……?」


 明智は少し間を置く。珍しくどう話そうか迷っているような空気がある。


「七月から――今月からD庁の一般プレイヤーの職員登用制度が始まったの、知ってる?」

「あー……ポータルのエントランスにポスター貼ってあったかも」

 『世界で一番ワクワクできる公務員!?』みたいなキャッチフレーズとAKBN69のセンターの子が載っていた気がする。

『D庁の職員は基本は直接採用か他の行政機関からの出向組だ。あたしも元埼玉県警だし』

「でしたっけ」

『出向つーか上司に楯突いて飛ばされたようなもんだけど』

「初耳ですね(納得)」

『採って育てた背広組から、適性者と希望者を募って職員プレイヤーに再度育成する。それだと金も人も無駄が多くなる。つーことで必然的に、一般プレイヤーとして活躍してる連中をスカウトしたらコスパいいよねって制度だな。まあ、それはそれでいろいろ問題あるんだけど。IMODはそのへんうまくやってんだが、この国の行政は不祥事でもないと鈍亀だからな、ダンジョン暦九年にしてようやくだ』

「なんの話でしたっけ?」

『つまり、あたしはあんたをスカウトしようと思ってたわけだ。プレイヤー犯罪捜査課に』


 まったく想定外の一撃に、今度は千影が言葉を失う。


『【フェニックス】不法売買未遂の件はともかく、あんたに犯罪傾向がないのは短い付き合いでもよくわかったし、プレイヤーに珍しい安定志向と任務に忠実な堅実思考ってのもわかってた。存在感のなさも自己主張の少なさも捜査官向きだし、実力的にレベル4なら申し分ないし。懸念は年齢含めた経験不足と謎スキルと、あとはコミュショーとキモハゲと童貞ってことくらいか』


 またまたー、と満面のドヤ顔になる千影。おやおやー、最後のディスりにキレがないですぞ。照れ隠しなのは見え見えですぞ、デュルフフ。おっしゃるとおり鏡に映っている自分がキモいのは置いておく。


 ていうか、そこまで評価してもらっていたのか。だからスキルについてもあんなにこだわって訊き出そうとしていたのか。


 ていうか、なにこれ。一昨日は勢い余ってかもだけど〝ヘンジンセイ〟に誘われ、今日は捜査課のエースから誘われ。これがモテ期ってやつ? ついに来ちゃったの? 心の準備全然できてないんだけど。もう少し対人スキル磨いてからだとありがたいんだけど。


『ギンチョの件はその試金石に考えていた。あんたなら無難にこなしつつ、その刺し身のツマ的地味さであの子をプレイヤーとして引き立ててくれると思った。そういう意味じゃ想定以上の働きだった』

「そうですかね」

『ただまあ、前にも言ったけど、見込み違いだったなと思った』

「ほえ?」

『あんたがここまで深入りするのはまったく想定外だった。既成事実づくりのアリバイ役どころか、まったくもって不本意ながらあの子も想定以上にあんたに懐いちまった。いい意味でも悪い意味でもね』

「すんません」

『しかも「ずっと一緒にいる」とか幼女にプロポーズしやがって』

「それは誤解です」

『ロリコンを同僚に迎えるわけにはいかねえからな。つーわけで残念ながらあんたをスカウトする話は立ち消えになりそうだ。あんたは御上のために働くより、ギンチョとせこせこ自分らのためにダンジョンで出稼ぎやってんのが性に合ってるよ。あの子にマジで手ぇ出したらマジで殺すけどな』

「出さないから。クエスト終わるまでだから」


 あ、わかった。これモテ期じゃないわ。

 知らん間に勝手にフラグが立って知らん間に勝手に折れてって、気づいたら誰ともなんともならない不毛地帯エンドが待ってるやつだわ。

 調子に乗るとろくなことがないから我に返ろう。はい、返りました。いつもの早川千影くんです。


 まあ、どっちみち捜査課とか絶対向いてないし。安定した給料制は魅力だけど、犯罪者相手とか毎日ビビりまくるし。ブラック先輩にいびられて頭が不毛になる未来不可避だし。


『まあともあれ、それなら君は来週末まであの子を守ってくれればいいさ。そのあとのことはあたしらに任せとけ。あの子を悪いようにはしない、あたしらがさせない。それが大人の役割だからね』


 もうすぐ日付が変わるから、あと九日か。

 それで終わるのか。あの子の世話も、子守りも、二人の冒険も。


『そんで君ら、明日以降はどうするつもりなん?』

「こっちは資金問題は解決したんで、何日かゆっくりしようと思います」


 これまでの獲得アイテムは資源課に引き渡し済みだ。明日か明後日には査定が出るはずで、今月の諸々の支払いに耐えうる額には到達していると思われる。これでひと安心。


 ちなみに【イグニス】はまだ手元にある。使い道はゆっくり考えよう。売ってしまうか、他のプレイヤーとトレードするか。夢が広がる。


「なので、明日はギンチョ連れてラーメン屋でも行こうかと。僕も気になってる店あるんで」

『そっか、暇なんだ。なにかあったら遠慮なく声かけるわ』


 優越感から得意げにものを語るということは、相手を選んですべきである。千影は冷や汗とともにそれを学ぶ。

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