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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
2章:赤羽の英雄は主人公に向かない
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2-5:誓い曲解

「えっと……ちょっとずれた話になるかもだけど、いい?」


 へこんでいるチビっこを慰めるなんて、早川千影の中身の乏しい引き出しに、そんな高度なノウハウは入っていない。それでもまあ、正直に思うところを話すしかないか。


「お祭りでさ、ブースで踊ってる人、見た? 猫みたいな女の人とか、腕が四本ある人とか」

「はう」

「直江さんの【フェンリル】もそうだけど、あの人たちも身体を変えるダンジョンウイルスを使ってる。猫耳の人は【ネコマタ】、半魚人は【サハギン】、腕が二本増える【アシュラ】。見た目が変わるウイルスは結構いろいろ種類あるんだよね」


 トッププレイヤーの中には亜人化した人が多くいる。直江もそうだし、最強チーム〝ヘンジンセイ〟のメンバーにも【トロール】がいる。


「亜人タイプは見た目が人間離れしちゃうとこばっかり注目されるけど、ちゃんとプレイヤーとしてもメリットがある。大抵は身体能力が強化されるし、嗅覚とか聴覚とか動物的な感覚も身につく。【サハギン】は水中で呼吸できたりして、池とか湖とかでレアアイテムを拾えたりする。【トロール】はタフで力持ちだし、【ブラウニー】はすばしっこい」


 千影はまだ変異型のウイルスを入手したことはない。容姿が変わること自体にそこまで抵抗はないが、日常であまり目立つのも嫌なので、手に入れても使うかどうかは迷うところだ。


「僕は今んとこ、見た目は普通の人間だけど、腕が鉄みたいになったりするし、本気になればたぶん車とか素手でバラバラにできる。プレイヤーは世間から『人間じゃない』とか『化け物』だとか言われたりする。確かに能力的にも遺伝子的にも? 普通の人間じゃないわけで、そう言われても間違ってないのかもしれないけど」


 獣人、巨人、小人――亜人タイプのプレイヤーのその呼称や扱いについても、人権擁護団体などが差別解消のためにいろいろと苦心している。ときおり行きすぎて炎上したりしているが、当のプレイヤーたちは「呼ばれかた」なんて特に気にしていないらしい。


「なんていうかさ、プレイヤーってのは、自分の身体をどんどん改造していく。冒険のために、仕事のために、生き残るために、自分が変わることを恐れない。『親からもらった身体を』的なことを言う人もいるけどさ、そんなに悪いことなのかなって、僕も思う。そこってそんなに重要なのかなって、見た目とか遺伝子とか、それを変えるのが、それが人と違うのがそんなに重いことなのかなって。人間でいるってことがそんなに大切なのかなって、つーかそもそも人間ってそんな立派なもんかなってさ。僕らっていう存在の根っこって、そんなことじゃないんじゃないかなって」


 しゃべりながら考えているような感じだから、自分でもなにを言っているのかよくわからなくなっている。がんばれ、グダグダでもいいから最後うまくまとめろ。


「えっとさ、ギンチョが怪獣なら、僕や明智さんや直江さんだって怪獣なんだ。でも、そんな線引きなんて、今どきあんまり意味はないんだよ。我思うゆえに我あり、的な? 僕は僕だし、ギンチョはギンチョだ。そこさえきちっとしてればさ、別に怪獣だろうと人間だろうと、好きに決めさせればいいじゃん。僕の言ってること、わかる?」


 人間の定義、人間であることの意義。そんなのは水面に書いた線みたいにたゆたっている。個々人で勝手に決めればいい、お前はお前じゃないか。的な感じにまとめたつもりだった。

 いかがでしょう、ギンチョさん?


「……おにーさんは、いいかいじゅーです。でもわたしは……わるいかいじゅーだから……」


 はい論破。それな。

 こっちのグタグタ人間論をきっちり理解したうえで、問題の根っこはそこではないと。

 ごもっとも。ギンチョ、やっぱり頭のいい子。


 でも、そうなると――この子を慰める論理(こたえ)なんてあるのだろうか。

 【グール】と呼ばれるギンチョの特性――それ自体をどうにかしない限り、この子の苦悩が消えることはない。そんなことは可能なのだろうか。


 危なくなんかない、と気休めを言い続ける? いや、そんなことで納得はしないだろう。

 それも含めて肯定してやる? いやいや、喜んでもらえても問題が先送りされるだけだ。


 気がつくとロダンのようなポーズをとっている。いやいや、考え込んでいる場合じゃない。だけど、名案なんて浮かばないし。


「あー、もうわからん! だけど、これだけは言える。僕がそばにいるうちは、僕がなんとかする。うん、そうしよう、これでどうだ」

「……え?」


 ギンチョが驚いた風に顔を上げる。


「そうだよ、塔のときみたいに、僕がお前の中の怪獣を受け止めてやる。僕もちょっとは痛い思いしたけど、片方もみあげがなくなったけど、今はこのとおりピンピンしてる。僕がいれば、お前はいい怪獣でいられる。なにも問題ない、どこにでもいていいし、なんでもできる。そうだろ?」


 きょとんとした目がぱちくり瞬きする。なんとなく頬に赤みが差している。

 あれ、もしかしてこれでおk? こんなんでおk?


「……やくそく、してくれますか?」

「あ、え……」


 こういう約束という言葉に弱いのは、真面目に考えすぎるからだろうか、それとも単にチキンなだけだろうか。


「う、うん……善処する、できる範囲で……いや違う、そうじゃない。必ずそうする。約束する。だから、安心していいよ」


 ギンチョが千影の手をとる。自分の額の前で、祈るように両手で包むようにして、ぎゅっと握る。そして、ようやく笑顔を見せる。


「えへへ……じゃあ、ずっといっしょですね」

「そうだよ、だからだいじょぶ……ん?」


 ずっと? ずっと一緒?

 僕がそばにいるうちは、と千影は言った。確かに言った。絶対言った。

 いつの間にか、ずっと一緒にいて、ずっとギンチョを守る的な内容に変換され、そして約束という名の契約になっている?


「ありがとう、おにーさん」


 いやいや、そこまで言ってないですよ、ギンチョさん。お仕事だからね、あと二週間だから。一緒にいるのも。そのあとのことはおにーさんちょっとわからないし、保証もできないし。


「はう、わたし、おなかすきました」


 ギンチョがぴょんっとベンチから下りて立ち上がる。千影の手を握ったまま、それをぐいっと引く。


「たべたいです。おにくとおにくとたこやきとおにくと」

「箸休めも油ものかよ」


 どうしよう、今のうちに訂正しようか。きちんと修正しておこうか。でもそうすると、この笑顔を微妙に曇らせそうな気がして忍びない。


 まあ、とりあえずこの場はまとまったから、先のことは明智に任せよう。全投げしよう。


「おまつり、おにーさんといっしょにまわりたかったです」

「次ははぐれんなよ。てか、そろそろ直江さんと合流しないと、嘔吐物にされちゃうから」


 また迷子になられても迷惑なので、とりあえず手はつないだままにしておく。祭りなんてまるで興味なかったのに、あの無遠慮な騒音も悪くないと今は思える。

2章2話、これで終わりです。お付き合いいただきありがとうございます。


たくさんの方にお読みいただけているようで、大変嬉しい限りです。

よりいっそう精進してまいります。


次は3章です。引き続きよろしくお願いします。

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