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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
2章:赤羽の英雄は主人公に向かない
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2-4:この子のために

 新荒川大橋を渡って最初の信号付近で、千影は一人先に車を降りる。


 明智もあとで駆けつけるというが、祭りでこれだけごった返して車も多い中で、空いている駐車場を見つけられるだろうか。このままだとあのギンチョモンペたち、赤ランプつけて無理やり停めかねない。


 〝赤羽ダンジョン祭り〟。荒川の河川敷と土手に出店がずらりと並んでいる。三年くらい前に始まった催しらしいが、年々人が増えて年々エキセントリックな方向性に進んでいるとSNSに書かれていた。一歩踏み入れて、確かにそのとおりだと千影も思う。


 現役プレイヤーと思われる人が、そのゴテゴテした冒険装備のままにたこ焼きやお好み焼きをつくっている。

 クリーチャーをかたどったお面が店頭に並び、〝ダンジョン産 イカザル焼き〟など巷にはない料理も提供されている。

 猫耳女や半魚人や四本腕の人が、ダンスブースで派手なバックライトをまとって踊り狂っている。この素っ頓狂な感じ、もはや季節外れのハロウィーンパーティーと化している。


 バーベキュー場近くのチョコバナナの店の前で、目だけで人を殺しそうな剣幕であたりにメンチを切りまくっている直江ミリヤを発見する。浴衣姿の碧眼狼ケモ耳美女なんて、この祭りの状況ならとり囲まれて写真撮られまくり不可避なのに、その眼力で文字どおり他を寄せつけていない。有事でなければ千影も全力でスルーする。


「直江さん」


 意を決して呼びかける。千影を見つけたその表情にはこれまでのような険はなく、「やっと見つけた」的にぱたぱたと草履の底を鳴らして近づいてくる。直江の変態性を忘れればこれだけでごはん三杯食える。


「ギンチョ、見つかりました?」


 彼女はうつむき、叱られた子どものように首を振る。だいぶ悲壮感が漂っている。


「……手をつないでいたんだけど……気がついたらいなくなってて……」

「だいじょぶっす。今、明智さんがあの子につけといたGPS発信機でさがしてくれてます」

「……捨てた……」

「は?」

「……あの子の髪飾りにって……捜査課の人がつけてくれたやつなら……今頃、荒川の鯉のお腹の中……」

「なんで?」

「……あの子とのデートを……誰にも邪魔されたくなかった……一緒にわたあめを食べて、ヨーヨーを釣って、的を当てて、そのままうちであの子の的に……」

「下ネタかよ」

「……二人きりの特別な夜にしたかった……夏だけど、性的な夜と書いて性夜……」

「最低かよ」


 明智からの厳命で、呼び出しの放送は使えない。

 彼女曰く、あの子がこの場に一人でいる、その状況を数万人単位に伝えることがどれだけリスキーか。あの子の存在と意義を知る者がどれだけいるか。

 知る者はすなわちあの子を狙う者になりうる。ダイヤモンドの卵を産むニワトリがそのへんを散歩している状態だと。


 正直、千影的には今もまだぴんときていない。だけど、雲の上のお偉い人たちからすれば、あの子は高度な駆け引きや権力者ゲームのカードということか。


「とにかく、さがしましょう。会場とか、あっちのグラウンドのほうとか――」


 自分で言って、ぴんときた。きちゃった。


 可能性その一。まずは通りがかりに出店、とりわけ肉系メニューを出す出店をチェック。

 ギンチョはガマ口の財布を携帯している。千影があげたお小遣いもいくらか所持している。ひとりきりになって己の肉食欲を思うさま解放させている可能性がある。


 ――しかし、並んでいる姿も食らっている姿も見当たらない。


 可能性その二。土手を上がり、新荒川大橋のたもとの交番に向かう。

 先週特訓のために河川敷に通っていたとき、毎日この交番の前を通りかかった。駐在員は中にいたりいなかったり、千影を見て怪訝な顔をしたりした。迷子になったらここに来ればいい、と千影は何度か話して聞かせた。


 ――交番には多くの人が集まっている。駐在員が外国人と応対して難しげな顔をしている。しかしそこに、ギンチョの姿は見当たらない。


 ならば、可能性その三。

 もう一度新荒川大橋から荒川の土手に戻り、祭り会場になっている東側とは逆のほうに向かう。特訓の日々、二人で駆けずり回ったグラウンドのほうに。


 ――明かりはなくて薄暗いし、人気は少ない。鬼ごっこの休憩に使っていたあのベンチに、小さな影が腰かけている。


「ギンチョ」


 声をかけると、影が振り返る。


「……おにーさん……」


 いた、見つけた。千影は小さく息をつき、明智と直江にメッセージを送っておく。


 走り回ったせいでだいぶ汗ばんでいる。ジャージをぱたぱたしつつ、ギンチョの隣にどすんと腰を下ろす。ていうか、自分でもびっくりするくらいほっとしている。この子が無事だったことに。隣にこの子がいることに。


「その浴衣、直江さんに選んでもらったの?」


 直江の浴衣は青地に白模様の涼しげな色合いだった。ギンチョの浴衣は白地に金魚の柄が散りばめられている。髪も丁寧に結われている。


「にあいますか?」

「あ、え、あ……」


 たとえ子ども相手といえど、そういうのをさらっと言えるスキルがないのが早川千影。


「う、うん、似合ってると思うよ……」


 ふへへ、とギンチョは嬉しそうに笑う。色気より食い気だと思っていたけど、こういうところは女の子ということらしい。


「一人でこんな暗いところにいて、危ないじゃんか」

「ミリヤおねーさんと、はぐれちゃいました。きゅーけつぶたのくしやきがおいしそうで……みとれてたら……」

「(すこぶる想像どおり)でも、なんでこんなところまで?」


 ギンチョはすぐには答えない。沈黙を虫の声や遠くの騒音が埋める。


「ひとが、いっぱいいました。みんな、たのしそうでした。おいしそうで、わらってて、おどってて、いちゃこらしてました」

「そうだね(最後)」

「ひとりでいたら……あぶないから……」

「そりゃ危ないよ。変な人もいるかもだし。あの変態女みたいな」


 ギンチョは首を振る。その横顔が目を細め、うつむく。


「わたしは、かいじゅーなので。わたしは、あそこにいてはいけないので」


 ダンジョンでこの子は言った――ワタシハ、ココニイナキャイケナイデス。


 千影はあのときの言葉の意味を理解する。同時に今口にした言葉の意味も理解する。


 危ないのは自分自身ではなく周りの人間だと、この子は言っている。


 明智の言うとおりだった。この子は薄々わかっていた。この子なりに。自分がどういう存在で、なにをしたのかを。


 彼女がダンジョンにこだわる理由。ダンジョンに行くことに執着する理由。

 その本当の意味――自分は怪獣。だから、ダンジョンにいなきゃいけない。


 千影は少しの間、目を閉じる。あの子は悪くない――そう声を荒らげたタカハナの顔がまぶたの裏にちらつく。

 罪悪感を持った人のテンプレみたいなセリフだって、正直他人事のように思った。でも今は、そのとおりだとしか言えない。この子はなにも悪くない。


「うん、明智さんから全部聞いたよ。君のこと、僕に会う前のこと」

「……ごめんなさい」

「なにが?

「じんしんなんとか、ぜんぶ、うそでした。わたしは、けんきゅうじょにいました。おにーさんにはいっちゃだめって」

「明智さんにそう言えって言われたんだろ?」

「わたしはけんきゅうじょでうまれました。だれかのクローンかも? ってるなおねーさんにいわれました」

「クローンってどういう意味かわかる?」

「えっと、ひとのいでんし? をコピーして、そっくりさんをつくるって。そのひとといでんしはいっしょだけど、わたしはわたしだって、るなおねーさんはいってました」

「うん、それそれ(たぶん僕より詳しい)」


 少し迷う。本当のことを伝えるべきか。

 この子にはそれを知る権利がある。気がする。


「タk……明智さんからさっき聞いてきたんだ。最近ようやくわかったんだけど、お前はプレイヤーのクローンじゃなくて、エネヴォラのクローンなんだって」

「えねぼら?」

「えっと……塔で会った黒い男がいたろ? あれの……仲間っていうか、妹っていうか。ピンクのエネヴォラのクローンなんだって」


 ギンチョはショックを受けたように数秒硬直し、力なくうなだれる。目を潤ませる。


「わたしは……ほんもののかいじゅーだったんですね……」


 全力で後悔。今この場で自分がツケを払うことになるとは。

 そりゃそうか。こうなるのも当然か。ボンクラすぎてほんとごめん。


「いや、あのね。つってもエネヴォラって、地球人と遺伝子上はほとんど一緒らしいから。だから僕とお前はほとんど変わらないから。日本人と米国人くらいの違いしかないから(たぶん)」

「でもわたしは……かいじゅーで……」

「そんなことないって」

「わたしは……おぼえてないけど……ひとをきずつけて……」

「いいよ、もういいから。なにがあったとしても、お前はなにも悪くないから」


 それ以上の言葉を遮りたくて、ギンチョの頭をぐりぐりと撫でる。


 そうだ、ギンチョはなにも悪くない。悪いのは、この子の周りにいた大人と、一部の人間がつくる歪な世界だ。

 自分が代わりに怒ればいいのだろうか。世の中に、大人に、すべての理不尽に憤ればいいのだろうか。


 でもなー、とも思う。

 そんなキャラでもないんだよなー。仮にそうしたとしても、現実にギンチョが救われるわけではないし、状況はなにも変わらない。さっきは当事者(タカハナ)が目の前にいたから、少し感情的になってしまったけど。


 自分はそういうヒロイズム的なものとは無縁だと思っている。正義の味方的な、世の理不尽への怒りとか弱者への守ってやる助けてやる的な思想とか、そういうのはどうしてもぴんとこない。自分とは関係ないし、自分のことで精いっぱいだし、と思ってしまう。どこまで行っても凡人だから。勇者になれない村人気質だから。


 だけど、凡人は凡人なりに、目の前にやらなきゃいけないことがある。この子のためにやらなきゃいけないことがある、気がする。

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