表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
2章:赤羽の英雄は主人公に向かない
47/222

2-1:リベンジマッチはインステ映え

 明智の車で新荒川大橋を渡り、埼玉県川口市へ。プレイヤーになると言って高校を中退し、家を飛び出して以来ぶりだ。


 国道から東に外れ、住宅街の隙間を縫って荒川と並行する道へと出る。ほどなくして、大きな工場のような施設の門扉の前で車が停まる。


 先にもう一台停まっていて、明智の同僚の男性が二人乗っている(何度か見た顔だ)。明智の顔を見て、施設のほうを指さす。明智がうなずく。


「ここは、元は工業用水の濾過システムの研究施設だったらしい。五年前に外資系がここを買収して、今はご覧のとおり閉鎖されてる」


 門の隙間から敷地に入る。あたりに人の気配はなく、空気はひっそりとして淀んでいる。しばらく車道に沿って歩き、B棟と看板に書かれた建物のほうに向かう。途中で目にした建物の入り口はすべて閉ざされている。


 隣接する建物の陰で日当たりの悪いところに、B棟の入り口がある。そこのステップに腰を下ろしている人がいる。


 初夏だというのに、厚ぼったい黒ずくめの服装、顔にはドーベルマンの覆面。

 一週間前に千影とギンチョを襲撃した、あの犬マスクの女だ。


「おい、連れてきたぞ」


 明智が言うと、犬マスクが立ち上がる。そして空気に融けるように姿が消えていく。


「え、ちょ――」


 透明化のスキル、【ギュゲース】。

 嫌な予感がして身構える。どぎゅ、と千影の脇腹に衝撃が走り、身体がくの字に折れて吹っ飛ぶ。コンクリートの上を転がる。泣きそうなほど痛い。


「――借りは返したよ。さあ、早く立って」


 なにもないところから声がする。千影はダンジョン用装備をさせられてきた意味を遅ればせながら理解する。くそ、明智め。にたにたしながらタバコをふかしやがって。


「決着をつけるってことっすか」


 立ち上がり、右腰のホルダーから一番手前の短い筒を手にとる。


「つーか」顔を向けずに明智に質問を振る。「地上で武器抜くのって違法ですよね」

「あたしはなにも見てないよ」


 言質はとれた。そして五秒稼げた。もうすぐ【ギュゲース】が解ける。

 焦った犬マスクが強く足を踏み込む。その音でタイミングがわかる、わかればかわすのは難しくない。大きくバックステップ。千影のいたところでぶんっと空振りの音がする。


「……ちっ」


 舌打ちが聞こえ、同時にふっと黒いシルエットが現れる。

 これで圧倒的に千影が有利になった。【ギュゲース】も千影の【ムゲン】と同じく制限時間のあるスキルだ。連続使用にはクールタイムが必要になる。ダンジョンウィキによると【ギュゲース】の持続時間は約十秒、クールタイムはおよそ一分程度。その間にケリをつける。


 筒を左腰のポーチに挿し込む。暗水鋼――形状記憶液体金属が電気信号によって武器の形をつくっていく。


 千影のメインウェポンである〝えうれか〟の一番短い筒は、ダンジョンではほとんど使った試しがない。クリーチャー向けの武器ではないからだ。

 尖ってもいないし刃物でもない。警棒というか、寸胴な形をした四十センチほどの鈍器。

 主に牽制用、防御用だが、【アザゼル】を持っている千影としては使用頻度は高くない。せいぜいこういうときの護身用だ。そのうち製造元に変えてもらおうかと思っている。


 同時に犬マスクも、例のワイヤーつきの分銅をとり出している。しかも二つ、両手に。


 やっぱり遠慮せずに刀を抜いたらよかった、と後悔したとたん、分銅が飛んでくる。


 とっさに身をかがめるが、髪の毛が数本持っていかれる(貴重な資源が)。間髪入れずにもう一本、千影の足を巻きとろうと地面を這うように迫る。反射的に警棒で分銅をはじく。けたたましい金属音で耳が痛くなる。


 ひゅんひゅん、と犬マスクは縄跳びでもするみたいに両方の分銅を回転させる。その手捌きは感心したくなるほど巧みで、自在に動く黒い円形の盾をまとっているかのようだ。


 二人の間はおよそ七・八メートル。相手は距離を詰めさせまいとしている。千影を捕らえて倒すことより、時間を稼ぐことを目的にしている。もしも【ギュゲース】があの分銅にも適用されるとしたら――脅威どころかそこで詰みだ。


 どうする? 【ムゲン】で一気に決める?

 向こうは一度あれを見ている、警戒しているはず。

 とはいえ時間稼ぎに付き合っていては勝率が下がるだけだ。

 勝率? そもそもこの勝負、なにをもって勝ちとするのか?

 ただの遺恨試合みたいなものだとして、相手はどこまでやる気なのか?


 明智がいる以上、生死のやりとりにまで発展はしないはず。とはいえ、また大怪我させられてもたまったものではない。というかこんなことを考えている余裕もない。余裕もないときに限って考えだすと止まらない。集中だ。とりあえず相手を抑え込めばさすがに勝ちだ、それでいこう。


 分銅が迫る。遠心力でとんでもないスピードだが、ぎりぎりのけぞってかわす。同時にワイヤーを左腕に絡ませる。【アザゼル】発動、腕を硬化させて綱引きに持ち込む。


 ぎぎ、とワイヤーが鈍い音をたてる。片手対片手の引っ張り合い、腕力的にもほぼ互角。やはり相手は同じレベル4だ。


 犬マスクが――マスクの奥でにやりと笑った、気がする。

 突如、相手の右腕が何倍にも膨れ上がり、袖がはじけて破れる。


「――うおっ!(【ナマハゲ】かよ)」


 腕を瞬間的に膨張・巨大化させるアビリティ。見た目どおり馬力と破壊力が増強される。偏見かもだけど、女性向けではないと思う。


 ていうか油断した。ワイヤーを警戒するあまり、接近戦は弱いと勝手に決めつけていた。綱引きに持ち込んだのは悪手だった。


 マンモスかクジラかというほどの力で一気に引っ張られ、身体が宙に浮く。うつむきに落ち、ぐえっと腹を打つ。即座に横に転がってもう一方の分銅による追撃をかわす。


 急いで立ち上がり、同時に腕のワイヤーを外す。まずい、時間がない。


「……お前に……」犬マスクが言う。「……お前なんかに、あの子を託せるか!」


 縦横無尽、まるで怒り狂う嵐のように分銅が飛び交う。かするだけでダメージはでかい、なりふり構わず回避して距離をとる。ダメだ、近づけない。


 てか、なんだよ。あの子を託せるかって。

 あの子ってギンチョのことだろ? 犯罪者のくせに偉そうに。

 こっちは結構命がけで、自分なりにがんばって守ってきたつもりなのに。

 それでも――ちくしょう、こいつの言うとおりなのがむかつく。


 一番長い筒をポーチに接続、槍を抜く。迫ってきた分銅をかわし、あえてワイヤーを絡ませる。そしてすかさずコンクリートに突き立てる。


 犬マスクの動きが一瞬こわばる。引っ張って槍を抜き、槍ごと手元に引き寄せようとする。その隙にすでに、千影は一歩目を踏み出している。


 ――【ムゲン】。


 千影以外の世界が動きを緩めていく。犬マスクの手元に戻っていくワイヤーを追い抜いて、犬マスクの懐へと迫る。


 さすがに同レベル、一度見せた切り札(スキル)にはきちんと対応してくる。


 千影の加速と突進に合わせ、カウンターとして腕を巨大化させている。そこに拳を置けば勢いをつけすぎた猪のように勝手にぶつかってくれる、と。


 しかし、千影の【ムゲン】は単なる加速ではない。千影自身も原理はわからないが、千影以外の世界の一秒が千影にとって三秒になる。圧縮された時間の中を、自分だけが通常の感覚で動くことができる。


 通り道に置かれただけの障害物も、スピードを落とさず通り抜け、相手の背後に回る。ワイヤーを【アザゼル】の手で掴んでいる。


 加速が解けると同時に、分銅が遠心力に釣られるまま犬マスクの身体に巻きついていく。


「くぁっ――」


 犬マスクが短い悲鳴をあげる。ダメ押しで千影は後ろから背中を蹴飛ばす。ミノムシのようにワイヤーにがんじがらめになった犬マスクは、よろけてそのまま倒れ込む。


「……もういいっすよね」


 千影は言う。警棒を拾い、犬マスクに突きつける。平静を装っているが、切り札を消費した緊張と疲労で息がぜえぜえ心臓がバクバク。


「……くそ……」


 犬マスクはもぞもぞともがき、低くうめく。


「はい、勝負あり。思った以上にチートだね、そのスキル」


 明智がぱちぱちと手を叩く。


「……これ、なんだったんすか?」

「いや、彼女があんたとケリつけさせないと話してくれないっていうから」

「もっかい確認ですけど、逮捕されないっすよね?」

「あんたが槍振るってる雄姿、動画撮っといたよ。インステ映えしそうじゃね、これ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ