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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
2章:赤羽の英雄は主人公に向かない
45/222

1-3:ギンチョのテカチュウマグカップ


9/2:一部、ギンチョと【ベリアル】に関する設定やセリフなどを修正しました。


 七月二日、久々の我が家で迎えた日曜日。


 そもそもうちは来客を想定した仕様になっていないので、コーヒーカップが一組しかないのも無理からぬ話。千影は自分用のカップとギンチョ用のマグカップにインスタントコーヒーを注ぎ、ちゃぶ台に置く。


「まあ、普段君が使っているそのカップで出されるよりは数千倍マシだけどね」


 子どもに大人気のダンジョンアニメ〝激走プレイヤー兄弟 阿&吽〟のオリジナルクリーチャー、テカチュウのイラストが描かれたマグカップを、明智は渋々手にとる。元々は捜査課の誰かがギンチョのために寄贈したものなので、柄についての文句はそっちに言ってほしい。一口飲み、「くそまずい」と躊躇なく言い放つ。そっちの文句は承る。


「子ども向けのカップでコーヒーを飲むあたしの姿を見て、『似合わねえ、草生える』と腹の底で嘲笑しているお前のその陰険さは我慢ならん。許してやるから貸し一としておく」

「すげえ、コーヒー出しただけで自動的に借りが一つ増えた」

「さっそく本題に入りましょ。まずは君のほうの話を聞きたい。大筋は聞いてるけど、なにがあったか全部話して」


 ギンチョは今、家にいない。直江ミリヤと二人で駅付近に買い物に出かけている。

 荒川沿いで祭りがあるらしく、夕方はそっちに向かうと直江が得意げに言っていた。そのまま変態による誘拐事件に発展する可能性は決して低くないと千影は見ている。


 そういえば、半日とはいえあの子と離れるのは、クエストが始まってから初めてだ。幼女とチームを組むという珍妙なクエストを明智から受けて丸二週間、ずいぶん長く感じられる。


「……なるほどね、君のスキルは黒のエネヴォラからもらったものだったのか」


 約束どおり、時間をかけてすべてを話した。黒のエネヴォラとの因縁、スキルを得た経緯、塔五階での戦闘、ギンチョに起こったこと。それらと関連があるかは不明だが、〝キャンプ・セブン〟がクリーチャーの襲撃に遭った件も付け加えておく。


「正直、見込み違いだった。黒の犠牲者となったチームの生き残りってのは知ってたけど、まさか本気で復讐を誓っていたとはね。君はそういうタイプじゃないと思ってたけど、あたしが気づかなかっただけか。冷静さを欠いてギンチョを巻き込むほど入れ込んでいようとは」

「いや、それは――」

「話を聞く限り、五階でプレイヤーの死体を見たときに、君はそこに黒がいるって薄々感づいていたわけだ。その時点でギンチョを連れて五階から離れるべきだった。ギンチョの様子がおかしかったっていうけど、本気で追いかければすぐに捕まえられたはずなのに」

「いや……そんなことは……」

「あっそ。じゃあそんなことはなかったのか」

「どっちなんすか」

「知らねえよ。あたしはそこにいなかったし。あたしが推測を言って、あんたが答え合わせするんだよ。それが反省ってもんだろ」


 強引すぎる。


「黒を見つけたとき、逃げるべきだったか戦うべきだったか、話に聞く限りでは判断が難しいね。逃げきれなければ二人とも問答無用で殺されてたかもしれないし。まあ、正面切ってぶつかるってのも無謀すぎてどうかと思うけど」

「そんな後出しでいろいろ言われても」

「君はその慎重さと小賢しさが売りなんだろ。にっくき仇の存在を身近に感じて、ほんとに冷静な判断ができていたのかって話さ。まずはそこを反省しなけりゃ、次は間違いなく死ぬ」


 正論すぎて反論できない。


「そんでもって、我々捜査課一同の愛娘であるギンチョを危険に晒しまくった。ほんとなら三年くらい荒川河川敷で釜茹でにして罪を贖ってもらいたいところだけどね」

「それについては……弁明のしようもなく……」

「いや。結果論だけど、あんたがいたからあの子は救われた、あの子がいたからあんたは救われた。チームを組めって言ったのはあたしで、その絆が二人の命を拾った。そこには一切文句はない。癪に障るけどね、あたしらのギンチョがあんたみたいのにそこまで懐くなんて」

「褒めたりけなしたり忙しいっすね」


 ふう、と明智は息をついてコーヒーを飲む。「くそまずい」と改めて言う。


「それと、君の急速なレベルアップの謎もようやく解けた。その【ムゲン】とかいう厨二ネームのスキルのおかげで、君は格上相手だろうとチート気味に打ち負かしてきたわけだ。自分より強いクリーチャーを倒したほうがレベルが上がりやすいって言われてるし」

「概ねそのとおりです。ほどほどの無茶をして、がんばってレベルを上げました。早く強くなる必要があったから」

「復讐のためか」


 千影は答える代わりにコーヒーを口に含む。確かにうまくはない。


 明智がタバコの箱をとり出し、千影は「できればベランダで」と遠慮がちに言う。明智は不服顔をしつつベランダに出る。そのまま電話を始め、結局五分くらいして戻ってくる。


「お待たせ。で、どこまで話したっけ」

「僕の話はもういいです。ギンチョのことを話してください」

「ギンチョの話か。なにが聞きたいの?」

「どこまでが本当なんですか?」

「どういう意味?」

「あの子が人身売買組織に捕らわれてたって話から、【ベリアル】を投与されたってとこまで」


 ファミレスでの初対面のときのジャンプ力、実際に河川敷での鬼ごっこトレーニングで見せた敏捷性。身体能力を見るに【ベリアル】を持っていることを疑う余地はなかった。


 ただ、黒の言葉を聞いた今となっては、彼女のあの姿を見た今となっては、それで納得できなくなっているのも事実だ。


「ギンチョの身体能力は【ベリアル】じゃなくて、なにか他の理由があるんじゃないですか?」


 明智は少し間を置いて、コーヒーを一口飲みかけてやめる。代わりに麦茶を出してやろうかと千影は思う。


「あのさ、契約内容って憶えてる?」

「今月の十六日まであの子を預かる」

「君がそれをこなすことだけを考えているなら、それ以上は聞かないほうがいい。期限日まであの子の世話をして、お別れして報酬をもらう。これ以上のトラブルがないよう、捜査課も配慮する。だけど、もし話を聞いてしまったら、おそらく少しめんどくさいことになる。後戻りはできない」

「これまでもじゅうぶんめんどくさかったですけど」

「どうする? 君の言うとおり、あたしらは嘘をついているかもしれない。君には本当のことを知る権利はあるけど、聞くかどうかは君が決めていい」


 答えは決まっている。だけど、それを口にするのには少しタメがいる。


「もちろん、契約はちゃんとやります。あと二週間とちょっと、あの子を守ります。だけど今は……あいつは今……その……仲間なんで……」


 ああ、恥ずかしい。仲間とか口にするの超恥ずかしい。これまでの人生で何度そんな単語を使ったっけ? 自分の、という意味で使ったことなんてほとんどないかも。


 でも、言葉に偽りはない。ギンチョには命を救われた。

 あいつのためになにかできるなら、やれることがあるなら。


 明智は目を丸くして、それから堰を切ったように笑いだす。ばんばんと床を叩く。やめて、下の階のおっさんに怒られる。今空き家だっけ? どっちでもいいからやめて。


「いやー、あんたのデレ顔なんて誰得だっての。オーケー、全部話してやる。覚悟しろよ、チキン野郎」

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