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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
2章:赤羽の英雄は主人公に向かない
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1-1:膝枕と【ウロボロス】

「……おい、お前……」


 応急手当キットで傷口の消毒と止血をしていると、〝白狼〟こと直江ミリヤに呼びかけられる。右耳を食われたので、彼女のぼそぼそとした声が聞きとりづらい。


「……名前、なんだっけ……?」

「早川千影です。レベル4の」

「……聞いた気がする……」

「言ったと思います。最初に会ったとき」


 直江は床に座り、太ももにギンチョの頭を載せている。


「その子は高花ギンチョ」

「……知ってる……魂に刻んである……」


 暴走モードによる生肉もぐもぐタイムを終えて我に返ったギンチョは、そのまま意識を失ってしまった。


 今度は普通に眠っているみたいで、息もしているし、「むにゃむにゃ、りぶろーす」とか寝言を口にしたりしている。さんざんひとの肉を食っておいて夢の中でもまだ食うか。


 ギンチョの眠りが深いと見るや、直江はすぐさま膝枕となった。その対価と言わんばかりに、あるいは無抵抗をいいことに、思うさまギンチョの髪を撫で、顔についた血糊を拭き、べたべたと身体をまさぐっている。ときどきその巨乳がギンチョの顔にタッチしたりしているので替わりたい。


 【フェンリル】を投与した狼の獣人、直江ミリヤ。プレイヤーでもトップクラスの強さと美貌を持つケモ耳美女の膝枕。写真集にしたらミリオンセラーになりそうな光景。千影は無表情を装いながら絶え間なくちら見し、水晶体に痕が残るくらい目に焼きつけておく。


「……えっと……ハヤカワ……」

「あ、はい。見てません」

「……ハヤカワ……チハゲ……」

「わざとですか」

「……貴様、【ウロボロス】は持ってるか……?」

「え、いや……まだゲットしたことないです」


 【ウロボロス】は超激レアの回復系ドラッグシリンジだ。ダンジョン由来ウイルスにより再生能力を促進させて傷を治癒するだけでなく、トカゲのように肉体の欠損部位も再生する効果がある。同じ回復系の【フェニックス】の上位互換に当たる。

 地上では超高額で取引され、末端価格は最低でも一千万くらいする。千影もまだお目にかかったことはないが、いつか手に入れる日が来れば失った耳もにょきにょき再生できるはずだ。


 ちなみに千影が持っていたなけなしの【フェニックス】一本は折れた肋骨の修復に回してしまった。他の傷は接着ポーション(傷口をふさぐのと傷口を再生するのを両立できる塗り薬)やダンジョン薬草の湿布で我慢している。がぶがぶっと二口もかじられた左腕はちゃんと治るまでに時間がかかりそうだ。


「……ボクはここを動けない……この幸せから逃れることなどできない……」

「は?」

「……ボクの太ももは今、ギンチョのものであり……ボクの存在はもはや太ももも同然……ボクの意思で動かすことなど大罪に等しい……だから、貴様がとってこいと言っている……ボクの荷物を……」

「は?」

「……あそこにあるだろう……二度言わせるな……片耳なし芳一……」


 重傷者ながら罵倒交じりの命令に従って彼女の荷物をとりにいく千影。リュックでなくショルダーバッグなのはスラッシュ効果を狙ったものかと推測。


 バッグを渡すと、直江はゆっくり慎重に(ギンチョを起こさないように)バッグの中を漁り、とり出したものを千影に投げてよこす。銅色のドラッグシリンジだ。胴体部分に彫られたアルファベット表記を見て、千影の手が震える。


「あの……直江さん……これ、【ウロボロス】って書いてある……」

「……ああ……」

「一千万の小切手を投げられて……僕はとても動揺してる……」

「……どうでもいいから……早くその耳治せ……傷跡は勲章です的な個性とかうざいから……元のうっすい平均顔に戻れ……」

「いやいや……そんな金ないし、返せるもんもないし……」

「……今もらってる……現在進行形で……そして……これからもちょくちょくもらい続ける……この子の身体で……」

「なおさら使いづらいんですけど」

「……この子が目を覚ましたとき……そのモブ顔に似合わない派手な傷があって……それが自分のせいだと知ったら……この子がどう思うと思う……?」


 千影は言葉に詰まる。ギンチョをダシにしてギンチョを対価にした契約を無理やり結ばされようとしている。

 十秒くらい考えて――箱を開ける。現実的に耳を片方なくしたままでは、プレイヤーとしてはかなりデメリットだ。ごめんねギンチョ、貞操だけは守るからね。相手は人類最強クラスだけど、守る努力はするからね。


 シリンジにはスリットがあり、透明な液体が入っているのが見える。千影は右耳の絆創膏を剥がし、そこに筒の先を当てる。

 親指で尻のボタンを押すと、ぷしゅ、と空気の抜ける音とともに先から針が出る。ちくっとわずかな痛み、ウイルス入りの液体が血管を通っていくひやっとした感覚。


「――ふおっ?」


 耳ごと皮膚の剥がれた顔の右側が、まるで千本の針で刺されたみたいに痛みだす。頭蓋骨からめきめきと皮膚が引きずり出されていくような感覚。それは数秒で収まり、右側の音が戻ってくる。耳が生えている。


「うおー……すげえ……」


 リュックから手鏡を出して確認すると、わずかに皮膚のつなぎ目に跡が残っているものの、傷口はすっかりふさがっている。さすがにもみあげまでは生えてこなかったようで、しばらくはアシンメトリーなテクノカットだ。触ってみると麻酔中みたいに感覚がちょっと鈍い。


「なんか……ありがとうございます。こんな希少なものを……」

「……別に……あと二本持ってるし……七層以降なら、そこそこたまーに落ちるし……」


 トッププレイヤーのすさまじさを垣間見る。年収が知りたい。


「……その代わり……貴様は一刻も早くそのアケチって捜査官に問いただせ……この子は何者で……あの変貌ぶりはいったいどんな理由なのか……この子について知りえたすべてをボクに教えろ……特に好きな下着の色とか性感帯とか……」

「捜査官がその子の性感帯知ってたら逆にどうします?」

「……ギンチョが起きるまで……というか永遠にこうしていたいけど……そろそろキャンプに戻ったほうがいい……というか、テントで添い寝したい……すると決めた……」


   *


 ギンチョをおぶるのは自分の使命だと直江は主張し、二人ぶんの荷物は千影が持つことになる。ちなみに「そっちも治しとけ」と左腕用に【フェニックス】までもらってしまい、このままブラジルまで荷物持ちしても返せないほど借りが膨らんでしまっている。


「……今、ボクはこの子を感じている……この背中に未来の可憐なる膨らみを……この手にまだ穢れを知らないお尻を……」


 ギンチョには申し訳ないが、二人で背負った借りということで、もう少しされるがままになっていてもらいたい。


 そうして千影たちは塔からの帰路につく。相変わらずクリーチャーがいない。あの死体だらけの部屋をもう一度通るのも気がひけるので、直江に別のルートへの先導をお願いする。


「そういえば、直江さんはどうしてこんなところにいたんですか?」

「……ギンチョが塔で活動しているって、キャンプで噂を聞いて……今朝からずっとこの子をさがしてた……上に行ったのを見たってやつがいて、夢中でギンチョの気配と予感をさぐって、気づいたら五階まで来てた……」


 結果的には彼女のギンチョ愛に救われた形だから、そこは素直にありがたい。


「……それで……この階でプレイヤーの死体を見つけて……クリーチャーもいなくて……おかしいと思って、嫌な予感がして、この階をさがしまわってた……ボクとこの子はやっぱり結ばれてるわけだ……運命の糸というか、粘液的な糸というか……」

「下ネタやめろや」


 というか、そうだ。忘れていた。

 今もあたりにはクリーチャーの気配がない。廊下はひっそりと静まり返り、千影と直江の足音以外にはなにも聞こえてこない。


「……ハヤカワハゲオ、この階のクリーチャーはどこに行ったんだ……?」

「千影ですけどわかりません」


 あのプレイヤーたちの死体は、黒が殺したものだった。

 じゃあ、この階のクリーチャーがいないのは? その二つになにか関係は?


「……ん……?」


 直江が足を止める。廊下の窓の外を見つめている。

 千影はその隣から、同じように窓を覗き込む。


 塔の五階は、高さ的に〝キャンプ・セブン〟が見える位置にある。このエリア7の円周上にある、クリーチャーの出現しない安全地帯。


 いくつものテントが小さく並んでいる。そしてそこから、幾筋もの煙が上がっている。


【ウロボロス】の価格設定について、数百万以上→一千万に変更しました。

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